3話 マリヤ様
「…はぁ。やっと着いた」
魔族領でおっさんと別れてから20日ほどが経過し、私は王都に到着した。本来なら、1日もあれば到着出来たはずだ。だけど、昔の記憶とは案外役に立たないもので、私は迷った。迷いまくった。結局、サザナミ領という所から馬車に乗り、王都まで行く事にした。
人族領のお金が無かったから、馬車に乗る為に魔物を売ると、単位は魔族領と違い『カーラ』だった。おそらくカーラという奴が、先代魔王を倒して、今の魔王に倒された勇者だと思われる。
そして私は、王都に着くと教会に向かった。教会は、私が昔住んで居た場所で、300年経っても変わらぬ位置に存在した。見た目は変わっているけど、一目で教会だと分かる。
さて、先ずは今の神官に会いに行こうかしら。
♢♢♢
「誰よ、あんた。何か用?」
そして、教会に入ると、私は知らない女に睨まれた。教会に居るという事は、聖職者だと思うけど。
「…あなたが今の神官?」
「は?様を付けなさいよ。何様のつもり?」
…随分と、口が悪い。何様かと言われれば、天使様なのだけど。でも、こんな誰かも分からない女に、すんなりと私の正体を明かすつもりは無い。
「で、あなたが神官様なの?」
まぁ、絶対に違うと思うけど。こんな娘が神官であってほしくない。
「違うわよ。私は『大聖女』ソフィー。名前くらい聞いた事あるでしょ?」
「知らないわ。神官様に会わせて」
今の大聖女なんて、知る訳が無い。大聖女という事は、魔王を1度以上倒したという事になり、今の下界では有名かもしれないけど。
「は?舐めてんの?」
…めんどくさい。本当にこれが大聖女なの?
「あらあら、ソフィーちゃん。大きな声出してどうしたのかしら?」
「あっ。神官様。何か、神官様に合わせろと言う、変なのが来ました」
奥から現れたのは、歳を召した女性。大聖女が神官様と呼んでいるから、この女性が今代の神官だろう。
「あらあら。……どなたかしら?」
神官は、物腰が柔らかいが、私を見た瞬間に雰囲気が少し変わった。おそらく、何かに感づいたのだろう。
「私はマリヤ。あなたに聞きたい事があるの」
「…どうぞ、こちらへ」
「え?神官様?」
「ソフィーちゃんも付いて来なさい」
そして、私は神官に付いて行き、教会の奥へと入って行った。
♢♢♢
連れて行かれた部屋は、シンプルな机と椅子がある。そして、壁には先代の神官の肖像画が飾られている。そして、部屋に入るなり私は、その中の1つを指差し、こう言う。
「これ、私」
「はあ?何言ってんの?」
…いちいち、口を挟んでくる。だけど、今代の神官は落ち着いたまま。
「私の6代前の神官。その肖像画の方が、あなた様なのですね。マリヤ様」
「うん」
流石、神官に選ばれるだけの事はある。肖像画は、誰が見ても老婆だというのに、若い姿の私を見ても、驚きもしない。
「はあ?意味分かんない。どういう事よ!」
「はぁ。聞いていなかったの?私も昔、神官だったの。そして、今は天使」
私は、物分かりが悪い大聖女の為に、もう一度説明し、翼を出して見せた。流石に、これを見れば信じるだろう。
「…綺麗。…凄く綺麗」
「ふぇ⁈ そ、そうでしょ。これが天使の力よ」
大聖女は、先ほどまでの生意気な表情から打って変わり、羨ましそうに私を見つめてくる。…そんなに純粋に見つめられると、私でも照れる。
「あらあら。ソフィーちゃんったら。マリヤ様、素敵な翼です。そのお姿を拝見でき、嬉しく思います」
天界では、9割以上の天使が翼を出すことが出来、特段珍しいものでも無い。だけど、下界では、この上なく珍しい存在。
「で、聞きたい事だけど。あなた達、堕天使って知ってる?」
「…堕天使。…存じ上げませんね」
「私も知らないわ」
…やっぱり知らないか。期待はしてなかったけど。
「なら、魔王が何処にいるか知ってる?」
「…魔王のメイちゃんなら、カーラちゃん…勇者の家に住んで居ますよ」
…は?魔王が勇者の家?
「勇者は魔王に殺されたんじゃないの?和平とか聞いたけど、敵でしょ?」
「あらあら、生きていますよ。メイちゃんとカーラちゃんは、メイちゃんが魔王になる前から仲良しなのですよ」
…意味が分からない。それだと、和平以前に、勇者が魔族と親しくしていたって事?魔王には人族の血も流れているって聞いたけど、そんな偶然ある?
「じゃあ、勇者が魔王に一撃で負けたってのも、わざと?」
「…それは。事実だと思いますよ。メイちゃんは強いですからね」
…どうも怪しい。そもそも、勇者が一撃で負けるなんてあり得る?おっさんが言うから信じてたけど、本当かしら?…それとも。
「勇者って弱い?」
「はあ?あんたより強いわよ!」
…この大聖女は、何を根拠に言っているのかしら。私のレベルも知らない癖に、自信満々に。
「私のレベルは329よ。勇者がこれ以上って言うの?」
下界の人族が、これを超えている訳が無いわ。元々高かった上に、おっさんとの旅で、3レベルも上がったんだから。
「ふっ。勇者どころか、大賢者より弱いわよ」
「は?」
…え? …329よ?
…いやいやいや。嘘に決まっているわ。ほんの数十年しか生きてない人族が、合計400年近く生きた私のレベルを上回るだなんて。
そうよ!大聖女が見栄を張っているだけ。神官が訂正するに…。
って!何のんきにお菓子を食べているのよ!…え?事実なの?
じゃ、じゃあ。私より強い勇者を一撃で倒した魔王って…。
…確信した。確信してしまった。間違いなく、魔王が堕天使。そうでなければ、そんな事あり得ない。
あぁ。もう無理。ごめんなさい、レミコ様。私には無理みたいです。
「…なら、大聖女のあんたも強いの?」
「は?私は普通よ。あの3人が異常なのよ!」
3人…。魔王、勇者、大賢者。そして、魔王は堕天使。
堕天使は敵。だけど、勇者と堕天使は仲良し。つまり、勇者も敵?それに大賢者も加わる?これは、レミコ様でも勝てないのでは…。でも…。
「私は、『大天使』レミコ様より、堕天使を排除するように命令を受けたわ。おそらく、魔王が堕天使。倒すのに協力して」
「は?魔王が堕天使?意味分かんない。どっちにせよ、協力なんてしないわよ」
「…あらあら。すみません、マリヤ様。仮にメイちゃんが堕天使だとしても、私共は協力出来ません」
…まぁ、予想は出来たけど。この2人、魔王と親しそうだったものね。
…どうしよう。撤退するべき?…でも、会いもせずに逃げ帰るなんて、恥ずかしいわよね。
「…なら、魔王の居場所を教えて。1人で行く」
…排除するなんて言ってしまった手前、教えてくれないかもしれないわね。…と思ったけど。
「ユリアール領のギルドで待ってれば会えるわよ」
大聖女がすんなりと教えてくれた。そして、詳しい場所も教えてくれた。
「…ありがとう」
「くれぐれも、カーラに手を出しちゃダメよ。標的にされかねないから」
「…え?うん」
…標的?
分からないけど、私よりも強いと教えられて、手を出すつもりは無い。
そして私は、教会を後にした。次に目指すは、ユリアール領の冒険者ギルド。歩いて数十分。こんなに近くに魔王が居るなんて、和平の存在を知らなければ、恐ろしい状況ね。




