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9話 気持ち悪い

 

「あら、カーラじゃない。どうしたのよ」


「サクラ…!!」


 ギルマスとの話が終わって戻ると、キャルシィがカーラに絡まれて、おろおろとしていた。カーラの事だから、きっと私に会わせろと、キャルシィに無理を言っていたのだろう。キャルシィは私を見ると安心したかの様な顔になったから、間違いないと思う。


 そしてキャルシィを困らせていたカーラは、直ぐに私に元に来て、不安そうな顔で口を開く。


「サクラ…冒険者を辞めるなんて嘘だよね? サクラはボクと…」


「おい、全員集まれ。大事な話がある」


 だけど、カーラが最後まで言う前に、ギルド全体にギルマスの声が響き渡る。


「悪いわね、カーラ。冒険者は辞めたわ」


 そして私は、カーラにそれだけを告げてギルマスの元に向かう。


 信頼できる相手では無いとはいえ、ギルマスは今現在このギルドのトップであるから、受付嬢やその他職員は作業の手を止めてギルマスの元に集まる。


 嫌そうな顔や不安そうな顔をする人が多い中、私が受付嬢として戻る事を言うと思っているキャルシィだけは、凄く嬉しそうにギルマスの元に向かう。


 ギルマスは、全員が集まった事を確認すると、職員の中にカーラが混ざっている事は気にせずに話を切り出す。


「あー、単刀直入に言うが、俺はギルマスを辞める。新しいギルマスはサクラだ」


 ギルマスがそう言うと、皆が驚きを隠せずにざわつく。キャルシィも、目を丸くして私を見てくる。もちろん、カーラも。


 そしてギルマスは私に前に来る様に言い、私が隣に立つと話を続ける。


「今を以て、ギルマスとしての権利をサクラに委任する。皆、これからはサクラに従う様に」


「よろしくお願いします」


 私は一礼し、周りを見渡す。ギルマスにとっては残念な事かもしれないけど、嬉しそうにしている職員がちらほら見え、急に私がギルマスになる事に反発しそうな人は見当たらない。職員なら私のレベルは当然知っているし、受付嬢として働いていた事も周知の事実であるため、反対する理由が特に無いのだと思う。少なくとも、今のギルマスよりは働いてくれると確信しているのだろう。


 そして少し黙って様子を伺っていると、職員をかき分けて1人の女性が話しかけてきた。


「サクラ…まさかサクラがギルマスになるなんてね。冒険者になった時といい、それから何度も何度も…。サクラには驚かされっぱなしだわ」


 皆が驚く中、話しかけてきたのは、私にとって受付嬢の先輩であるレイラさんだ。


 レイラさんは私の先輩受付嬢だった人で、私が受付嬢を辞めて冒険者になった時に、とても驚かれた。そして、私がAランク冒険者になった時も居合わせており、もっと驚かれた。その後直ぐ、Sランク冒険者になって更に驚かれた。ついでに、『賢者』『大賢者』の称号を得た時や、ランキングが2位・1位になった時も驚かれた。そして今回はギルマスになると言う。


 でも、レイラさんは口では驚いたと言うが、あまり驚いた表情には見えない。おそらくだけど、驚き慣れたかのかもしれない。私がギルマスになったくらいでは動じない程に。そう考えると、自分のしでかしてきた事を思い出して笑ってしまう。


「ふふ。またこれから、よろしくお願いしますね。レイラさん」


 レイラさんは私の頼れる先輩だったけれど、私がその先輩の上司になってしまうなんて変な気分だ。


「おい、サクラ。ギルマスになったんだから、職員に敬語を使う必要なんてないぞ」


「…え。流石にそれはちょっと…。レイラさんは先輩ですし」


 ギルマスの言っている事は、その通りなんだけれど、急にレイラさんに対して言葉遣いを変えるのは難しい。だけど、私がどうするべきかと悩んでいると、レイラさんが口を開く。


「そうですよ()()()()()()()。私の上司なのですから、丁寧な言葉遣いは不要です」


 流石はレイラさん。困っている私が対処しやすい様に、元先輩にも関わらず敬語を使ってくる。


 …でも。


「…レイラさん、気持ち悪いですよ」


「はあ⁈ 人がせっかく気を遣ってやったのに、気持ち悪いは無いでしょうが!」


 レイラさんは怒るけど、やっぱりこっちの方が良い。正直言って、レイラさんに敬語を使われるのは嫌だ。だから…。


「ふふっ。じゃあ私も敬語を使わないから、レイラさんも今まで通りにしてもらえるかしら?」


「…そうね。その方がお互いにとって良さそうだわ。後から文句を言っても聞かないわよ」


 レイラさんも私と同じ気持ちの様で、快く承諾してくれた。私的には、他の職員にも敬語を使われるのは嫌だけど、そうはいかないと思う。だから、一番敬語を使われたくない相手だけでも承諾してくれたのは、とてもありがたい。


「じゃあサクラ、今から引き継ぎをしていくが問題ないか?」


「はい。ギルマスは早く終わらせて修行に行きたいですもんね」


 きっとギルマスは、私の言う通り、今直ぐにでも修行に行きたいはずだ。顔を見れば普通に分かってしまう。だけど、そんな事はできないから、急いで引き継ぎを終わらせたいと思っているのだろう。


「あぁ、その通りだ。だが、1つだけ間違っているぞ。俺は、もうギルマスじゃない!」


「あ、そうですね」


 ギルマス…前ギルマスは嬉しそうにそう言った。よっぽどギルマスでなくなる事が嬉しいのだろう。


「…では、何と呼べば良いのでしょうか? …カドリア様? …ゲイツ様?」


 前ギルマスは、カドリア家の3男で一応貴族。だから、ギルマスと呼べない以上、名前で呼ぶべきだと思い、私はそう呼んでみた。


 だけど、私がそう呼ぶと、前ギルマスは急に寒気を感じたかの様な顔をした。


「お…おいサクラ。様付けなんて気持ち悪いから止めてくれ。ゾッとしたぞ。普通にゲイツで良い。それともう敬語は不要だ。立場的にはギルドマスターで『大賢者』でもあるサクラの方が上なんだからな」


 私はギルマスに気持ち悪いと言われ、レイラさんとのやりとりを思い出した。きっと私がレイラさんの言動を気持ち悪いと感じた様に、ギルマスも様付けされると同じ様な気持ちになったのだろう。


 それに、前ギルマスに私の方が上だと言われ、確かにそうかもしれないと納得した。本来『大賢者』という称号は、貴族である以上に価値のあるものだ。それにギルドマスターの称号を得れば、ギルドマスターでなくなった貴族よりも上になるのは間違いない。


「…そうね。じゃあゲイツ。さっさと始めましょ!」


「お、おう。じゃあ始めるか」


 そして、前ギルマスはギルド長室で引き継ぎ作業をすると言い、歩き出した。


 普通であれば、立場が逆転した瞬間に言葉遣いをあからさまに変えるのはどうかと思うけど、相手が前ギルマスだから、全くそう思わない。寧ろ気持ちが良い。カーラに敬語を使わなくなって良くなった時も嬉しかったけど、それ以上に嬉しいと感じてしまう。


 まさか、ギルマスになって良かったと初めて思った瞬間が、前ギルマスに敬語を使わなくて良くなった時になるとは思いもしなかった。なんなら、これからは命令しちゃっても良いんじゃないかしら?


 私は、そんな事は絶対にする事にならないだろうと思いながらも、少しだけ戸惑う前ギルマスの後を追った。カーラが後ろから私を呼んでいるけど、今は気にしない。




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