8話 勇者様はバク転する
「メイ。メイが住む部屋に案内するよ」
私は勇者様に連れられて、屋敷の中を進んでいきました。未だに信じられませんが、勇者様はお貴族様だったのです。
そして勇者様に案内された部屋は、如何にも貴族令嬢が住んでいそうなお部屋です。ですが、これはおかしいです。明らかに生活感が見え隠れしています。…これは絶対にあれですね。
「勇者様、個室は無いのでしょうか」
「無いよ」
はい。絶対嘘です。こんなにも広いお屋敷に、部屋が余っていない訳がありません。私はこの部屋で生きていけるのでしょうか。
♢♢♢
はい。朝になりました。隣には勇者様が寝ています。どうしてこうなってしまったんでしょうね。
昨日、私は勇者様にたくさんお願いしましたが、そのほとんどが却下されてしまいました。ですが、今はどうでも良いです。
食べたことの無い凄く美味しい夕食、何時間でも入れそうなお風呂、ふっかふかのベッド。そして夜は勇者様と…。私は物凄く満足しました。正直言って幸せです。現金ですよね。ですが、私はそういう人だったのです。幸せには抗えません。
「おはよう、メイ。ふふっ、嬉しいな。朝起きたら隣にメイが居るなんて」
「おはようございます、勇者様。今日もよろしくお願いします」
さて、ここでの一晩は最高でしたが、私はこれからギルドに行かなくてはなりません。何も起こらないといいのですがね。
まあ、先ずは朝食です。きっとそんな事忘れるくらいに美味しいのでしょうね。凄く楽しみです。…いえ、その前にお風呂に入りたいですね。
♢♢♢
「メイ、朝食には父さんも居るからね」
勇者様とお風呂に入った後、食事に向かっていると、勇者様はそう言いました。忘れそうですけど、勇者様は貴族令嬢なのです。つまり、勇者様のお父様は領主様です。正直会いたくありませんね。ご飯が喉を通らなくなりそうです。
「私なんかが一緒に食事をしてもよろしいんでしょうか?」
「もちろんだよ。ちゃんと紹介しなきゃだからね」
…勇者様はきちんと紹介出来るのでしょうか。変な事を言って誤解されなければ良いのですが。期待は出来ませんね。
「私が直接お話ししてもよろしいですか?」
「いやいや、ボクが言うからメイは何もしなくて良いよ。メイは領主の相手とか嫌でしょ」
「…はい。分かりました」
うぅ…。勇者様が優しいです。…ですけど、不安しかありません。領主様とお話しするのは嫌です。でも、それ以上に変な誤解をされるのはもっと嫌なんです。
はぁ、勇者様が変な事を言いませんように。
そして、勇者様と話しているうちに食堂に着くと、既に領主様らしき人が食事をしていました。もう食べ終わっているみたいです。ラッキーですね。私達はお風呂に入っていましたし、わざわざ待ったりしませんもんね。領主様も忙しいでしょうし。
「父さん、紹介するよ。この娘はメイ。ボクの仲間だよ」
はぁ。どうしてなのでしょうか。絶対にわざとですよね?
「…カーラ。お前には教えて無かったが、女性同士だと世継ぎが生まれないのだぞ」
いやいや。領主様、そんな事教えなくても普通は知っていますよ。
「え?」
『え?』じゃないですよ、勇者様。もう頭が痛いです。
「ああ、そういう事か」
領主様はそう言うと、ため息をつきました。私の表情を見て察してくれたのですね。
「メイさんだったかな?すまないね、カーラが迷惑をかけているようだ」
「いえ、まあ。…はい。」
「カーラは稀に思ったことがバク転して口に出てくるんだ。きっとメイさんとも、そういう関係ではないのだろう」
…バク転ですか。…思っていた事と少し違う言葉が出てきてしまうって事ですかね。ある意味凄いですね。そんな事、勇者様しか出来ませんよ。
「はい。勇者様とはパーティーを組んで頂いただけです」
「…勇者様か。もしメイさんが嫌でなければ、カーラと呼んでやってはくれないか」
「え…」
私が勇者様を名前で呼ぶなんて恐れ多い気がします。カーラ様と呼ぶと嫌がられるでしょうし。だからと言って、領主様のお願いを拒否する度胸はありませんし…。
「メイ!」
あぁ、勇者様が凄く呼んでほしそうに私を見てめてきます。なんて眩しいんでしょうか。
「…カーラ」
「んふふぅ!!メイ!!」
もう気持ち悪いくらい喜んでいるのが伝わってきます。ですが、少しだけ勇者様に近づけた気がします。たまに名前でお呼びするのも良いかもしれませんね。
「こんなに嬉しそうなカーラを見るのは久しいな。ありがとう、メイさん。これからも娘をよろしく頼むよ」
「はい。もちろんです」
そして領主様は食堂を出ていかれました。娘思いの優しい領主様で良かったです。怖い人でしたら、ここに住むのが億劫になりますからね。
「じゃ、食べよっか」
「はい、勇者様」
「…メイィィ。どうして…」
あ、勇者様が今にも泣きだしてしまいそうです。はぁ、分かりましたよ。
「早くご飯を食べましょう、カーラ」
「うんっ!」