26話 氷龍さん
翼を持つ巨大な生物、ドラゴン・竜・龍。一括りにドラゴンと呼ぶ人もいますが、ちょっとした違いがあります。先ず、ドラゴンは魔法が使えません。魔法が使えるようになると、竜へと進化するからです。そして、竜の中で聖なる力を得たものが、龍。つまり、七聖龍へと進化したと言われています。
とは言っても、私の知らない数百年前の出来事だと言われているので、詳しい事は分かっていないそうです。最初の7匹以外に龍が誕生した事は記録されていないみたいですし。
「カーラ、説明してください」
「『氷龍』が居るって知っていたから、この依頼を受けたんだよ!」
…ここまではっきり言われると、返って清々しいですね。ですが、最初から私に教えなかった時点で、容認出来ません。私に言えば反対されると分かっていたから、教えなかったに違いありませんからね。
…はぁ。カーラがこの依頼に拘っていた時点で何かあると思うべきでした。私はカーラが戦闘狂である事を甘く見ていたようです。
…うぅぅ。それにしても怖いですね。凄く睨みつけられている気がします。悪いのはカーラなので、私は見逃してもらいたいです。
「メイ!早く!」
…何故この状況でカーラは私に満面の笑みを向けられるのでしょうね。まぁ、理由は分かっていますけど。カーラには前科がありますからね。
……はぁ。分かりましたよ。やれば良いのですよね。氷龍が現れたのは、フェンリルを殺しまくった事か、住処に侵入された事が原因でしょうし、完全に敵対されている時点でもう遅いですね。
「カーラ、約束してください。絶対に殺してはダメですからね」
「…え、うん。分かったよ!」
…かなり心配ですが、もうやるしかありません。私がカーラにデバフを掛けなければ、おそらくカーラは取り敢えず戦って、殺してしまうでしょうから。それだけは阻止しなくてはなりません。
相手は氷龍。責任重大ですね。私のミスで氷龍を死なせてしまったとなれば、サクラさんに合わせる顔がありません。カーラの面倒を見ると約束しましたからね。カーラの罪をこれ以上増やすわけにはいきませんし。
…はぁ。氷龍もカーラも死なないように調整するのは骨が折れそうです。…頑張りましょう。
先ず、氷龍の攻撃はおそらく強力なので、ある程度避けれるように『速度低下』は少しだけ。数回なら受けても大丈夫なように『防御力低下』も少しだけですね。ただ、これだとカーラの攻撃が殆ど当たってしまうので、『攻撃力低下』は強めに掛けなければいけません。氷龍が死んでしまう様な攻撃をさせる訳にはいきませんからね。…想像しただけで長期戦になりそうで嫌になります。
そして私は、カーラにデバフを掛けました。いつもならカーラにデバフを掛けた時点で私の役割は終わりですが、今回は違います。お互いに致命傷を与えない様にしっかりと見つつ、危なそうであれば微調整しなくてはなりません。はぁ、気が重いですね。
♦︎♦︎♦︎
遂にこの時が来た。メイと運命的な出会いをした日から待ちに待った好敵手との戦い!!
そしてボクはトカゲに向かって走り出した。トカゲは右の翼でボクを薙ぎ払おうとしてくるけど、そんな攻撃はボクに効かない。どうやら、まだ対等な敵として認識されていないみたいだ。
「だったら!!」
タッツ、タタタタッ!!
ボクは向かってきた翼に飛び乗り、凍った体表を駆けていく。滑り落ちない様に足場を見極め、トカゲの首に向かって剣を振り下ろす。
ザンッツ!!
「くっ、固っつ!!くわっっつう!!」
首を切り落とす勢いで剣を振ったつもりだったのに、纏っている氷が少し砕けて体表に少しの血が出る程度の傷しか与えられていない。そしてボクが止まった一瞬の隙を見逃さず、トカゲは左の翼を振り上げてボクに攻撃を仕掛けてきた。
ふふっ!なんて強いんだ、このトカゲ…いや、龍は!!
♦︎♦︎♦︎
戦いが始まって数十分は経過したでしょうが、まだ続いています。ですが、氷龍もカーラもかなり消耗しているようで、終わりは近そうです。カーラの体力が切れて戦えなくなるか、何百と攻撃をくらった氷龍が倒れるか、微妙なところです。どうやら、私の調整は丁度良かったみたいですね。まぁ、正直言って、どちらが勝とうが、もうどうでも良いですけど。早く終わってほしいです。
そう思っていると、カーラが力尽きたのか、膝をつきました。氷龍はこの機会を逃すまいと、カーラに向かって突撃します。ですが、その瞬間カーラは口角を上げました。カーラは動きにくい雪山だという事を感じさせない華麗な動きをし、紙一重で氷龍の懐に入って行きました。
ザンッツ!!ザンッ!ザンッザンッザンッザンッッツ!!
カーラは空中でアイテム袋から同じような剣をもう一振り取り出し、二刀流で幾度となく攻撃を浴びせます。氷龍は抵抗しようとしますが、それを上回るスピードでカーラの剣が舞っていきます。
「楽しいよメイ!ありがとうメイ!!大好きだよメイ!!」
そして、氷龍が斬られていく音と一緒にカーラの声が聞こえてきます。こんなに長時間戦っているというのに人とは思えない動きをし、更には大声で変な事を言えるなんて正真正銘の戦闘狂ですね。
ズシィィィィン!!
氷龍はついに力尽き、巨大な体が倒れ、戦いの終わりです。さすがの氷龍も、カーラの異次元の攻撃には耐えられなかったみたいです。
…頑張りましたね。お疲れ様です、氷龍…さん。
「か、勝ったよ、メイ!ふふっ、凄く楽しかったよっ……」
カーラは満面の笑みでそう言い、そのまま地面に倒れました。限界まで戦うなんて、本当に戦闘狂です。私には絶対に真似出来ません。したくもありませんけど。
この勝負は、カーラの勝ち…いや、引き分けですね。
ピロンピロンピロン
………違いました。私の勝ちでしたね。『カーラvs氷龍さんと私』の戦いは、私達の勝ちです。
カーラを一瞬で気絶させるよりも、多くの経験値を獲得したみたいですね。3レベルも上がってしまいました。私も頑張ったという事ですね。カーラとのレベル差は100くらいあるとはいえ、レベル200を超えているのに、この上がり方は異常ですよ。カーラがそれほど化物だという証明ですね。
『回復』
「満足できたみたいですね」
「うんっ!ありがと、メイ!」
はぁ、なんて嬉しそうに言うのでしょうかね。思わず許してしまいそうになるではありませんか。絶対に許しませんけど。
…さて、そんな事より氷龍さんに回復魔法を掛けねばなりませんね。ちょっと怖いので、あまり近づかずに掛けましょう。
『回復』
ぱああああぁぁぁ!!!!!
…ん?何だか凄く光っている気がしますね。気のせいですかね?
回復魔法を掛ければ多少は光るのですが、今までとは全然違う気がします。氷龍さんの氷の体が輝き、怒りを忘れるくらいに美しいです。
「見てください、カーラ。とっても綺麗ですよ!」
これを見てカーラも感動したのか、目を見開いて氷龍さんを見つめています。カーラさえも唸らせる美しさという事ですね。
「…メイ。ボクは凄いことに気付いてしまったよ。メイが居れば、七聖龍と何度でも戦えるんだ。あと4匹しか居ないのに、何回でも何十回でも!」
…はい。私が間違っていました。カーラはそういう人でしたね。忘れかけていた怒りが戻ってきてしまいましたよ。カーラに期待した私が馬鹿でした。
個体名『氷龍』をテイムしました
…ん?
……何か頭の中に聞こえた気がします。
…………聞かなかった事にしておきましょう。きっと気のせいです。
「カーラ、帰りましょう。おなかが空きました」
「うん!そうだね!」
氷龍さんとの戦いで流石に満足したのか、聞き訳が良いですね。いつも最初からこうなら良いのですけど。
♢♢♢
メイです。私は今、非常に困惑しています。
「…ねぇ、メイ。付いてきてるよね。ボクともう1回戦いたいのかな?」
そうなんです。走って帰っている私達に、何故か氷龍さんが付いてきています。…いえ、理由は分かっていますね。私達ではなく、私に付いてきているのだと思います。勘弁してほしいですよ。
……はぁ。
「カーラ、ちょっと相手をしてきます」
「おっ!メイも戦いたくなったんだね!分かるよ、その気持ち!」
…カーラは何を言っているのでしょうね。カーラが私の気持ちを理解するなんて無理な事ですよ。
そして私は立ち止まり、空を見上げました。すると、氷龍さんが私の視線に気付いた様で、私の前に降りてきてしまいました。凄く怖いです。ですが、そうも言ってられません。
「…えっと、氷龍さん。どういう訳かテイムされましたが、あなたが私に付いてくる必要はありませんよ。あなたは『氷龍』なのですから、ここで暮らすのが一番良いです。これからもこの地を守って頂けると助かります」
私の言葉が伝わるかは分かりませんが、私は精一杯氷龍に話しかけました。…どうでしょうか。伝わっていると良いのですが。
そして数秒間見つめ合った後、私の気持ちが伝わったのか、氷龍さんは元居た場所へ飛び去って行きました。カーラよりよっぽど物分かりが良いですね。
「いつかまた、会いに来ますからね」
私は、きっと聞こえていないと思いつつも、そう言葉にしました。今回はこちらから一方的に迷惑をかけてしまったので、次はお詫びの品を持って行きますね。寒いので数年後とかになると思いますが、必ず。
「メ、メ、メ、メイ!何がどうなってんの⁈」
「さあ。氷龍さんは良い子って事じゃないですか?」
氷龍さんは良い子です。この地を守る、優しい龍です。そう考えると、カーラは悪になってしまいますね。…あながち間違ってない気がします。




