眠るように…
コツコツ、とリノリウムの床に足音が響く
「運がいいですね、あなたも」と白衣に身を包んだ医者が、私を見下ろしながら言う
「まさか見つかると思わなかったわ」
私は、まだ若い身体を見下ろして、自分の皺だらけの手を見やった
「駄目なら駄目で、諦めようと思っていたのよ」
「誰もいなければ無駄に死ぬところでしたよ」
「ほんと、運がいいわ」
私は、吐き捨てるように言った医者に微笑んだ
「望みどおり、あの子は今やベストセラー作家になった夢を見ていますよ」
「最高に幸せな状態がいいわ。きっと神さまはいらっしゃるもの…」
私は、まだ若い私の手をとって、黒々とした髪を撫ぜた
「ちょうどお兄さまも安楽死でしたので、いい遺書も書けましたよ」
医者は私に印刷された紙を渡し、私はそれにざっと目を通した
夢が叶いそうになく、このままただ生きるのも辛い
けど両親を悲しませたくもない。だから、せめて亡骸もなく逝きたい
わがままをお許しください
というようなことが、連ねてある
「こんなもので納得するかしら?」
「悲しみの渦中では判断力も鈍りますから」
それよりいつにします? と医者は私を見ると笑った
私の身体を見下ろしていたときの、軽蔑したような雰囲気とは裏腹だ
私は、いつでもいいわ。と、興味もなさそうに呟いた