6話 敵は勇者様
少しおかしいとは思っていました。経験値とは、その名の通り経験から得られるものです。ドラゴンを倒した時、私は少しでも貢献したのでしょうか。…答えはNOです。それなのに、私のレベルは上がりました。
私のレベルが上がったのは、私が『敵』との戦いに貢献したからです。本当に、私の『敵』はドラゴンだったのでしょうか?
デバフとは、本来『敵』に掛けるものです。決して味方に掛けるようなものではありません。
そうです。私はドラゴンと戦っていたのではありません。ドラゴンと共闘して勇者様と戦っていたのです。そして、その戦いの貢献度だけで言えば、私はドラゴンより上かもしれません。
私のレベルが上がったのは、ドラゴンが倒れた瞬間では無く、勇者様が剣を収め、腰を下ろした瞬間。つまり、その戦いが終わった瞬間です。私が無傷の状態で、勇者様は疲れて戦いを止めました。そう捉える事ができると思います。
オーガの時も同様です。私はオーガと共闘して勇者様を戦闘不能まで追い込みました。そもそも、たった37匹のオーガを倒しただけで、90レベルを超えていた私のレベルがあんなにも上がる訳がありません。280レベル越えの勇者様を戦闘不能になるまで追い詰めたから、レベルが上がったのです。
それに、本来なら1匹倒す毎に経験値が入るはずですからね。私のレベルが上がり始めたのは、全てのオーガが倒された後です。
そして先ほど、何故か私のビンタで勇者様が気絶しました。…格上の勇者様を倒したのですから、レベルは上がりますよね。
…はい。私の疑問は解決しました。そろそろこちらにも目を向けないといけませんね。
勇者様が転げまわっている理由です。
…状況を整理しましょう。113レベルの私が、勇者様に『防御力低下』のデバフを掛けました。勇者様を倒してレベルが上がりました。レベルが上がった私が、勇者様に『攻撃力低下』のデバフを掛けました。レベルの上がった私は、もちろん防御力が上がっています。勇者様が拳をぶつける速度はそのままです。凄く速いです。
防御力・攻撃力がかなり落ちた勇者様が、物凄い速度で私を殴ります。どうなるでしょうか。
自分で言って悲しくなりますが、レベルが上がった私は物凄く硬くなっている可能性があります。…もしそうなら、勇者様の腕がぐしゃりとなりますね。はい。
…ピロンピロン。
スキル『回復魔法』を取得しました
そして何やらスキルを取得しました。…これは、さっさと勇者様を治せと神様が言っているのでしょうか。いくら何でもタイミングが良すぎますよ。
『回復』
ぱあぁぁぁ…
凄いですね。回復魔法というものは。勇者様の腕が治っていきます。
称号『聖女』を獲得しました
スキル『回復魔法』が『神聖魔法』に進化しました
…はい。意味が分かりません。何が起きたのでしょうか。頭の中に変な情報が流れてきました。
……聞かなかった事にしておきましょう。きっと幻聴だと思いますし。
「………メイが治してくれたの?」
「あ、大丈夫ですか?勇者様」
勇者様は痛みが引いた様子で、少し驚いた表情で私を見つめてきました。散々転げまわっていたにも関わらず、勇者様はもう元気そうです。回復魔法は疲れさえも癒すなんて、すごい魔法です。…いや、そもそも勇者様が転げまわったくらいで疲れるとは思えませんね。
「メイは回復魔法も使えたんだね」
「いえ、先ほど使えるようになりました」
勇者様は私のその言葉を聞くと少し微笑み、私の耳元にお顔を近づけて囁きました。
「『聖女』になったでしょ」
「なっ…!…何をおっしゃっているのですか⁉︎」
私がそう言うと、勇者様はにこやかに微笑みました。完全にバレているみたいです。どうして分かったのでしょうか。
はぁ。どうしてこんな事になってしまったのでしょうかね。私は『聖女』の称号なんていらないです。勝手に与えないでくださいよ。…はぁ、もう嫌になりますね。
そして私は勇者様から顔を背け、黄昏ました。…いえ、黄昏ようとしました。ですが、できませんでした。私が勇者様から顔を背けると、時が止まっていたのです。
そうです。あの時からずっと止まっています。勇者様がお金を腐るほど持っていると叫んだ、あの時から。…つまり、全部見られていたのです。ギルドに居た他の皆さんに。…嫌な予感しかしませんね。
「…う、うおおおおおお!!!!!どういう事だよ!メイちゃんだよな、あの娘は」
「俺は見てたぜ。さっきボロボロの勇者カーラ様を無傷のメイが担いでたんだ!つまり、そういう事だろうが!」
「勇者カーラ様を一撃…!そして勇者カーラ様の攻撃が一切通用しないだなんて…」
…もう止めてください。物凄い誤解が生まれています。
「…メイちゃんがあんなに強かったなんてな。ザック達のパーティーから勇者様に引き抜かれたとは聞いていたが…」
「おい、何だよそれ!詳しく教えろよ」
「ああ、メイちゃんはザック達のパーティーから引き抜かれたたんだ。8700万カーラでな」
…え?8700万カーラ?初耳なのですけど。…そもそも、私は追い出されたのですよ?
「は、8700万⁈ そんな大物だったのか、メイの嬢ちゃんは!」
「俺も嘘だと思ったんだが、ザック達は大金を見せびらかして自慢していたからな。やっぱりメイはすげぇ奴だったって」
あぁぁぁぁぁぁぁぁ…。嫌です。もう聞きたくありません。聞こえません。帰りたいです。帰りましょう。
そして私は勇者様のお手を無理やり引っ張り、全速力でギルドを抜けだしました。
つまり、逃げました。現実逃避という奴です。もう知りません。