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安全さんの安全良し!  作者: 猫羽ねむる
第1章 安全なダンジョン
2/65

安全さんは準備中

 

「ごめん、遅くなった。」


 裏山ダンジョンにたどり着けたのはあれから十五分後。完全に遅刻である。


「遅いわ、何かあったのかと思ったじゃない。」


「ごめん、ごめん。ここの場所が分らなくてさ。」


「あら、そうなの?私に電話してくれれば迎えに行ったのに。」


「電話したよ?でも繋がらなかったんだよ?」


「おかしいわね?あ~サイレントマナーにしてたわ。ごめんなさいね。」


「ううん、親切な人が教えてくれたから大丈夫。」


「そうなの?偶然ここの事を知っている人がいて助かったわ。」


「えっ?ここのダンジョンの場所ぐらい知ってる人も普通にいるんじゃ・・・。」


 国内屈指のよわよわダンジョンって聞いていたから、ある意味有名なのかと思っていたけどなにか事情があるのかな?


「有名だけど場所まで知っている人は少ないのよ。周りを見てご覧なさいよ。」


 そう言われてエントランスを見渡せば私達以外の探索者は誰もいない。

 なんなら暇そうな受付のお姉さんと、奥でパソコンを使っている男性以外は誰もいない。


「なんでこんなにも人がいないの?」


「それはね、このダンジョンに出るモンスターが余りに弱すぎて人気がないからよ。」


 はっきり言って英子ちゃんの言っていることの意味が分らない。


「弱いって事は安全に潜れるって事でしょ?最高のダンジョンじゃん。なにが悪いの?」


「そうね、安全ちゃんにとっては最高のダンジョンよ、でもね、大多数の人からすると経験値が少なすぎてレベルが上がらない。宝箱の中身がしょぼい。ついでに簡単すぎて詰まらない。この三点から潜る価値がないダンジョンって認識なのよ。」


 前二つは百歩譲って分らないでもない。でも簡単で詰まらない、そんな理由で安全なダンジョンに潜らないなんて。


「みんな馬鹿なの?」


「安全ちゃん、ストレートすぎるわ。もう少しオブラートに包みなさい。」


「いやいや、ゲームや物語の中じゃないんだよ?これは現実、いかに安全に冒険して、いかに安全にお金を得るか。これが探索者の全てでしょ?それを詰まらないなんて理由で安全を捨てるなんて、はっきり言って死にたいのかな?」


「あぁ、うん。その理由で潜らないのは確かに馬鹿ね。」


 うんうん、そうでしょうとも、そうでしょうとも。どれだけ簡単でもダンジョンはダンジョン。詰まらないなんて馬鹿げた理由で潜らないなんて愚の骨頂だよね。


 一人で腕組みをして頷いていると脳天にチョップが降って来た。


「痛いよ~、英子ちゃんなにするのさ~。」


「ごめんなさい、ついチョップしちゃったわ。ほら、納得してなくて良いから準備しに行くわよ。ロッカールームはこっちね。」


「はぁい。」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「・・・・・・。安全ちゃん、すごい格好ね。」


「普通だと思うよ?英子ちゃんの装備はかっこいいね!」


「でしょ?これ結構高かったけど性能は滅茶苦茶良いのよ。」


 自慢げな表情で近未来的なバトルスーツとその手に握られた芸術的な装飾が施された槍を見せてくれる英子ちゃん。かわいい。


「ちなみにおいくら万円?」


「このバトルスーツが780万円、槍の方はダンジョンで見つけた奴だからタダだけど売ったら数千万は下らない魔槍と呼ばれる特別な槍よ。」


 そんなとんでもない話をしながら自然な流れで槍を手渡してくる。


「へぇ~、この綺麗な槍がね~。持ち心地も最高だね~っじゃないよそんな物、ぽんと渡さないでよ。おっ落としたらどうするのだぁ。」


 値段を聞いただけでも恐ろしいのに手渡してくるなんてどうかしてるよ?

 震える手で慌てて返却する。


「大丈夫よ、落としたくらいじゃ傷一つ付かないわ。それどころか床に穴が空くわね。」


「なんて恐ろしい物を手渡すの!素人に渡して良い物じゃないよ!」


「ふふ、安全ちゃんも探索者を続ければ手に入るかもしれない物よ。一度持ってみるのも良い経験よ。」


「そうであってもそんな高価な物をぽんと渡さないの!」


「はいはい、今度から気をつけるわ。」


 あの笑顔は反省してないな~。私だから手渡したんだろうけど油断しすぎ。今度手渡してきたら悪戯しちゃうぞ?


「そういえばそんな大きな物持って来てなかったよね?どこから出したの?」


「それはこのウエストポーチの中からよ。このポーチ、アイテムボックスなのよ。」


 そう言いながら英子ちゃんはウエストポーチの口をみょんみょんと広げて見せてくれる。


「それが噂のアイテムボックス。それも高いって聞いたよ。」


「えぇ、これは1000ℓタイプで二百万円ね。」


「二百万!!みんなそんなにも高額な物を持ってるの!?」


「そうね、Cランク以上の探索者になればこれくらいの装備は普通ね。」


「そっか、探索者には夢があるね。」


 よし、着替え完了。


「英子ちゃん、今から指さし確認するから、これを広げててくれない?」


 ロッカーに置いていく方の鞄から筒状に丸められた銀色のシートを取り出して英子ちゃんに手渡す。


「良いけど、なによこれ?」


「知らない?ミラーシートって言うんだよ?本当は壁に貼ったりして使うんだけど、私は持ち運びに便利だからそのまま使ってるの。」


「へー鏡がシート状になっているのね。こうで良いかしら?」


「うん、ありがと。じゃあいくね。」


 ゴホンと咳払いをして声を整える。


「指さし確認!へメット良し!防塵ゴーグル良し!防塵マスク良し!ネックウォーマー良し!ツナギ良し!肘当て良し!防刃手袋良し!膝当て良し!安全靴良し!記録用カメラ良し!背負い鞄良し!バール良し!安全良し!!」


 私達しかいないロッカールームには声がよく響く。


「安全ちゃん、ちょっと恥ずかしいわ。」


「そう?指を指しながら声に出して確認するのって大事なんだよ?それだけでミスがかなり減るってデータがあるからやった方が良いよ?」


 返して貰ったミラーシートをロッカーにしまいながら英子ちゃんにも勧めてみる。


「そうなの?まぁ考えておくわ。それよりもそのバールが今日の武器なのかしら?」


「うん、そうだよ。ちょっと重たいけど握りやすいしかっこいいでしょ~?」


 1200㎜もあるバールを英子ちゃんに見せながらかっこいいポーズを取ってみる。


「え~とそれを選んだ決め手を聞いても良いかしら?」


「それはアレだよ。ちょうど良い武器は無いかな~ってネット検索してたら、かの英雄が持つ聖剣エクスカ○○ーに並ぶ最強の武器だって紹介されてたから奮発して七千円の一番大っきくて丈夫そうなの買っちゃった。」


 あ、あれ?なんで英子は苦笑いをしているの?


「いい、安全ちゃん。驚かないで聞いて欲しいんだけどバールは武器としては弱いわ。」


 ん?おかしいな?弱いって聞こえたぞ?


「なぜなら振り回すために作られてないからよ。」


「な、なんだってーー。」


「なに驚いてるのよ。茶番はもう良いわ。分ってて買ったんでしょ?」


「まぁ、うん。本当は硬いし重いし尖ってるから力が無くても振り下ろせば良い威力になるかな~と思ったから持ってきたの。」


「なるほどね。大分悩んだでしょ?」


「やっぱり分っちゃう?」


「当たり前じゃ無い。二十年来の友情を舐めるんじゃ無いわよ。」


 ふふ、流石英子ちゃん。私のこと分ってる~。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ついに私はダンジョンゲートの前へとやって来た。


「英子ちゃん、ここを超えたらダンジョンなんだね。」


「そうよ、このゲートを一歩でも超えたらそこはもうダンジョンよ。」


「見た目じゃ分んないね~。」


 じろじろと観察してみてもダンジョンと現実の境界線は分らないようだ。


「専用のスキルが無いと見ても分んないわ、行くわよ。」


「はぁい。」


「・・・・・安全ちゃん?」


「なあに?」


「なんでそこを動かないのかしら?」


「・・・・・ここから先は危ないよなぁと思って。」


「はぁ、いつもの病気ね。」


 英子は素早く後ろに回り込むと背中をぐいぐい押してくる。


「ちょっとまってまって、まだ心の準備が~」


「はいはい、いつまで経っても心の準備なんて終わらないでしょ。諦めてダンジョンに入りましょうね~。」


 こうして私は職員さんに生暖かい目で見守られながら探索者としての一歩を踏み出したのであった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「うぅ~英子ちゃんひどいよ~。まだ心の準備が出来てなかったんだよ~。」


「はいはい、もうここはダンジョンの中なんだから気持ちを切り替えましょうねー。」


「ぶー、英子ちゃんの鬼、悪魔、鬼畜美人。」


「私帰ろうかしら。」


「わーごめんごめん。私が悪かったです-。お願いだから一人にしないで。」


 ダンジョンの入り口へと戻ろうとする英子ちゃんの腰にすがりついて必死に謝罪する。


「ふふ、冗談よ。」


「冗談にしてはたちが悪いよ~。」


 じとっとした目で睨み付けていても英子ちゃんは絶体にこっちを見ない。

 今の半分本気だったよね?私には分るよ?


「まぁ、そんなことは置いておいて初めてのダンジョンはどうかしら?」


 露骨な話題変更。・・・・・・仕方ない乗って上げるかぁ。


「想像していたよりもゲームっぽい?」


 周囲は床も壁も天井も繋ぎ目のない石で出来ている。それでいて壁の光源がまるで松明かのように輝いていて、それが余計にゲームっぽさを加速させている。


「安全ちゃんは大丈夫だと思うけど雰囲気に飲まれ変なことをしないでね?」


「うん、私の座右の銘は安全第一だからね。そこは安心して。」


 そう言いながら鞄から折りたたみ式の杖を取り出す。


「ちょっと、早速変な事をしようとしてるじゃ無い。」


「いやいや、これは罠がないか確認するためだよ?大事でしょ?」


「確かに大事だけどこのダンジョンには罠は無いから不要よ。」


「甘い、英子ちゃんの考えは世界一甘いお菓子のグラブジャムンより甘いよ。」


「世界一を超えた甘さは言い過ぎよ。せめてミルクチョコレートくらいにして欲しいわ。」


「だまらっしゃい、確認されてないだけで罠があるかもしえない、もしくは出来たかもしれない。今、この時、目の前に、罠があるかもしれない。そういうかもしれないを警戒する事が安全を守るためには必要なんだよ。分るかな英子ちゃん?」


「最後の一言でちょっとイラッとしたわ。と言うことでその杖は没収ね。」


 そう告げた英子ちゃんは杖を奪い取るとウエストポーチに仕舞ってしまった。


 あぁ、私の杖がー。なんと言うことだ。こんな理不尽なことがあっても良いのか。いやこんな事があって良いはずが無い。この邪知暴虐なーー。


「なにを考えているのかは知らないけど行くわよ。」


「はぁい。」


 スタスタと歩いて行く英子ちゃんの後をついて行くと今度は十字路が見えてきた。


「英子ちゃん危ない!」


 腰に飛びつき十字路への侵入を止める。


「今度は何かしら?」


「なにを無防備に十字路に入ろうとしているの?そんなんじゃ奇襲を受けるよ?」


「はぁ、良い安全ちゃん。よく聞いて?ここに出るモンスターは小動物に毛が生えたようなモンスターしかいないの。奇襲されても怪我1つしないわ。」


 そんな事は事前に調べて知っている。でも私が危ないって言ったのはそこじゃない。


「分ってない、分ってなさ過ぎるよ。なにも奇襲してくるのはモンスターだけじゃ無いよ?もしかしたら他の探索者さんが隠れてるかもしれないよ?」


「あ~確かにそういう可能性もあるけど、今このダンジョンに私達しかいないのは受付で確認済みだから安心して良いわ。もし気になるなら今度からも受付で確認しなさいね。」


 いつの間にそんな確認を。流石英子ちゃん、出来る。でもそれならそうと先に言っておいて欲しかったよ。そうすれば飛びついて止める必要もなかったのに。


 やや不満は残る物の英子ちゃんの腰から離れ解放する。


「ちょうど良いわね、一応確認しておこうかしら?このような曲がり角のある地形での確認の仕方、きちんと言えるかしら?」


「え~と角がある場合は音を聞いて確認する。音がする場合は声を掛ける。それに答えない、もしくは姿を見せない場合は攻撃しても良い。だよね。」


「そうよ、知り合いか緊急時を除いてダンジョン内での探索者同士の接触は御法度。隠れているのなら攻撃されても文句は言えないわ。」


 このルールがあるのに隠れていたら完全に不審者だもんね。


「たしか、証拠の映像さえ提出できればその際に負傷させたり殺害してしまっても罪に問われないんじゃなかったっけ?」


「よく覚えていたわね、その通りよ。もし戦闘に自信が無かったら逃げて受付に報告しなさい。きちんと対処して貰えるわ。」


「私の場合は逃げ一択。君子危うきに近寄らず、だね。」


「それでいいわ、リスクは極力避けるべきだもの。さっダンジョン探索を再開するわよ。」


「は~い。」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ダンジョン侵入から15分、ついにその時はやって来た。


 それは突然だった。曲がり角の先からポフッポフッと柔らかい物が落ちるような音が聞こえてきたのだ。その音は迷うこと無く私達の方へと向かって来ている。

 そして私達の前に姿を現したのは・・・・・・・・2つの毛玉だった。


「・・・・・・英子ちゃん、これがモンスター?」


「そうよ、それがこの裏山ダンジョンの一階に出てくるモンスター、モフモフ毛玉よ。」


「モフモフ毛玉・・・・・かわいい。」


 モフモフな体とつぶらな瞳がマッチしてとてもキュートだ。ぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られるがモンスターらしいのでグッと我慢する。


「英子ちゃん、この子に攻撃しなきゃ駄目?さっきからじゃれついてきて滅茶苦茶かわいいんだけど?」


「それはじゃれついてるわけじゃいのよ。歴とした体当たりって言う攻撃なのよ。」


 なん・・・だと。これが攻撃。これならおばあちゃんちにいる犬のハチの方が攻撃力、高そうだよ?おばあちゃんちに行く度に突撃してくるけど結構痛いもん。


「納得できないのは分るけど事実よ。じゃあ、まずはこっちのモフモフ毛玉を私が倒してみるわ。ちゃんと見てて?」


 そう告げるやいな否や英子ちゃんは持っていた槍でちょんちょん突く。

 するとどうだろう、突かれたモフモフ毛玉は黒い煙となって小指の爪ぐらいの小さな赤い石を残して消えてしまった。


「はいおしまい。これが魔石ね。1階のモンスターの魔石でも100円にはなるからきちんと回収しなさいね。」


 そう言いながら手渡された魔石をまじまじと見る。


「なんだか宝石みたいだね。」


「高ランクの純度の高い魔石は装飾品に使われるから宝石って言ってもあながち間違いじゃ無いわよ。」


「そうなんだ。新エネルギーとして使われてるだけだと思ってた。はい、返すね。」


「あげるわ。ちなみにその認識でも間違いないわ。装飾として使われるレベルの魔石はごく少数だもの。さっ安全ちゃんの番よ。押さえてて上げるからひと思いにやっちゃいなさい。」


 そう言うと、英子ちゃんは私の足にじゃれ・・・いや、体当たりしていたモフモフ毛玉を両手でがっしりと掴み床に固定した。


「はい、いつでもどうぞ。」


 ここまでお膳立てしてくれてるんだ。私も覚悟を決めろー。

 バールを振り上げてーー。


「安全ちゃん、お願いだから振り下ろすときは目を開けてくれないかしら?私の頭に振り下ろしてきそうで怖いわ。」


 バールを振り上げたまま目を開けば英子ちゃんが思ったよりも近い?


「あははは~。ごめんごめん、つい力が入っちゃって目を瞑っちゃった。」


「もう、その程度じゃ怪我しないけど気をつけてよね。さぁ、よく狙って。」


 これで殴られても怪我しないんですね。流石、高ランク探索者、体の頑丈さが違う。


「さて気を取り直して、行きま~す。よ~く狙って~。とう。」


 振り下ろされたバールは見事にモフモフ毛玉に命中し、モフモフ毛玉を魔石へと変化させたのであった。




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