34話 勇者
「…カーラ。もしかしたら、私が魔ー」
ヒュンッ………。
その瞬間、メイはボクの前から居なくなった。まるで、今までの事が夢だったかの様に、一瞬にして。
「え?…メイ?」
辺りを見渡しても、メイの姿は確認できず、気配が全く感じられない。
…メイはさっき、何と言おうとした?『もしかしたら、私が魔ー』……ま?……魔王?
…いや、それはあり得ない。魔王に選ばれるのは魔族。人族から魔王が選ばれたなんて聞いた事がない。メイはあんなに可愛いんだから、魔族の訳がない。
じゃあ、どうしてメイは急に居なくなった?理由が分からない。そもそも、人が急に姿を消すなんて事が起きる?
…ま、まさか、メイは最初から存在しなかった?…全部、ボクの妄想?
…いやいやいや、そんな訳ない。もしかして、メイは天使とか天女とかで、ここに居られなくなった?だから急に消えた?
「メイぃ…どこぉぉ。返事してよ…」
…メイ。ボクはどうすれば良いの?メイが居ないと、ボクは生きていけないよ。
『魔王』が誕生しました
「…え?」
…魔王?
ボクの頭に流れ込んできた情報。最初に否定した事が正しい答えだったかと言わんばかりに、世界がボクに伝えてくる。
…今まで一番誕生が早かった魔王は、その前の魔王が討伐されてから983日。その時の魔王は230レベルを超えていたと記録に残っていたはず。…今日は、ボクが魔王を討伐してから…たぶん970日くらい。メイは数日前に悲しそうな顔で250レベルを超えてしまったと嘆いていた。
…あり得ない。でも、メイを魔王だと仮定するとタイミングが合ってしまう。…きっと何かの間違いだ。
そう思いつつも、ボクは魔王城に向けて走り出した。それ以外に手がかりが無いから。
♢♢♢
「…おかしい。どうして誰も居ないんだ?」
ボクは魔王城に到着すると、魔王城の門前には誰も居らず、庭園にも気配が感じられない。城に入っても誰とも会わず、どんどん奥まで進んでいける。いくら何でも無防備すぎる。
普通は、門番を倒し、中に居る魔族を倒していく必要がある。進みながら、立ち塞がる敵を全て倒し、魔王の部屋までたどり着く。それでやっと、魔王に戦いが挑めるはずだ。だけどボクは、誰とも会わずに魔王の部屋の前まで来てしまった。
すると、そこでようやく、ボクは敵と遭遇した。
「キャウン⁈」
ボクが扉を破壊しようとすると、それに割り込む様に魔物が現れたのだ。SSランクの魔物、ケルベロス。とても希少な魔物で、ボクでさえ見るのは初めてだ。
…メイが居れば、楽しい戦いができたかもしれない。でも、今はそんな事を考えている時間さえ惜しい。
ボクは、割り込んできたケルベロスを気に留めず、ケロベロスごと魔王の部屋の扉を破壊した。
ドゴォォォォン…ガラガラガラッ
そして、瓦礫の煙が晴れると、ボクは部屋の中を見渡した。
「…っ!メイ!! 居た!…良かった。メイが居たよ! メイ!!」
メイは居た。だけど、様子がおかしい。メイはボクの声に反応せず、扉と一緒に飛ばしたケルベロスの前で膝を付いた。そして、ケルベロスに回復魔法を掛け、何だか震えている様に見える。
「メイ!ボクだよ!ねぇ、メイ!!」
「…うるさいです。黙ってください」
再びボクがメイを呼ぶと、メイはボクを睨みつけてきた。
「…え?メイ、どうしたの?メイだよね?」
「うるさいと言っているのです!よくもこんなひどい事を!」
メイは更にボクを強く睨みつけ、剣を抜いてきた。…おかしい。怒ってるメイも可愛いけど、明らかに普通じゃない。…まさか、魔王になって心が邪悪に?
「待ってよ、メイ!ボクだよ?カーラだよ?分からない?」
「さっさと剣を抜いてください、勇者。私はあなたを許しません」
…ど、どうして。どうしてメイがあんな状態に…。魔王になってボクの事を忘れちゃったの?
……そんなのあんまりだよ。
「…ボクが。ボクが目を覚まさせてあげるからね…メイ!」
「ごちゃごちゃうるさいですよ、勇者ぁぁ!!」
キィンンンンッツ!
メイはボクが剣を抜くなり走り出し、正面から剣を振り下ろしてきた。
「…くっ!!」
…強い。スピードも威力も、今までからは考えられないくらいに強くなっている。デバフを掛けられていないのに、ボクが力負けしている。…これが、魔王の力?
「ほらっ、ほらっ。勇者のくせにっ、その程度ですかっ!」
キィィン、キィィン、ボキィィン!!
「そんな剣で私のゴンザリオンを受け止める事なんてできませんよ」
「…な」
ボクの剣は、メイの強力な連打に耐えられず、真ん中から綺麗に折れた。…確かに、メイの言う通りだ。ボクが使っているただの剣では、強くなったメイの攻撃を受け止め続ける事はできない。
「…もう名剣なんて使うつもりなかったけど。『魔剣』ローズ・フラワー。これで相手をするよ」
ボクは折れた剣に変え、メイの聖剣にも劣らない剣をアイテム袋から取り出した。
「あ、あれは!『魔剣』ゴスティリオン!魔王様の剣!」
そう。この剣は、ボクが前回の魔王討伐で盗ってきた魔剣。
「『魔剣』ですか…。それで私に勝てると思っているのですか、勇者」
…っう。
……まただ。
…もう無理。もう我慢できない。1回だけならまだしも、何回も何回も…。
ボクはメイに向かって走り出し、叫んだ。
「勇者、勇者、勇者って! カーラって呼んでよ! メイ!!」
ゴキィィン!!!
ボクは何度も剣を振り下ろし、メイに向かっていく。威力やスピードが負けていても、単純な剣術の腕前が違いすぎる。メイがデバフを使ってこないなら、ボクはメイには負けない。
「…くっ!…うぅ。…っはぁ」
キィィン、キンッツ!! ズザアァァッ!
数回剣を交えた後、メイはボクの剣を上手く受け流せず体勢を崩し、大きく後退した。
「…メイ、思い出してよ」
「うるさいです!その程度の力で調子に乗らないでください!」
メイはそう言うと、大きく息を吐いた後にボクを睨みつけた。その瞬間、メイの体が薄く輝く。
「本気で行きますよ」
「…え?」
ドゴォォォォン!!!!!
メイがそう言った瞬間、メイの姿が急にボクの前に現れ、ボクはいつの間にか突き飛ばされていた。そして、ボクは強く壁に打ち付けられ、剣を落とした。
「…メ、メイ」
バタンッ!
デバフを使われた訳でもないのに一切反応できず、ボクは地面に伏した。意識もだんだん薄れていく。
…あぁ。ごめんね、メイ。ボクのせいでメイがこんなに…。ボクがもっと強ければ、メイを助けられたのに…。もっと、メイと一緒に居たかった…。もっと、いっぱい戦いたかった…。




