11話 受付嬢 サクラの喜び
「…私が新しい勇者様の担当をやるんですか?」
私は今から約4年前、新しく『勇者』の称号を得た人物と歳が近い事もあり、担当受付嬢に選ばれた。
新しい勇者様が誕生したのは、それよりも少し前。先代の勇者様が魔王に敗北し、命を落とされたからだ。
勇者様82歳、大賢者様86歳、大聖女様79歳。歴代屈指と言われた勇者ジオクス様も寄る年波には勝てず、魔王に敗北された。生還できたのは大聖女シルフィア様だけで、勇者ジオクス様と大賢者スティル様は命を落とされた。
そして、新しく『勇者』の称号を得たのは、この領の領主様の娘、ユリアール・カーラ様。聖女候補として教会から、ソフィー様。賢者候補として、代々強力な魔法使いを輩出しているケルディ家から、ケルディ・サイコス様が選ばれた。
勇者様のパーティーは魔王を倒すためにレベルを上げていき、パーティー結成から1年と3ヶ月ほどでソフィー様が聖女様になられた。その後、サイコス様が賢者様になられ、勇者様方は魔王討伐に向かわれた。
その結果、勇者様方は見事に魔王を討伐され、国の英雄となられた。
しかし、戦いから戻ってきた勇者様は何処か悲しげな表情をされていた。そしてパーティーも解散し、大聖女になられたソフィー様は教会へ、大賢者となられたサイコス様は実家に帰られた。
それからというもの、勇者様は1人で強い相手を求めて戦うようになってしまった。
国王様やトップレベルの冒険者に戦いを挑むも満足できず、あろうことか七聖龍の『炎龍』を討伐してきた。ギルドや国の上層部で問題視されたが、勇者様に強く言える者はおらず、苦肉の策でギルドの監督不行き届きという扱いにされた。そして担当受付嬢の私が始末書を提出する事になった。
勇者様は魔王の恐怖から私達を守ってくださった偉大なお方であるし、私が少しの面倒ごとを引き受けるだけで解決するのであればと思い、私は文句も言わずに始末書を書いた。
…だけど、2回・3回と続くと話は別。勇者様は全く悪びれもせずに『緑龍』を討伐してきた。さすがに私も勇者様に文句を言ったが、その甲斐なく『雷龍』も討伐された。
…誰でもいいから勇者様を止めてほしい。私が勇者様に何を言っても、勇者様は変わらない。
♢♢♢
「お待たせしました。素材代、8700万カーラになります」
勇者様が持ってきた雷龍の代金として、私は8700万カーラを渡した。いくら七聖龍とはいえ、死んでしまえば素材として利用させて頂くしかない。通常のドラゴンよりも高級な素材であるから、1匹でも大金になる。
だけど、勇者様はこんな大金を受け取ったとしても、どうせ顔色一つ変えずに次の相手を求めてギルドを出ていってしまうのだろう。私は間違いなくそうなるだろうと思っていた。
でも、勇者様の表情はいつもと違い、まるで酒に酔ってナンパをしてくる下種野郎みたいな笑顔で、お金を受け取けとった。
その顔を見た私は、あまりにも普段にない顔だったから、自然と口が開いてしまった。
「…勇者様のそのようなお顔、初めて見た気がします」
私は、すぐに私の前から去ろうとする勇者様に向けて、そう言ってしまった。遠回しに『気持ち悪い』と言ったようなものだから何か言われるかと思ったけど、勇者様は何も言わずに足早に去っていった。
……何があったのかしら。
少し。いえ、かなり気になるから目で追っていると、勇者様はある冒険者パーティーと話していた。遠いからよく聞こえないけど、何やら揉めているようだ。
…勇者様と揉めるなんて、随分と勇気のある冒険者が居たものね。
すると勇者様が痺れを切らしたのか、その冒険者に何かを投げつけた。
…まさか乱闘する気⁉︎ 勇者様が暴れたら大変な事になるじゃない!
そう思い不安になって止めに向かおうとしたけど、彼らは勇者様が投げたものの中身を見ると、大はしゃぎでギルドを出て行った。
……もしかしなくても、あれは先ほど渡した8700万カーラよね。…どういう事?何故勇者様は彼らにお金を渡したの?訳が分からないわ。
8700万よ。物凄い大金なのよ。私のお給料何年分だと思う?
…羨ましい。どんな理由でも構わないから、要らないなら私が貰いたいわよ。私は散々勇者様に苦労させられているんだから!
しかし、私が一方的な怒りで勇者様を睨みつけていると、あろうことか勇者様は1人の少女の前に跪き、何かを言っている。…あれは確か冒険者のメイ様ね。何を言っているかは分からないけど、メイ様が凄く嫌そうな顔をしているのは分かるわ。
そしてメイ様は少し何かを考えている素振りを見せた後に、勇者様の手を取った。きっと何か無茶なお願いをされたのね。年下の女の子に手を出すなんて最低だわ。
…はぁ。どうして神様はあんな人を勇者に選んだのよ。確かに、強さだけで言えば申し分ないけど、魔王を討伐して以降の勇者様はおかしいのよ。
強くなりすぎて苦しんでいるのは知っているわ。私には分からない感情だけど、顔を見る限り相当に辛い事は分かるもの。
…そうであっても、もう少し周りの事を考えてほしいわ。
…比べるのは間違っているけど、先代の勇者様は誰もが憧れる立派なお方だった。何代もの魔王を討伐し、優しく聡明で皆に好かれる存在。勇者様は少しだけでも良いから、先代を見習ってほしいものね。
はぁ。…どうか、勇者様の悩みが早く解決されますように。そうなれば私の悩みも解決されるはずだから。
♢♢♢
勇者様がメイ様を連れてギルドを出て暫くたった後、何やらギルドの入り口が騒がしくなった。気になって見てみると、あろうことか勇者様がおぶられている。勇者様がああなるのは緊急事態としか考えられない。
魔王をも討伐できるお方が自分の足で歩けなくなるほどの『敵』が居たとなれば、この世界にとって大問題だ。
「勇者様、一体何があったんですか⁈」
「ゴブリンの群れだよ。楽しかったなぁ」
……は?
勇者様は大慌ての私とは裏腹に、満面の笑みでそう答えた。ふざけているとしか思えない。
…はぁ。ゴブリンの群れって何よ。その程度の相手に勇者様が苦戦する訳ないじゃない。という事はゴブリンキングの大群って事?
…いや、その程度で勇者様が苦戦する訳がないわね。一体何なのかしら。私の知らない強い敵が、ゴブリンの様に群れを成して勇者様に襲い掛かったって事?どちらにせよ早く確かめる必要があるわね。
♢♢♢
「…あれ?これはただのドラゴンとオーガですよね?」
倉庫でアイテム袋から出された魔物を確認すると、それはただのドラゴンとオーガだった。そして、勇者様とメイ様に話を聞くと、メイ様のスキルで勇者様を弱体化させたとの事だった。
…メイ様とパーティーを組んだみたいだけど、仲間を意図的に危険に追いやる関係を仲間と呼べるのかしら?
……ま、まぁ、それで勇者様の悩みが解決されるなら、私が口をだすべきではないわね。
何はともあれ、これでこれからの私の苦労が減少するのであれば、喜ぶべき事だわ。今日の晩御飯はいつもより数倍美味しく感じられる気がするもの!
だけど、そう思ったのも束の間、素材代を用意して渡した後に勇者様はおかしなことを言い出した。
「…メイ。メイがボクの事を殴ってよ。さあ!」
…よく考えてみたら、勇者様の悩みが解決したからといって勇者様がおかしな人だという事は変わらないわね。私の苦労は減少するとしても、無くなる事はないって事だわ。
…はぁ。勝手に一喜一憂して馬鹿みたい。…この状況、メイ様には悪いけど、関わりたくないわね。上手い事収まればいいけど。
バチンッッッツ!!!
ドガシャーンンンンンンン!!!!!
…え?
…は?
ボキッツ!!
「ぎいやあああああああぁぁぁぁぁ!!!」
………。
…え?
…どういう事?…理解が追いつかない。
…勇者様って私が思っていたほど強くない?…という事は、その勇者様に倒された魔王って大した事ない相手だったって事?年を取っているとはいえ、その魔王を倒せなかった先代の勇者様は…。
そんな訳ないわよね…。
…メイ様って何者なの?勇者様を倒すなんて、メイ様は魔王レベルって事じゃない。
…はぁ、考える気になれないわ。今日は早く眠りましょう。
♢♢♢
翌朝、ギルドに教会から最新のランキングとメイ様宛に文書が届いた。どうせランキングは勇者様が1位で、2位が先代の大聖女様。今は神官様になられて戦われる事はないけど、何代もの魔王討伐に貢献された実績がレベルとして残っている。
さて、勇者様はどのくらいレベルが上がったのでしょうね。また七聖龍を討伐してきたんだから、上がってるわよね。
「……は?勇者様のレベルが316で、メイ様が聖女様でレベル192⁈」
…どういう事?おかしいわよね?
♢♢♢
勇者様とメイ様がギルドに来たから、すぐに捕まえて話を聞いた。そうしたら、メイ様は枕投げでレベルが上がったと言ってきた。意味が分からない。メイ様は冗談でそんな事を言う娘には見えないけど、簡単に信じられる内容ではない。
そんな簡単にレベルが上がるのであれば、私だって枕投げしたいわよ。それだけレベルが高ければ、勇者様みたいに魔物を倒して荒稼ぎできるもの。…まぁ、私が勇者様に枕を投げたところで、ダメージを与えられるとは思えないけれど。本当にメイ様って何者なのかしら。
…はぁ。もう朝から凄く疲れたわね。だけど、そんな事どうでも良くなるくらいに良い事があったわ。
ふふっ…。勇者様を呼び捨てにして良いなんて最高じゃない!
受付嬢の規則で、冒険者には敬語と様付けが基本となっている。冒険者から許可が無い限り、受付嬢からこの規則を破る事はない。それをメイ様が。いえ、メイちゃんが許可してくれたのよ。そのおかげでカーラも!
もう二度とカーラに敬語なんて使わないわ!ずっと嫌だったんだもの!




