4話 記憶喪失
「カーラ、サイコス殿と結婚しなさい」
「…え?どうして?」
毎年恒例の貴族の社交界の4日目、父さんが急に変な事を言ってきた。頭がおかしくなったんじゃないだろうか。
「カーラもいい歳だ。そろそろ結婚してもらわねば困るんだ。それくらい分かってくれ」
…やっぱり、頭がおかしくなっているようだ。記憶喪失なのかな?
「父さん、ボクはもう結婚しているんだよ?忘れてしまったの?」
ボクがそう言うと、父さんは何故か頭を抱え、疲れたような表情をした。
そして父さんは、ため息をついた後、冷たい目をしながらボクに言った。
「…カーラ、お前はまだ結婚していない」
♢♢♢
…はあぁぁ。少し面倒な事になってしまった。どうやら父さんは大切な記憶がなくなっているみたいで、メイの記憶がすっぽりと抜けてしまっているみたいだ。…どうしよう。メイが居れば、改めて紹介出来るけど、今、メイは天界という所に出かけているからなぁ。
そんな事を考えている間に、父さんは『サイコス殿を呼びに行く』と言い、行ってしまった。
サイコスがメイの事を知っていれば、サイコスに説明してもらう事も出来るけど、2人は一度も会ったことがない。…どうするべきか。
父さんは、ボクが言った事をきちんと聞いてくれない事が、たまにある。今回は、それに当てはまる。自分の記憶がなくなっているにも関わらず、ボクの事を否定する。ボクは基本的に父さんの事が好きだけど、こういうところは直してほしい。
「カーラ!!」
「あ、サイコス」
そして、ボクの名前が呼ばれて振り向くと、父さんがサイコスを連れて戻ってきていた。
父さんに何を言われたのかは分からないけど、サイコスは凄い笑顔でボクに近づいてくる。もしかしたら、ボクと無理矢理結婚させられる代わりに、何かしらの報酬が得られるよう、父さんに丸め込まれたのかもしれない。でも、ぬか喜びしてしまっているサイコスには悪いけど、ボクは既に結婚しているし、もちろんサイコスと結婚するつもりはない。
「カーラ!俺と結婚してくれるんだってな!嬉しいよ。凄く凄く嬉しいよ!!」
「……えっと。ごめんね、サイコス。ボクはもう結婚している相手がいるんだ。父さんに何か言われたみたいだけど、父さんは記憶を失っているみたいで、ボクが結婚している事を忘れてしまっているんだ」
「なっ!何を言っているんだカーラ!私は記憶など失っていない」
父さんはボクの言葉に反論するけど、記憶を失っている人が、記憶を失っていないと言っても、全く説得力がない。
はぁ…。サイコスには、本当に悪い事をしてしまったと思う。ほぼ全て父さんのせいだけど、きちんと説明できなかったボクも少しだけ悪いと思う。
「父さん…。父さんは忘れてしまっているみたいだけど、ボクはメイと結婚しているんだ。あ、メイって娘は、世界で一番強くて、世界で一番可愛くて、ボクが世界で一番好きな人なんだ。覚えてない?」
それからボクは、父さんが少しでも思い出してくれるように、メイの凄いところを何個も伝えた。心の底からメイに抱いている感情をぶつけた。
だけど、伝えれば伝えるほど、父さんは険しい顔つきになり、ため息を吐く。
「…はぁ、カーラ。この国にメイ殿の事を知らない貴族当主は居ない。メイ殿が成し遂げた事は、未来永劫語り継がれるだろう。…それくらい分かっているんだよ。だがな、カーラ。何度も言うが、カーラは結婚していない」
「はぇ⁈」
訳が分からなくて変な声が出た。どうしてメイの事は覚えているのに、ボクが結婚している事を忘れているのだろうか。そんな事あり得るのかな?
信じられない事に、父さんはボクが結婚していないと言う。父さんに報告もしたし、一緒に住んでいたにも関わらず。
…まさか、ボクがメイと結婚していた事に反対だったのかな?だから、覚えているのに忘れているフリをして、サイコスと結婚させようとしているとしたら…。
…いくら父さんであっても、許せない!!
「父さん!ボクはメイと結婚している!だから、サイコスと結婚しない!!」
ボクは、父さんが考えを改めてくれるよう、語気を強めて伝えた。
「…はぁ」
だけど、父さんは再びため息を吐き、言葉を続ける。
「…カーラ、メイ殿は女性だ。そしてカーラも女だ。2人が結婚できないという事が理解できないのか?」
「…え?」
……え???
「そもそも、教会で婚姻の儀を執り行っていないだろうが」
「…あ」
…そう言われれば、やってない。
…しまった。だから父さんはボク達が結婚していないと言っていたのか。急いでやらないと!でも、メイが居ない!
「メイが戻ってきたら、直ぐにやるから!忘れてたんだよ!」
「…だから、さっきも言ったが、女性同士は結婚できないんだ。いい加減に理解しろ!」
父さんは、語気を強めて、そう言ってきた。
ボクは父さんが怒るのなんて、ほとんど見たこと無い。だから凄く驚き、一歩後ずさった。…言っている事は意味不明だけど。
「…えっと、何を言っているの?ボクはメイと結婚するよ?」
「あぁ、もう!!何故理解できないんだ!!」
父さんは更に怒り、拳を握りしめた。
…まさか、父さんがボクに殴りかかってくる⁉︎ 嫌じゃ無いけど、正直理由が分からない。
「…サイコス殿、済まないがカーラに説明してやってくれ。どうやらカーラは、私の言葉を信じてくれないようだ」
「…分かりました。…カーラ、俺が今から言う事は、全て事実だ。しっかりと聞いてくれよ?」
「え…? …うん」
それからサイコスは、ボクに、とんでもない事をたくさん言ってきた。
女性同士では結婚できないと、法で決まっている事。女性同士では、子供ができない事。貴族は結婚する義務がある事。
それらの事を、理由を交えてボクに伝えてくる。信じられないし、信じたくない。だけど、サイコスは全て事実だと前置きした。だから、事実なのだろう。サイコスはボクに嘘を付かないから。




