未だ見ぬその部屋に
夏が瞬く間に終わる間の少しだけ、俺の話を聞いてほしい。
突然なんだが、俺の家は二階建ての普通より少し大きい家なんだ。
祖母によると我が家が建ったのは1890年代のことだそうだ。
敷地は広く、家の面積も大きい和風の屋敷みたいな家だ。
子供の頃は幼い少年心を引っ提げて、探検ごっこ、まあ当時の俺にとっては冒険そのものだったわけだが、探検ごっこをしたものだ。
そんな俺の家は少しだけ不気味なところがあるんだ。
そんなに大きくて古いなら不気味なところの一つや二つあるのも当然だと思うかもしれない。
だけどそうゆうレベルの不気味さじゃないんだよ。
少しだけの不気味さと言ったのは実際に起きてること自体はほんの些細なことだからさ。
何が不気味かと言うとね,二階の角にあって,行き止まりになっている廊下はね、日が当たっていても、夏であっても、なんだかひんやりするんだ。
不思議だろう?
俺の家はでかくて古いからクーラーはとても効きづらい。設置するだけでもそれなりに大変と言うことで、家族がよく出入りする場所以外にはクーラはついていない。
そんな家だから、それなりの涼しさを誇り、秘密基地感もあるそこは子供にとっては重宝されるべき場所かもしれない。
だから夏なら入り浸ってもいいはずなんだ。
けどさ、俺は一度もその廊下の奥には行ったことがないんだ。というかその廊下を渡ったことすら一度としてないんだ。
さっきも言ったけど、そこはさ、なんだか不気味なんだ。
幼いながらに感じ取ったというか、いや、幼いからこそだろうな。
小さい頃の記憶なんてほとんど忘れてしまうのにその廊下を最初に渡ろうとした時のことは今でも鮮明に覚えているんだ。
まぁ、結果としては渡らなかったんだけどね。
最初の一歩を踏み出した瞬間に、そこだけ得体の知れない世界に迷い込んだみたいに異様な雰囲気を漂わせてたんだ。
そして踏み入れた右足の裏からは冷気が身体に浸透してきた。つまりだね、簡単に言うとひんやりしていたんだ。
なんでいきなりこんな話を話し出したか気になるかも知れない。
それはね、そんな廊下にまつわるある出来事に最近見舞われたからなんだ。
その話を誰かにしたくってな。
誰も俺の話を聞いてくれないんだから、嫌になるよ。
イライラしすぎて逆に身体が冷えてくるんだから、はは、まさに夏にぴったりだろう。
さてと冗談はこのくらいにして、話し始めるとしようか。
あれは一ヶ月前のことだ。
あゝ悪い悪い。うっかりしていた。
今日は9月1日、1ヶ月前は8月の1日だ。
それではあらためて話始めるとしよう。
大学2年生の夏、1回目の長い長い夏休みの幕開け。
1年生の夏は無為に過ごし、些かどころかほぼ毎日無駄にしてしまった後悔を俺は胸に抱いていた。
今年こそは何かをしよう。そんな決意を固めた夏休み初日のことだ。
しかし何からしようか。俺は特に今年も予定を立てていなかったことを夏休みが始まってから悔やんでいた。
けれどまだ1日目。ふと耳を澄ますと蝉の鳴き声が聞こえてくる。ああ夏が来たんだと思わせてくれる。
風鈴の高くて涼しさを感じさせる音色も聞こえてきた。
しかし残念なことに夏の風物詩と言われている風鈴の音はこの暑さをかき消すことはできていないようだ。
縁側でぶらぶらと外を眺めながら、今日は外に出ることはやめようと、今までの決意は明日の自分に託した。
チリンチリン
クーラーの効いた部屋で考えることにしようと、立ち上がったその時、ふと冷たい風が肌を撫でた。
全身を嫌な空気が包んだ。そこで俺はあることを思い出したんだ。
俺の家にある不気味で不思議な廊下のことを。鳥肌がゾワゾワと立っていくのを感じた。
さっきまで暑かったはずの空気が一気に冷え込んだ気がする。
俺は自分の部屋に戻った。さっき感じた寒さは気のせいだったのか。夏特有の蒸し暑さで部屋の中は地獄と化していた。
咄嗟にエアコンのリモコンを手に取り冷房をつけた。
俺はベットの上に寝転がり、クーラーによる涼しさを堪能しながらこの後どうしようかと考えていた。
頭の中にあの廊下のことがよぎる。
小さい頃に行ったきり一度も行ってないあの廊下。
幼い頃に持っていた少年心が蘇ってきた。
暇だからなのか、なぜかはわからないが、
けれど好奇心が湧いてきた。
今、あの廊下に向かえば何を感じるだろうか。
歳不相応に探検ごっこをしてみることにした。
昔していたように小さなライトを手に取って、あの廊下へと歩き出した。
ギシギシ。古い床の軋む音に普段は何も感じない。けれど今は形容し難い高揚感に身をつつまれていた。
歩いている。進んでいる。新しい発見を、未知の世界を、俺は探している。
子供の頃のワクワクが帰ってきたようだった。
奥に進むにつれて段々と薄暗くなる。
廊下は長いが窓はほとんどなく今は母親が荷物を出し入れするときくらいしか使っていないので基本的に電気はついていない。
ライトの光をつけると、目の前に光の道ができた。
そのまま、あの廊下まで進んでいく。
どうやら迷わずにあの廊下に着くことができたみたいだ。
自然に、そして慣れた足取りで向かうことができた自分に少しばかり驚いた。
久しぶりに訪れたその廊下は確かに不思議な雰囲気を醸し出していた。
けれどどうってことはなかった。ただの普通の廊下である。
始めてこの廊下を渡る。そう思い一歩目を踏み出そうとした。
しかし何故だかその廊下を渡るための一歩目が出ない。ゴクリと喉を鳴らした。知らぬ間に口が乾いたみたいだ。口の中はパサパサで口もうまく動かない。喉の奥も痛んだ。
そのとき
「・ぁ・・・」
何かが聞こえた気がした。それを意識した途端にゾワリと恐怖が押し寄せてきた。冷や汗が吹き出して、呼吸も早く浅くなってくる。
「ちょっとあんた、またこんなとこ来て、何やってるの?夜ご飯。さっきから呼んでいるのに返事もしないで。片付け終わらせたいから早く食べちゃいなさい。」
突然かかった声に心臓が飛び跳ねる。周りを見渡すと廊下の電気が付いていて、そこには不思議そうな顔をした母が立っていた。窓の方を見るとすっかり外は暗くなっていた。
「どうしたの?ぼーっとして。先行ってるからね。」
「あ、うん。」
俺は相槌を打って母の後を追いかけた。そのとき俺は後ろを振り向く勇気はなかった。
「ごちそうさま。」
夜ご飯を食べ終わった俺は部屋に戻ろうとした。その時母親に呼び止められた。
「あんたはさ、昔からあの廊下に行って遊ぶことが多かったけど、何をしているのか、全くわたしには教えてくれなかわよね。頑なに「言わない約束!」って。いったい誰との約束なのかねぇ。おばあちゃんに聞いても曖昧な返事しかくれなかったし。さっきは何をやっていたの?」
「え?俺って昔はあの廊下によく行ってたの?全く記憶にないんだけど。」
「そうだねぇ。それこそおばあちゃんと遊べない日には毎日と言っていいくらいあそこにいたわね。まぁ、あんたがまだ小学校入る前のことだからね。忘れていても無理はないでしょ。」
「へぇー」少し自身の頬が強張った感じがした。
「その気の抜けた返事はなんだい。ああ、そうそう、お盆は予定を空けておいてね。おばあちゃんのお墓参りに行くんだから。」
母は優しい笑顔で言った。
部屋に戻った俺はさっきの母の言葉が頭から離れなかった。
(俺はあの廊下に通ってたのか・・・)
なんだか気味が悪く、そのことが頭の中をぐるぐると駆け回っていた。
その夜俺は寝ようとしてもなかなか寝付けなかった。だってさ、ときおり微かに聞こえてくるんだ。
「・ぁ・・ょ」
意識しないようにしても頭の中を反芻するんだ。クーラーの音がゴオゴオと聞こえる。涼しいはずの部屋なのに布団には汗の染みができていた。
翌朝俺はまだ眠い目を擦りながら朝ごはんを食べに一階へと降りて行った。
「遅かったじゃない。あら、ひどい顔ね。さっさと顔を洗ってきなさい。」
朝食の準備を終えた母がご飯を食べながら、呆れた顔で言ってきた。
ひどい顔とはひどいことを言う。そんなことを思いながら俺は洗面台へと向かった。
「確かにこれはひどい顔だな。」
少しだけ笑ってしまった。目脂に隈、顔色は悪かった。原因はわかっている。昨晩よく眠れなかったせいだ。冷たい水を一気に顔に浴びせた。その時またあの声が聞こえた。
「・ぁだ・ょ」
ビクリとして顔を上げた。鏡にはさらにひどくなった自分の顔が写っているだけだった。
朝食を済ませた俺は自室へと戻っていった。昨日は結局何もしていない。今日こそは有意義な夏休みを送ろう。そう考えた俺はとりあえず家にいる気が起きなかったので図書館へ行くことにした。
図書館へはバスで20分くらいかかる。バス停までは歩いて10分くらいだから往復で1時間だ。そのまま昼ごはんを食べてくことにしたので家を出る前に母に昼はいらないことを伝えておいた。
バスは平日の9時半なのであまり混んでおらず、俺以外には1人おばあさんが乗っているだけだった。
そんなおばあさんの仕草を見て俺はふとおばあちゃんのことを思い出していた。
おばあちゃんは俺に優しかった。父親が死んでからは暇と元気を持て余した俺と毎日のように遊んでくれた記憶がある。
そういえば小さい頃、おばあちゃんはかくれんぼだけはやってくれなかった。
「おばあちゃん、なんでかくれんぼしてくれないのー?」
「この家でかくれんぼをすることはよくないんだよ。」
「えー。なんでー?いいじゃーん。やろうよー。」
「ごめんねぇ。おばあちゃん、かくれんぼだけはしたくないんだぁ。」
「うー。じゃあせめてなんでかだけ教えてよ。」
「この家にはね、人が誰も入ったことのない、入ることのできない不思議なお部屋があるんだよ。」
「それってどこにあるの?」
「それはおばあちゃんもわからないんだ。おばあちゃんのお父さんから昔聞いた話なんだよ。」
「ふーん。そうなんだ。」
「そしてね、この家でかくれんぼをするとその部屋に入ってしまうんだ。」
「たのしそー。いってみたい!」
「けれどね、その部屋には入ってはいけないんだよ。一度入れば二度と外に出ることができなくなるんだからねぇ。」
「誰も入ったことも見たこともない部屋なのになんでわかるのさ。変なの。」
「ほっほっほ。そうだねぇ。」
その時のおばあちゃんの顔は笑っているのに少し悲しそうに見えた。
「次は南図書館前、南図書館前。御降りの際は足元にご注意ください。」
運転手のアナウンスが聞こえてきた。
図書館に入った俺は適当に短編の推理小説をいくつか手に取り日の当たらない席についた。
図書館は閑散としていてとても静かだった。このどこか世界が異なったような独特な雰囲気が俺は好きで、よく図書館に来ていた。
一冊を読み切ったところで、お腹が鳴った。時計を見ると昼の1時。
(本片付けたらトイレ行って、そのあとご飯食べに外に行くか。)
そう考えて、俺は本をもとの棚に戻しトイレへと向かった。
トイレで手を洗っていると、トイレの灯りが急に消えた。停電かとも思ったがすぐに灯りはついた。ただ少しだけ俺の胸には嫌な気持ちが残った。
(昼食べたら帰るか。)
そう思い俺は近くのラーメン屋に入った。この店は図書館帰りによくくる場所だ。人の入りは夕方が多くて昼は少ないのでこの時間帯は穴場である。
「こんにちは」
「おう、あんちゃん。1ヶ月ぶりだね。」
「大学の課題やらなんやらで暇がないんですよ。」
「はは。今日もいつものでいいかい?」
「はい。お願いします。」
いつも通りに俺は味噌ラーメンと餃子を頼み、席について料理が出てくるのを待っていた。
「へいお待ち!」
店主が威勢のいい声で言った。
「いただきます。」
「おうよ。で,あんちゃん、今日も図書館かい?」
「はい。夏休みに入って暇になったのでようやく来れました。」
「いいねぇ、夏休み。大人になったらそんな長期休暇なんて取れやしないからしっかりと堪能しなよ。」
「そうなんですか?」
俺はラーメンを啜りながら店主に聞いた。
「ああ、お盆にゴールデンウィーク、年末年始くらいしかまとまった休みが取れないからねぇ。しかも全部一週間くらいときたもんだ。体がまいってしまうよ。」
カランカラン
「いらっしゃい」
新しい客が来たので俺と店主は会話を切り上げた。
「ごちそうさまでした。また来ます。」
食べ終わったあと俺は会計の時にそう言った。
「おう!また来いよ。」
店主は笑顔で返してくれた。
俺はそのラーメン屋を後にして、帰路についた。
家に戻ると母が出かける準備をしていた。
「どっかいくの?」
「ええ、仕事でね。お盆休み前の最後の追い込みよ。今日はお母さん家に帰ってこないから、夜は適当に食べなさい。じゃあ行ってくるわね。」
「うん。いってらっしゃい。」
この家には俺以外には1人も人がいない。あのこともある。そう考えると少しだけ不安になった。
今日はもう出かける予定がないのでお風呂に入ることにした。俺の家のお風呂は俺が生まれる少し前に改装したらしく、それなりに古いが大きいものだ。
体を洗って湯船に浸かる。暑い日でもやっぱり湯船は気持ちがいい。
(しかし1人で入るのにはおおきするぎるよな、これ。家も母との二人暮らしだと大きすぎる。使ってない部屋も多いし。)
ふとそんなことを思った。
体も十分に休まったので、髪を洗って風呂を出よう。そう考えた俺は風呂の椅子に腰をかけた。頭をお湯で濡らしていると、視線を感じた。後ろを振り返ってみたが特におかしなところはない。気のせいかと思い、シャンプーを頭につけようと顔を下に向けた。
その時
「まぁだ・ょ」
体がいっきに硬直した。
そしてひたひた、ひたひた、後ろから足音がする。さっきまで俺1人だった。
怖くて顔を上げることができない。そうしている間にもどんどんと足音は近づいてくる。意を決して顔を上げることにした。
(ふぅ、何もない、か。)
心臓はまだどくどくとはねている。
俺は早くその場から立ち去りたくて、髪も洗わずに風呂を出ようと立ち上がった。
けれど立ち上がることができない。鏡から伸びている手が俺の手を掴んでいた。
血の気がサーっと引いていくのがわかる。
慌てて逃げようとしたら、尻餅をついてしまった。
そしてあらためて鏡を見ると、俺の手を掴んでいたはずの手はそこにはなかった。俺の憔悴しきった様子だけが鏡に写し出されていた。
部屋に戻った俺はベットの上に寝転がった。体がすごく重たい。頭も痛い。このままではいつかどうにかなってしまう。そう思わせるほどにはこの2日間で俺は消耗していた。昨日あの廊下に行ってから俺はおかしくなったんだ。
そしてそう考えた俺はあの廊下に行って確かめることにしたんだ。
昨日と同じ道を同じように歩いていく。夕日が微かに廊下にこぼれ、普段は綺麗と感じるそれが、ひどく不気味なものに感じられた。
廊下に近づくにつれてあの声がだんだんと大きくなっていった。
引き返したい気持ちを抑えて俺はあの廊下の前まで来た。ここに絶対何かある。
唾をごくり頼み込んだ。この廊下を渡ろう。そう一歩目を踏み出した。
そのとき「まぁだだよ。」俺ははっきりとその言葉を聞いた。今までよりもスーッと耳に声が届いたのだ。
そしてそれを堺に不思議とあの声が止んだ。シーンとあたりが静まり返った。静けさが余計に自身の恐怖を掻き立てた。
けれどここまで来たんだ。あとほんの少し歩くだけなんだ。引き返しても何も変わらない。俺はもう一歩踏み出そうとする。ひんやりともしないことに違和感を覚えたが、そのまま一歩、また一歩と歩いていく。
ギシギシ、ギシギシ。
古い床から出る軋んだ音だけが響いている。
行き止まりのところまで来た。何も起こらない。何も感じない。さっきまで感じていただるさもなくなった。
一体なんだったんだ。ホッとして部屋に戻ろうと踵を返した。
そのとき自身の腰あたりに重さを感じた。
恐る恐る振り向いてた。
そこには、壁から出た女の子の上半身が俺に抱きついていた。
俺は咄嗟に逃げ出そうとした。けれど体はびくとも動かない。無理に動いたせいで体がバランスを崩した。
そして俺は転倒した。けれど抜け出すことができたんだ。早く、早く家の外に。俺はすぐに起きあがろうとした。
その瞬間体がいっきに重たくなって、周りもゾッとするほど冷え込んだ。起き上がることができない。
「見つかっちゃったぁ。」
耳元で不気味な声で何者かに囁かれた。
さて、俺の記憶はここまでだ。
次に起きた時にはもう知らない部屋にいたんだ。
知らないと言っても壁や天井、床の見た目から俺の家のどこかであることは予想できるんだけれどさ。
そして残念なことに出口も見当たらないから外に出ることはできないってわけ。壁を壊したら出れるかも。そう思って壁を殴ったら蹴ったりしたけど全く手応えがないんだ。壁に当たってるのに全くだ。
すっごい不思議な部屋だろ?
そこで俺はさ、おばあちゃんが言っていた不思議な部屋のことを思い出したんだ。
んでさ、俺は漠然と思ったんだ。この部屋のことを言っていたのかって。なんとなくだけど多分そうだろうなって思う。
もうあの声は聞こえない。どうしようかと悩んでいるとぽつん、と佇んでいる鏡を見つけたんだ。さっきまではなかったはずだけど。おかしいな、そう思いながらその鏡を覗き込むと、その鏡に、母が写っていたんだ。手洗いうがいをしているから、もう仕事から帰ってきたんだろうことがわかった。原理はわからないけれど助けを求めなきゃ。そうして俺はいろんなことを言ってみたんだよ。
「助けて!」「俺を見つけて!」・・・とかな。
けど残念なことに返事がないんだ。メイク落としに夢中なようだ。まったく、少しくらい気付けって思ったね。
それでどうしようか悩んでいると、俺はある言葉を思い出したんだ。思い返せばこの2日間散々聞いてきたあの言葉さ。興味本位で口に出してみたんだ。
「まぁだだよ」ってね。
そしたら母はビクッとしてキョロキョロしたんだ。けれど気のせいだと思ったのか、メイク落としも終わったからなのか、すぐに洗面台の前から消えてったんだ。
できることも無くなった俺はさ、また外に出るために壁を壊す作戦へと移行したんだ。
けれどまた不思議なことが起こったんだ。今度は壁に手や足が当たらないんだ。
すり抜けてしまったんだ。
驚いたよ。恐る恐る頭突きをしてみた。そしたらさ、なんと目の前にはあの廊下があったんだよ。
気がつくと俺はあの部屋から出ていたんだ。けどそこからもおかしいことはいくらかあったんだ。
家から出られなくなってるし、母に話しかけても永遠無視。記憶も飛び飛びで、さっきまで朝だったのに気がついたら夜だったり。
警察が来て家の中を捜査することもあったんだけど、警察に話しかけてもこれまた無視。
あとさ、俺あの廊下と奥の壁だけはすり抜けることが出るようになったんだよ。だから不思議な部屋にもいつでも行けるんだ。
人恋しくなったら、たまに出現する鏡に向かってこういうんだ。「まぁだだよ」ってね。
少しだけでも反応してくれるから、無視よりはマシなもんさ。
まぁそんなこんなで今まで誰も聞いてくれなかった俺の話はこれでおしまいさ。
わざわざ付き合ってくれてありがとう。