安全さんは可能性を見た
「おはようございます。」
相も変わらず人のいない裏山ダンジョン。
私の声がよく響く。
「おはようございます。」
「おはよう。」
受付の制服を着た双葉さんに百合さん、かっこいいなぁ。ん?
あまりの違和感のなさに通り過ぎるところだった。
「百合さん、受付の格好して何してるんですか?」
「なにって、見たまんま受付業務だよ?」
いや、それは分る。それは分るんだけど。
「佳奈ちゃんのサポーターとして裏山ダンジョンで活動するって上司に言ったら、それなら補充要員として受付でも働いてくれないかって言われてね。」
本当かな?
双葉さんに目線で確認する。
「本当ですよ。私と天原さんの2人だけでは支部の経営するのは大変でしたから職員補充の申請を本部に出していたんですけど、まさか百合が来るとは。」
「あははは、とにかく今日から佳奈ちゃんのサポータ兼裏山ダンジョンの受付嬢としてここでお世話になるからよろしくね。」
「よろしくお願いします。ところで双葉さん、今日は誰か探索してますか?」
「今日はいないですよ。百合もいるので安心して探索してきてください。」
「はい、じゃあ着替えてきます。」
挨拶代わりの確認を終えてロッカールームへと入場するとそこには大勢の百合さんが着替えをしていた。
「・・・・・おはようございます。」
「おはよう。」「おはよう。」「おはよう。」
返事が返ってくるのだが全て百合さんの声・・・ちょっと不気味?
「え~と皆さんは何してるんですか?」
「私達?探索の準備だよ?」
「そう、佳奈ちゃんに同行する私以外は2人でパーティー組んで探索するんだ。」
「あっもちろん佳奈ちゃんの邪魔はしないようにするから安心して。」
「じゃっ、私達は先に行くね。」
「いってらっしゃい。」「いってらっしゃい。」
今、何人か出て行ったのにロッカールームの中にいる百合さんの人数は減っていないような気がする。つまりはそう言う事かな?
「佳奈ちゃんの担当はどこだー?」
「私だよ。」
大勢の百合さんをかき分けて腕に桃色のバンダナを巻いた百合さんがやって来た。
「百合って呼ぶとややこしい事になるから私のことは桃って呼んでよ。」
「分りました、桃さん、今日はよろしくお願いします。」
「よろしく。じゃあ佳奈ちゃんの着替えは終わったら探索に行こうか。」
笑顔で告げてくる桃さんの後ろには他の百合さん達が集まってきた。
「桃?抜け駆けするなんてひどいじゃ無いか。」
「藍、抜け駆けじゃ無いよ。正式に白に頼まれたんだ。」
「桃、ずるいぞ。」「そうだ、佳奈ちゃんの隣を替われ。」「私達だって佳奈ちゃんとパーティー組みたいぞ。」
「えーい、煩い煩い、今日は私の番なの。大体あなたたちも私でしょうが。何を文句を言っているんだか。」
「なら替わってくれるの?」
「もちろん拒否するよ。」
「ほらそう言う事だよ。」
裏山ダンジョンは今日から少しだけ賑やかになるようだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
もしかしたら着替えが一番危ないかもしれない。
モフモフ毛玉を叩きながら先ほどの光景を思い出す。
私が着替えようと服に手を掛けるとするとロッカールームは静かになった。
不思議に思い周囲を見れば百合さんの顔はこちらを向いていないのでもう一度服に手を掛けると今度は視線を感じる。しかし顔を上げればこちらを向いていない。
服に手を掛けながら周囲を見ると百合さん達がこちらを凝視していた。
私としてはここ最近で一番の身の危険を感じたかもしれない。
百合さんのことは信じているけど、何か対策しなくては。
そんなことを考えながら桃さんとトレジャーポイントを巡っている。
「いやぁ、今日は平和だね。」
この裏山ダンジョンでは桃さん達が一番危険かもしれない、とは口が裂けても言えない。
「昨日のようなことが毎日あって貰っても困るんですけどね。」
「間違いない。おや?」
前方から百合さんパーティーが歩いてきた。
「お~い、佳奈ちゃん、こっちに宝箱あったよ。」
どうやら宝箱を見つけて呼びに来てくれたようだ。
しかし彼女たちとの間には十字路が。
声につられて駆け寄っていくのは大変危険だ。
一度立ち止まり、音を聞いて、ここだ。
近づいてきた音に対してピコピコハンマーを振り下ろせば角から出てきたモフモフ毛玉を魔石に変える事に成功した。
・・・・・牽制ぐらいになれば良いと思ってたけどまさか当たるなんて、ちょっとビックリだ。
「おぉ、ナイスアタック。」
「たまたまです。」
モフモフ毛玉の魔石を拾おうと手を伸ばせばそこには魔石以外の名刺大の紙が見える。
「なんだこれ?」
これは、スクラッチ系の宝くじ?
スキルを発動した覚えは無いからドロップアイテムって事だよね?
「どうかしたのかい?」
「いえ。モフモフ毛玉って宝くじも落とすんですね。」
「いや、モフモフ毛玉は魔石と毛糸玉しか落とさないはずだよ?」
「でもほら。これを落としましたよ?」
先ほど拾った宝くじを手渡す。
「間違いなく宝くじだね。スキルを使ったとかは?」
「使ってないです。」
「う~ん、考えられることはいくつかあるけどダンジョンで議論する事でも無いし一旦保留にしても良いかい?」
「そうですね。午前中の探索を終えてから双葉さん達も交えてにしましょうか。」
「よし、じゃあ宝箱に行こうか。」
「はい。」
合流した百合さんの先導でたどり着いた先で2本のポーションを回収しその後もお昼まで探索を続けるのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「双葉さん、百合さんただいま。」
「おかえりなさい。」
「おかえり。アイテムの件、報告受けてるよ。」
うん、ここでは敢えてアイテムって言うんだね。それよりもずっと一緒にいたはずの百合さんにおかえりって言われると変気分だな。
「さっパパッと買い取りしちゃいましょう。例のアイテムの話は部屋の準備が出来ているのでそちらでお願いします。」
「分りました。」
いつも通りササッと買い取りを終わらせると応接室へと案内される。
「では早速なのですが現物を見せて頂いても良いですか?」
「これが例のモフモフ毛玉からドロップした宝くじです。」
メモに挟んでおいた宝くじを双葉さんに手渡す。
「間違いなく宝くじですね。私も連絡を受けてから過去のドロップ品を確認したのですが、過去に宝くじが出たという報告は一度もありませんでした。」
「つまりこれは?」
「安全さんのスキルによって生み出された、もしくは追加された物だと思われます。」
へぇ~、私のスキルにそんな隠された機能が。
「一応百合に鑑定して貰っても良いですか?」
「どうぞどうぞ。」
「ありがとうございます。百合。」
宝くじは双葉さんの横で待機していた鑑定眼鏡を掛けた百合さんに手渡された。
「はいよっと。名称は『モフモフ毛玉のスクラッチ』。説明が『モフモフ毛玉が落としたスクラッチくじ。これで貴方もモフモフに。』だって。当たり一覧も載ってるから書き写す時間が欲しいな。」
「分りました、ところで安全さん。スキルの方は確認しましたか?」
・・・・・そういえばまだしてないや。
「その顔はしてないんですね。直ぐに確認してください。」
「了解であります。」
ビシッ敬礼をかまし宝くじスキルを起動する。
「どうですか?なにか増えてたりしませんか?」
「増えてないですね。」
「ん~そうですか。何か増えているかもと思ったんですが。」
「多分だけど、このくじはスキルの効果で出現した物だけど、スキルで購入できるくじとは完全に別枠なんじゃないかな。はい、これが当たり一覧ね。」
百合さんの書き写しが終わったようだ。さてさてどんな景品じゃろか?
■モフモフ毛玉のスクラッチくじ
モフモフ毛玉が落としたスクラッチくじ。これで貴方もモフモフに。
特賞 モフモフ毛玉なりきりセット
1等 モフモフジャケット
2等 モフモフファーマフラー
3等 つぶらな瞳の髪飾り
4等 モフモフパンチ
5等 モフモフキック
ダブルチャンス モフモフ毛玉
うん、さっぱり分らん。
「どれもこれも初めて見ますね。」
「だね、装備品だろうって事しか分んないね。」
・・・・装備品?もしかしてタダでダンジョン装備が手に入るチャンス!?
「双葉さん、百合さん。この宝くじ、私達が考えているよりもすごいくじかもしれないですよ。」
「元から安全さんの宝くじはすごいですよ??」
「いやいや、そうじゃなくて。このくじは当たればダンジョン装備が確定で手に入るんですよ。それってとんでもないことじゃないですか?」
「・・・・・確かに。言われてみればそうですね。そう言い換えるとかなりすごいくじに見えてきますね。」
「最低ランクの防具でも全身揃えようとすると4~50万円ぐらいはするからそれがタダで手に入るかもしれないとなると・・・。」
うひょ~、これは気合いが入る。
「佳奈ちゃん、取り敢えずこのくじを削ってみたら?」
「そうですね。早速削っちゃいます。」
え~となになに、このスクラッチは銀色の部分を全部削ると、はじまりのスクラッチとは違うんだね。
さっくり銀の部分を削れば出てきた図柄はハズレ。
ダブルチャンスも・・・ハズレかぁ。
ちょっとしょんぼりしていると削り終えた宝くじは光となり消えていった。
「残念ですがハズレですね。」
「うぅ~手が届きそうだっただけになんとも諦めがたい。」
「確かに諦めるにはちょっと惜しいよね。よし、佳奈ちゃん。リスポーンポイントで集中的に毛玉狩りをしてみる気はないかい?」
「ちょっと百合。」
なんという悪魔の誘い。こんなの返事は1つしか無いじゃ無いか。
「やりたいです。」
「安全さんまで。」
「OK、頑張ろうね。」
「はぁ、安全さん。無理は禁物ですよ。」
「はぁい。」
こうして安全さんの山籠り、もといリスポーンスポット籠りが始まった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あの応接室での確認から10日たった。
巨大なモフモフ毛玉に出会ったり喜びの余り百合さんに抱きついたらお胸で溺れそうになったりしたけど特に問題は無かった。
「はい、と言うことで頑張って集めた50枚の宝くじがこれです。」
集めたくじをドンッと応接室の机に置く。
双葉さんは机におかれた宝くじをチラリと見ると手元の書類に目を落とした。
「10日間で安全さんから売りに出された魔石の数が5255個、毛糸玉の数が63個ですか。安全さん、これだけの収益があれば初心者用のダンジョン装備なら余裕で買えますよ?」
「確かに買えますけど、もしかしたらタダで手に入るかもと思うと買うのも馬鹿らしくないですか?」
「まぁ、ダンジョン装備は高いですもんね。」
「そう、高いんですよね。」
最低でも20万。しかも全身じゃ無くて一カ所の値段だもんなぁ。高すぎるよ。
「2人とも、そんな辛気くさい話をしてないで良いから早く削ろうよ。あっそうだ。佳奈ちゃんポイントも貯まってるでしょ?そっちも使っちゃったら?」
「それもそうですね。良いタイミングだし、貯まってるポイントも消費しちゃいましょうか。」
と言うことではじまりのスクラッチを30枚と初心者くじを10枚を追加購入した。
「追加のはじまりのスクラッチ30枚です。」
「なかなかの量だね、手分けして削ろうか。私はこっちから削っていくから佳奈ちゃんと双葉はそっちからお願い。」
「はい、ではお願いします。」
黙々と削ること数十分。今回のくじの結果がこちら。
■はじまりのスクラッチ
4等最下級ポーションセット×1
5等100TP交換券×3
ダブルチャンス お菓子×16
■モフモフ毛玉のスクラッチ
特賞 モフモフ毛玉なりきりセット×1
2等 モフモフマフラー×1
4等 モフモフパンチ×5
5等 モフモフキック×3
ダブルチャンス 毛糸玉×4
「特賞、当たっちゃいましたね。」
「だね、モフモフ毛玉の方は宝くじ自体が手に入りにくい分、当たりが出やすくなってる感じかな?」
「多分そうなんでしょうが思ったよりも当たりが偏りましたね。」
「ホントにそれです。モフモフパンチなんて5つも出てるんですよ?もう少しこう、均等に出て欲し買ったです。」
「取り敢えず、鑑定してみましょうか?」
「そうですね。百合さん、鑑定眼鏡をお借りしても良いですか?」
「OK。はい、鑑定眼鏡~。」
百合さん、ダミ声の猫型ロボットのこと気に入っているのかな?
「ありがとうございます。ではではどんな感じかな?」
・モフモフ毛玉なりきりセット
モフモフ毛玉なりきりセットのワンパーツ。これで貴方もモフモフ毛玉の仲間入り。(合計防御×2。モフモフ毛玉と敵対しなくなる。)
・モフモフ毛玉フライトキャップ 防御1 耐寒2 集音1
・モフモフ毛玉パーカー 防御1 耐寒3 撥水加工1
・モフモフ毛玉ハンド 防御1 耐寒2 滑り防止1
・モフモフ毛玉ズボン 防御1 耐寒3 撥水加工1
・モフモフ毛玉ブーツ 防御1 耐寒2 滑り防止1
モフモフファーマフラー さわり心地の良いマフラー 防御1 耐寒3
モフモフパンチ さわり心地の良い手袋。 防御1 拳防御2
モフモフキック 履き心地の良いブーツ。 防御1 足防御1
なりきりセットはまさかの共通テキスト。しかもこのテキストの後ろで括弧書きされてる灰色の文字はなんだろ?
「百合さん、鑑定で灰色に見えてる文字ってなんですか?」
「お、そのなりきりセットはセット装備なんだね。珍しいね。」
「珍しいんですか。それでセット装備ってなんですか?」
「セット装備って言うのはね、同じ名前が付いた装備を一定数装備すると各個の中の効果が有効化される装備のことだね。おぉ、特賞なだけあって効果がもりもりだね。」
「つまり、このモフモフなりきりセットはセット効果が出ると防御が2倍になってモフモフ毛玉と敵対しなくなる効果が追加されるって事で良いんですよね?滅茶苦茶強力じゃ無いですか。」
これさえあれば1階でお散歩できるって事だよ?
「そうだね、強力だけど装備数の制限もあるからよく考えて使うんだよ?」
強力な防具を手に入れてしまった。頑張ったかいがあったようで良かったよ。
さて、ポーションとお菓子は使うとして、残りは買い取って貰えば良いかな?
「双葉さん、買い取りの相談したいんでそろそろ戻ってきてください。」
「はい、申し訳ございません。ついつい見入ってしまいました。それでどれをお売り頂けるんですか?」
「モフモフパンチとキック、あと毛糸玉を買い取って貰いたいんですが大丈夫ですか?」
「もちろん、喜んで買い取らせて頂きます。」
おう、すごい食いつきだ。
「そうですね、性能としては最低クラスですが拳防御と足防御の分を追加して・・・・モフモフパンチが15万円、モフモフキックが10万円でいかがでしょうか?」
「そのお値段の理由を教えて貰っても良いですか?」
「はい、もちろん良いですよ。まず防御が1なので買い取り金額は5万円がベースになります。」
ふむふむ。大体売値は3割以下って言うもんね。
「そしてどちらの装備の追加効果も限定的である事から能力加算を能力値1に対して5万円で計算した結果15万円と10万円でのご案内となります。」
なるほど、問題なさそうだね。
「そのお値段でお願いします。」
「かしこまりました。では精算して参ります。少々お待ちください。」
双葉さんはそう言い残すと応接室から出て行った。
纏まったお金が入ってきたなぁ。今のうちにアレを買っておくべきか。
「百合さん、ちょっと質問なんですけどアイテムバックって相場ってどれくらいなんですかね?」
「アイテムバックを買うのかい?なら私のお古でも良ければ格安で譲るよ?」
「良いんですか!」
「いいよ、それで予算はどれくらいかな?」
「装備を買うための50万円を当てようと思っているんですけど・・・。」
「50万円ね。その値段帯だとウエストポーチタイプかリュックタイプがあるんだけど、どっちが良いかな?ちなみにウェストポーチタイプの容量が300ℓで、リュックタイプが600ℓだね。」
「容量が全然違うじゃ無いですか。」
「それは単純にリュックタイプが大きくて戦闘の邪魔になるせいで人気が無いからだよ。」
確かに戦闘の邪魔になるかもしれないけど・・・・私の場合はそんなに激しい戦闘をする気もないし容量を取っちゃっても問題ない良いよね?
「リュックタイプをお願いします。」
「了解、じゃあ今から持ってきて貰うね。」
「それでお支払いは振り込みでも良いですか?」
「もちろん、あと探索者協会を経由しようか。こう言う高価な物はきちんと売買の履歴を残して置いた方が色々と都合が良いからね。」
「分りました。じゃあ双葉さんが戻ってきたらお願いしましょう。」
「だね。」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ここにサインしてっと。
「はい結構です。これで取引は成立となります。」
「これが佳奈ちゃんのアイテムバックね。大事に使ってね。」
手渡されたのはいつも背負っているリュックより少し小さいくらいの大きさの薄い水色の布製リュック。
このサイズの鞄に600ℓ分の荷物が入るって言うんだから改めて驚きだ。
「百合さん、素敵な鞄をありがとうございます。」
「ふふ、喜んで貰えて良かったよ。」
「それで話は変わるんですけど、明日、明後日の探索はお休みを貰っても良いですか?」
「もちろん良いよ。佳奈ちゃんは何時休みを取るのかなーって思ってた所だしね。」
「そうだったんですか?」
「そもそも毎日ダンジョンに潜る探索者って少ないんだよ?ねっ双葉。」
「そうですね、大体の方は3日探索して1日休む、それくらいのペースですよ。私の方からも一度お声がけしようと思っていたので丁度良かったですね。」
そ、そうなのかー。そういえば私、英子ちゃんとダンジョンにきてから一度も休んでないじゃないか。
「色々と区切りも良さそうなのでゆっくり休んでください。」
「双葉の言う通り、しっかり休んで英気を養うように。」
「はい!」
ダンジョン装備を手に入れて裏山ダンジョンの安全性が高まった。
休み明けも気合いを入れて頑張るぞー!
■レベル11(+4)
■所持ポイント646TP(+5596)(-6000)