21話 サクラとギルマス
「…サクラ、ランキングを持って俺の部屋に来てくれ」
「はい!すぐ行きますね!」
メイちゃんとカーラがギルドから出て行って十数分後、ギルマスが闘技場から戻ってきた。随分と時間がかかったけれど、漸く持ち直したみたいだ。まぁ、あんな負け方をしたのだから、仕方のない事なのかもしれないけど。しかも、ただ負けただけではなく私との賭けもあったものね。ふふっ、ボーナス100万カーラが待ち遠しいわ。
「まあ、座れ。…ランキングを見せてくれ」
「はい」
ギルマスの部屋に入り、私はランキングの書かれた紙を渡してソファーに座った。
…ふふっ。また、このソファーに座る日が来るとは思わなかったわ。ギルマスの部屋のソファーに座るなんて、重要な話をする時くらいだものね。約4年前、ギルマスに呼ばれて勇者様の担当受付嬢をしろと言われたとき以来だわ。それ以降、部屋に入る事はあっても、受付嬢の私がギルマスの部屋で長居をする事なんてなかったものね。
受付嬢になって数ヶ月、14歳だった私は緊張と恐怖で顔が真っ青になっていた事を、今でも忘れられない。でも、今回は違うわ。なんたって私に良い事しか起こらないもの!寧ろ、ギルマスの方が絶望して顔を真っ青にするかもしれないわね。
…さて、一体どういう反応をするのかしら?
「…な、なんだこれは⁈ 何かの間違いだ!おかしすぎるだろうが!」
まぁ、予想通りね。私だってそう思ったもの。ギルマスが目を見開いて困惑するのは当然だわ。レベル300を超えるカーラ、そして急に湧いて出てきたレベル200近いメイちゃん。普通だったらあり得ないものね。
「ふふっ、ランキングに間違いはありませんよ、国王様」
「…は?急に何を言って…」
私が急に言った『国王様』という意味不明な呼び方に、ギルマスは眉を顰めた。だけど、私がランキングの10位の位置を指さすと、意味を理解して少し顔が青ざめている。
「…ちょ、ちょっと待て。俺はそんなつもりで言ったんじゃない。忘れてくれ。誰にも言わないでくれ」
「それは無理ですね」
「な…!」
こんな面白い事を忘れるなんて私にはできないわ。忘れようと思っても、ギルマスが『俺はこう見えてランキング10位なんだ』って言った時のメイちゃんの可哀そうな人を見るような顔だけは、絶対に忘れることができないもの。あの時は笑いを堪えるのに必死だったわ。
「…はぁ、俺は11位か」
…あら。こんなに落ち込んでいるギルマスを見るなんて初めてね。やっぱり、強い人にとってはトップ10である事が重要なのかしら?私には到底理解できない領域だけど。
「なぁ、サクラ。俺は暫くギルドに来なくても良いか?」
「え?ダメに決まってるじゃないですか。ただでさえ仕事してないんですから」
そう。ギルマスは本当に最低限の仕事しかしていない。それでも、このギルドに来客の対応やSSランク昇格試験など、ギルマスとして必要な能力を全て持っている人は他に居ないから、最低限の仕事しかしないとしても、居なくなられたら困る事が出てくる。ギルマスだって、それくらいは分かっているはずだ。
「そんな事より、そろそろ頂けませんか?」
「…あぁ、そうだな」
そう言うと、ギルマスは立ち上がり、金庫からお金を持ってきてくれた。ギルマスはまだ諦めていない感じの顔だけど、ギルマスがギルドに来ないなんて無理なのよね。
「ありがとうございます!」
「…サクラは俺が負けるって確信してたんだな」
「はい。メイちゃんはカーラより強いですからね」
単純な強さだけで言えば、間違いなくカーラの方が強いと思う。だけど、メイちゃんはレベル差100以上をも覆すスキルを持っている。
1000人に一人しか持たないと言われているスキル。それを複数持っているメイちゃんは、規格外としか言いようがないものね。まぁ、スキルを持っていても、戦闘どころか生活にすらほとんど役に立てれない人も多いけれど。…今の私みたいに。
「…スキル持ちか。邪眼系のレアスキルか?あの娘が目の前に来て目が合った瞬間、俺は一切動けなくなった」
「ふふっ、違いますよ。もっと凄いスキルです」
ギルマスの予想は遠からずだけど、メイちゃんのスキルは相手と目を合わせる必要なんてないはず。なんたって、格上の相手でさえ問答無用で弱体化させる事ができるものね。戦いに必要な能力を3つも制限させられるなんて、理不尽極まりないわ。
「はぁ、自信なくすぜ。あんな幼い娘にすら勝てないなんてな」
ギルマスはそう言って項垂れているけれど、私は自信をなくす必要はないと思うわね。おそらく、今のメイちゃんが倒せる実力があるなら、魔王だって倒せるくらいに強いって事。そんなの普通の人には無理だもの。
とはいえ、自分の半分程度しか生きてない女の子に手も足も出ないという状況は辛いだろうし、強さに自信を持っていたギルマスなら相当悔しいわよね。
「ああ!!やっぱダメだ!このギルドに俺は要らねぇよな、サクラ!」
「必要ですよ」
…諦めきれていなのは見ていて分かっていたけど、そんな事を私に言われてもどうしようもないわよ。
「…サクラ、ギルマス変わってくれねぇか?」
「それは無理な事だって分かっていますよね?」
いくら何でも無茶がすぎるわ。まぁ、ランキング10位まで上りつめた人が、あんな負け方をしたのだから、こう言いたくなるのは然るべきかもしれないわね。
…とはいえ、ギルマスが辞める事は無理としても、ちょっとした妥協案くらいは出してみようかしら。
「…ギルマスがご自身の予定をしっかりと把握して午前中に今まで以上の仕事をこなせば、午後は自由にしても文句を言われないと思いますよ」
「くっ…!だがまあ、それくらいなら余裕だろう。」
その余裕で出来ることを今まではやらずに、部下に押し付けていたというのに。まぁ、このギルドでギルマスが仕事を殆どしないのはデフォルトだったし、午後に居なくなるとしても今まで以上に働いてくれれば寧ろありがたい。
「後は、サクラの上乗せされる給料をどうするかだな。その分、俺の給料を減らせば良いか…」
「…それはあまり心配しなくて良いですよ。カーラとメイちゃんが狩ってくる魔物の手数料で、このギルドのお金は潤っていますから。この3日で七聖龍とドラゴン2匹にオーガやロンリーウルフ、今だってフェンリルを狩りに行っていますからね」
冒険者がギルドに持ってきた魔物の代金は、手数料で10%が引かれている。この3日で2人には1億カーラ以上払っているから、それだけでギルドは1000万カーラ以上の手数料を得ているのよね。
「…ん?七聖龍? …またやったのか、カーラ殿は。…ちょ、ちょっと待て、フェンリルって事はアイスグラウンドに行くって事だろ。まさか…」
「……あ。…だ、大丈夫なはずです。メイちゃんが付いていますから…」
フェンリルの生息地は年中氷が溶けない地域、アイスグラウンド。そしてそこに生息する魔物に、私達が懸念する魔物が居る。七聖龍の一匹『氷龍』。…カーラは七聖龍をもう討伐しないと言っていたし、メイちゃんが居るから変なことはできないはず。…でも、それでもやりそうなのがカーラ。
「大丈夫なら良いんだが。4匹目は流石に庇えないだろうからな」
「あははっ…。その時は私がクビになるかもしれませんね」
4匹殺すって事は、半分以上の七聖龍が居なくなるという事。世界にどんな異変が起きてもおかしくない。『炎龍』・『緑龍』・『雷龍』が居なくなった事で、多少の被害は報告されているものね。対処出来るレベルだから、そこまで問題視されていないけれど。
「…サクラをクビになんかできねぇよ」
「ふふっ。クビにしても構いませんよ」
まぁ、メイちゃんならカーラが七聖龍を殺す事を許容しないだろうし、暴走しても止めてくれるはずどけど。
「じゃあ、これを渡しておきますね」
「……は?……冗談だろ?」
ー退職願ー
そう書いた書類を私はギルマスに渡した。
「約2ヶ月後、受付嬢の仕事を辞めようと思っています」
「待て待て待てっ!何言ってんだサクラ!」




