調味料戦争 ~汝、黄昏の頂を持つ白き山を制覇せよ~
初投稿になります。
登場人物達は至って真面目なのですが、舞台設定がふざけているので、「コメディー」の分類にしました。
どの家庭にも存在する「ショクタク王国」。
この国の王になる方法は、たった一つだけ。
「黄昏の頂を持つ白き山が現れた時、貴族であるチョ・ミーリョ達は各々が持つ「タレ」を山頂にふりかけるべし」
ふりかけられるのは、最初に山頂に辿り着いた貴族、ただ一人。
その貴族こそ、ショクタク国の新たな王となるのだ!
□■□■□■
今朝、ショクタク王国に黄昏の頂を持つ白き山が現れ、
すでに戦は佳境を迎えていた……。
「戦況はどうだ?」
テンガロンハットを目深にかぶった男がつぶやく。
擦り切れたレザーベストに、ぼろぼろのジーンズを履いている。一見、カウボーイのようだが、彼は立派な貴族の一人、ウスター=ソース子爵だ。
「良くないですね」
ソース子爵の向かいに立つ、薄い顔の男が答えた。
赤みのかかった黒色の袴を着て、腰に刀を携えている。
ショウ=ユウ伯爵。
彼もまた貴族の一人である。
「ソルト公爵令嬢が黄昏の頂に登った……という感じじゃねぇな」
ソース子爵は腰にぶら下げているピストルを取り出し、隠れていた建物から外を覗き込んだ。
ソース子爵の「タレ」はピストルの弾の中に入っている。当たれば最後。相手はソースでベタベタになってしまう。
子爵の目的は、そのピストルで黄昏の頂をソースに染める事だ。
しかし、今、その山は静かで、誰の気配も感じられない。
「ソルト公爵令嬢の傍にいた、コショウ公爵の情報が入ってこないのも気になります」
ユウ伯爵が刀の柄を指でなぞった。
彼の「タレ」は刀の中に仕込まれている。一振りすれば、醤油が飛び散り、周囲は醤油塗れになってしまう代物だ。
もちろん、それで黄昏の頂を染めるのが、彼の目的である。
「何が起きていると思う?」
ソース子爵はおもむろにセージの葉を口にくわえた。
彼はこうする事で、少し気持ちが落ち着くらしい。
「私が思うに、今まで黄昏の頂を目指さなかった貴族が参加しているのではないかと……」
ユウ伯爵がそう言いかけた時。
「や、やっと見つけた……」
一本の女性が、子爵と伯爵が隠れている建物の陰に駆け込んできた。
白い髪を短く切りそろえた、目つきの鋭い女性である。
彼女の足元はふらついており、そのまま、その場に崩れ落ちてしまった。
「ソルト公爵令嬢!」
「おいおい、どうしたってんだ!?」
ユウ伯爵とソース子爵は、公爵令嬢を介抱する。
静かに彼女を横たわらせたが、白を基調としたドレスは真っ赤に染め上がっていた。
「これは酷いケガだ」
「畜生!」
伯爵と子爵は、ケガの手当てをしようとする……が、公爵令嬢は首を横に振った。
「これは、ケチャップだ」
「ケチャップ!!?」
公爵令嬢の身体を覆う赤色がケチャップだと聞いても、二人は安心しなかった。
というのは、このショクタク国の貴族達は他人の「タレ」をかけられると「負け」になってしまうのだ。
少しの量なら、綺麗に洗えばいいのだが……。
「早くブラシでトントンしねぇと……!」
「しかし、ここには台所用洗剤はありません!」
「もういい」
慌てふためく二人を制して、ソルト公爵令嬢は微笑んだ。
「これだけの量。もうシミは落ちない。私は今回、王になることを諦めよう」
諦めと悲しさが混じった声だ。
ソルト公爵令嬢の敗北宣言に、伯爵と子爵は唇をかみしめた。
「いつも百戦錬磨のあなた様が……」
「くそ! ケチャップ=トマトソース男爵令嬢め!」
ソース子爵は、くわえていたセージを吐き捨てた。
ユウ伯爵もソース子爵も「王」にはなりたい。しかし、尊敬すべきソルト公爵令嬢が負けるというのは、心が引き裂かれるような思いであった。
「違う。トマトソース男爵令嬢は、私を庇ってくれた」
復讐の炎がトマトソース男爵令嬢に向けられる前に、ソルト公爵令嬢は彼女の無実を語り出した。
「山頂付近まで、私はコショウ公爵といたんだ。しかし、気が付くと彼はいなくなっていた。動揺した私に敵が狙ってきて……。そしたら、ケチャップ=トマトソース男爵令嬢が庇ってくれたのだ……」
ソルト侯爵令嬢は、目をギュッとつぶった。
目の前で、トマトソース男爵令嬢が敵の「タレ」を被ったときのことを思い出す。
「その時、彼女のタレが誤爆して、私にふりかかってしまった……。彼女は悪くない」
「さっきから気になるんだが」
ソース子爵が腕を組みながら、首をひねった。
「トマトソース男爵令嬢は誰にやられたんですかい?」
「わからない。よく見えなかった……」
「……」
「……」
ソルト公爵令嬢の言葉を聞いて、伯爵と子爵は顔を見合わせた。
「黄昏の頂を持つ白き山」が現れた場合、戦う貴族達のメンバーは決まっている。
シオ=ソルト公爵令嬢。
ミルチ=コショウ公爵。
ショウ=ユウ伯爵。
ウスター=ソース子爵。
そして。
ケチャップ=トマトソース男爵令嬢。
だが、話を聞いていると、ソルト侯爵令嬢を襲ったのは、この誰にも当てはまらない。
伯爵と子爵はずっとこの建物に隠れていたし、公爵令嬢と男爵令嬢は被害を受けている。
残っているのは、コショウ公爵だ。しかし、彼の「タレ」は独特で、ソルト公爵令嬢が「誰だかわからない」と言うわけがなかった。
「新たな貴族がいる!」
二人が同時に同じ答えを導き出した。
その時だ!!
「キャハハハハハハ!!!!!」
国中に広がるくらいの甲高い声が響き渡った。
幼い女の子の声だ!
「残っている貴族達にお知らせで~す! この黄昏の頂を持つ白き山は、私、ドリーヴァ=オリーヴちゃんがもらっちゃいました~!」
「何だ!? この声は!」
「見てください!」
伯爵と子爵が建物の陰から白き山の山頂を見つめた。
そこには、黄緑色のセパレートドレスを着た女の子が、我が物のように黄昏の頂の上に立っていた。
「でもね。このまま、ドリーヴァちゃんが王になってもつまらないでしょう?」
ツインテールにまとめた金髪を揺らしながら、オリーヴは続ける。
「そこで、残った貴族達にビックチャンス!! まだ私は「タレ」をかけるつもりはないの~。だ・か・ら、今ならまだ間に合うよ~。さあ! 今すぐ私を倒しに、黄昏の山頂を目指してみてぇ~。……あ、でも、ドリーヴァちゃん、気が短いから、すぐに「タレ」をかけちゃうかも。あはは☆ じゃあね~!!」
大きな声で言いたいことを言うと、オリーヴは満足したように笑みを浮かべた。
後ろを振り向くと、その視線の先には、褐色の肌を持つ少年が横たわっている。ターバンを頭に巻いた彼は、ミルチ=コショウ公爵である。
「ぐっ……!」
コショウ公爵は手足をロープでしっかり縛られ、身動きがとれないようになっていた。
しかし、その目は挑戦的で、目の前にいる幼い少女を睨みつけている。
それを見て、オリーヴはますます嬉しそうに笑った。
「本当に来るのかしらね~? ショウ伯爵とソース子爵。逃げちゃったりして~」
「ふざけるな! このクソガキ!」
コショウ公爵は叫んだ。
と同時に、何か粉のようなものが彼から飛んだ。
「あの二本はな、いつだってソルト公爵令嬢といい勝負をしてきたんだ! てめえなんか目じゃねえんだよ!!」
彼が叫ぶ度、黒や赤の粒がそこら中に飛び散る
これがコショウ公爵の「タレ」である。
オリーヴはこの「タレ」にかからないように距離を取りながら、挑発を続けた。
「やめて。鼻がムズムズするでしょう~」
先ほども書いたように、コショウ公爵の「タレ」は独特だ。他の「タレ」と違って、相手の鼻を刺激する。
「まあ、縛られて悔しい気持ちもわかるけどね~」
「馬鹿野郎! こんなもの、縛られているに入らねえ!」
「あら」
「縛るなら、もっとだ!」
「え」
「もっと! もっと! 俺はこんなんじゃ足りねえんだよ!」
「……」
「もっと!! もっと!! もっと!!!」
「…………」
「もっと俺を縛ってくれええぇぇぇ!!!」
「うるさい! 変態!!」
オリーヴは、黄緑色のハイヒールでコショウ公爵の胸元を大きく蹴り上げた。
ドガっと鈍い音をたて、コショウ公爵は一回転して、床に叩きつけられる。
「ぐえっ!」
コショウ公爵の意識は、飛んだ。
しかし、その顔はとても安らかな顔だったという。チーン
「あ~ぁ、楽しみ~」
気を取り直し。
オリーヴは再び黄昏の山頂からショクタク国を見下ろした。
もうすぐだ。
いつも外の国からショクタク国を見ているだけだった。
皆のリーダー的存在のソルト公爵令嬢、(……コショウ公爵は置いといて)、沈着冷静なユウ子爵、ダンディなソース伯爵、優しいトマトソース男爵令嬢。いよいよ、彼らの仲間になれると思うと、ワクワクする。
「ああ、早く来て~。待っているわ~」
オリーヴは可愛らしく、そして、意地の悪い笑みを浮かべた。そして、夢見ていた未来に期待を膨らませるのであった。
「くしゅん!」
「では、行ってまいります」
「そこで、大人しく待っていてくれ」
ユウ伯爵とソース子爵は、横たわっているソルト公爵令嬢に一礼した。
ソルト公爵令嬢に不安な顔色はなく、むしろ、安心しているようだった。
「気を付けて。……汝、黄昏の山頂を持つ白き山を制覇せよ」
「はい」
「ああ」
二本の心強い返事に、ソルト公爵令嬢は優しく微笑み、目を閉じた。
伯爵と子爵は建物から出てくると、白き山を睨みつける。
「行くか」
「もちろん。いつでもどうぞ」
ショウ=ユウ伯爵は刀の柄を握りしめる。
ウスター=ソース子爵もピストルも取り出し、構えた。
「いざ! 勝負!!」
一斉に、二本は白き山へと飛び出して行ったのだった。
この戦いの結果は、あなたのショクタク王国のみぞ知る。
読んでくださり、ありがとうございました。
あなたのショクタク王国の王は、どの貴族ですか。