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34 決戦

「おっと和也、休んでる暇はなさそうだぜ!」

その声に振り向くと、スサノオはもうすで他の化け物と対峙して剣を構えていた。

足が一本しかない案山子のような化け物がどこからともなく現れ、一匹、二匹、三匹と、どんどんその数を増やしていった。

太陽はとっくに西の山の向こうに沈んだようだ。

まだ星が見えるほどの闇ではないけれど、数多の気配が活気を帯びて街を練り歩きだした。

「オオオーーーン、オオオーーーン」

「ひぃーーーーひっひ!」

「俺を食うのか……、俺を食うのか……」

「おああああああああ!!! おああああああああ!!!」

「どこですかいのう? どこですかいのう? 顔が、顔が、どこですかいのう?」

と化け物たちの声が無数に聞こえるようになってきた。

それと同時に、この街で命を落とした人たちの亡霊が無数に彷徨っているのも見える。この亡霊たちはやがて自分たちの進むべき道を見つけ、僕が最初に出会ったコトネたちの村へと通じて行くのだろう。

胸の勾玉がもぞもぞと動き、僕の手の中で八岐大蛇が姿を見せた。

空から突然巨大な女の頭だけの化け物が現れた。

「いひひひひい……」と言ってコトネに近づいたが、コトネが胸に抱いたハクビシンに「ズガンッ!」と雷を一発落とされてあっけなく消えた。

あの小さなハクビシンでさえ、自分の力を信じ、操る術を身に着けた。

自分の力を信じろ。

僕は神の力を持っている。

そんなこと、どう自分に言い聞かせても、うまく信じられるものではなかった。

迷いの心で天叢雲剣を振るっても、化け物はなかなか倒せなかった。

このままで……、このままで、美津子を守れるはずなんかない。

僕はがむしゃらに化け物に向かって行った。

けれど力を入れれば入れるほど、天叢雲剣はそれをあざ笑うかのように威力を失った。

八岐大蛇は現れる化け物を次々と噛み砕き、倒していった。

人っ子一人いなかった大通りは、もはや埋め尽くす化け物と亡霊で祭りのような騒ぎだ。

こんな……、こんなところで化け物を相手にして……、目の前に、あと少しで美津子に会えると言うのに……。

大通りは朱雀大路と言った。

僕たちが入ってきた羅城門から平城宮に一直線に続くだだっ広い大通りだ。

こんな道、こんな道、走り抜ければすぐにでも美津子にたどり着けるのに。

行く手を塞ぐ化け物の数は数百、いや、数千にも思えた。

暗くなった空を大きな炎の塊が飛んできた。

炎の中にいびつな老婆の顔が見える。

僕を見つけると「ひやああああああ!!!」と言って襲い掛かってきた。

僕は天叢雲剣を下に構え、振り上げるタイミングでその炎に突き刺した。

だけど炎が散り散りになったのは一瞬で、瞬く間に元の姿に戻ってしまった。

「和也、まかせろ!」そう言ってスサノオは目の前の化け物を蹴散らし、猛烈な勢いで走ってくると炎の化け物を真っ二つにした。スサノオの持つ剣は鋼でできたどこにでもある剣であるはずなのに、うっすらと金色の光を纏い、どんな化け物でも切り裂いた。

僕は焦った。

勝てない……。

どんな化け物も切ることができない。

やっぱり僕じゃ駄目なんだ。

天叢雲剣をもってしても、僕の力は足りないんだ。

天叢雲剣がいつもより重く感じた。

知らぬ間に僕は泣いていた。

僕はなんて無力なんだ……。

何もできない……。

強くなった気でいたのに、ぜんぜん勝てないじゃないか……。

こんなので……、こんなので……。


「いる」


僕の心の中に、不意に弓矢の亡霊の声が聞こえた。

それはまるで空気をも凍らせるような冷たい感覚だった。

辺りにいた化け物たちが、一斉に静まり返るように姿を隠した。

残された死人の亡霊たちは、その気配を感じているのか、おどおどと怯えた表情で彷徨っている。

朱雀大路の遠く彼方に見える突き当りに、恐らく平城宮のものであろう明かりが煌々と見えた。

それは月とはまた違う、夜空に輝く巨大な星のようにも見えた。

牛鬼の気配はそこからした。

これほど遠いと言うのに、その禍々しい気配は真空を貫く矢のように鋭く僕の胸に届いた。


「いる」


もう一度そう思った瞬間、ドゴンッ、ドゴンッ、ドゴンッ、と地響きをあげ、牛鬼が一直線に朱雀大路を突き進んできた。その勢いはすさまじく、最後の数百メートルをひとっ飛びしたかと思うと、着地した地面に大きく穴を開けるほどだった。

牛鬼はまるで、血塗られた鬼のような顔をしており、長く黒い毛で覆われ、いびつに曲がった角を生やしていた。体は牛のようであるが、関節は変なふうに曲がり、まるで巨大な蜘蛛のようでもあった。身の丈は四つん這いでも僕の倍はあり、隆々とした筋骨の浮かぶその体躯は、重さだけでも家をまるごとぺしゃんこにできるほどではないかと思えた。

「一矢必殺」

僕の中にその声が聞こえ、背中から抜いた鏃を舌で舐める感触が伝わってきた。

僕の体はいつになく濃い白の靄で覆われている。

背中の筋肉が収縮し、ミシミシと弓をしならせる音が伝わってくる。

牛鬼を狙う弓矢を持つ手は、まるで鉄でできたように微動だにしない。

「この世の恨み、晴らさでおけようか」

僕は針の孔から相手を覗くほどの集中力で牛鬼の呼吸の隙をつき、引いた矢をその喉元に向けて静かに放った。

が、牛鬼はまるでその矢が自分の喉元に放たれるのを知っていたかのようにひらりと身をかわし、「グルルルルル……」と唸り声をあげると、四つの蹄で地面をえぐり、こちらに向かって突進してきた。

「まずいな……」と、数歩先でその様子を見ていたスサノオが剣を上に構え、迫ってくる牛鬼の首元めがけて振り下ろした。だがやはりそれもわかっていたかのように、牛鬼はスサノオの剣を角で振り払うと、そのままスサノオの体も空に投げ飛ばしてしまった。

「一矢必殺」

スサノオが作ってくれたその隙に、僕はまた弓を引いていた。

そして放った矢は牛鬼の喉元を捉えたが、それで命を落とすような化け物ではなかった。

牛鬼は怯むことなくこちらをめがけて突進し、鋭い角と骨の浮き出た頭を僕に向け、下から突き上げるように僕の体を軽々と空に放り投げた。

暗い夜空と平城京の景色がぐるぐる回った。

僕は、結局何もできなかった。

どれくらい宙を舞っていただろう。

僕は地面に叩きつけられる強い衝撃とともに意識を失った。





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