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30 八岐大蛇の真の姿

亡霊の行列の源に近づいているのは、僕にでもその雰囲気で分かった。

最初に見ていた亡霊は、輪郭のはっきりしない、吹けば消えてしまいそうな白い靄だった。

けれどいま目の前で列をなしているのは、苦しみの表情がわかるほどに生々しい死者の行列とも呼べるものだった。

潰れた頭、失った手足、穴の開いた身体、そこから流れる血の色まで見えるほどだ。

「ぅおおおおおおおう……」と唸り声をあげているものまでいる。

それに伴って、化け物も数を増やしていった。

それほど強そうなものはいなかったが、最初に出会った河童はもちろんのこと、人のものとは思えぬほど巨大な骸骨の化け物や、どろどろに溶けた体に手足のついたもの、猫の姿をしたものや、車輪のようにゴロゴロと転がってくる頭だけのものまでいた。

「おい和也! そっちにもいるぞ!」とスサノオは、顔は人間、体はクマのような化け物と戦いながらそう言った。

「わかってる! こっちは気にしないで!」と僕は目の前に迫る化け猫を避けながら、後ろから忍び寄る目が一つしかない坊様の化け物に矢を放った。

少し離れたところでは八岐大蛇が十匹以上はいる河童の群れと戦っていたし、コトネは物陰に隠れながらも近くにいるハクビシンはいつでもコトネの身を守れるよう体を黄金色に輝かせていた。

「なにがどうなってやがる……」そう言いながら、次々に襲い掛かる化け物に、スサノオは剣を休める暇がない。

「ねえスサノオ、初めて出会った夜のこと覚えてる?」

「あっはっは! 覚えてるとも。和也は八岐大蛇を見てションベンちびってたなあ!」

「それは言い過ぎだよ……」

「けど腰を抜かしてたろ?」

「ああ、確かに」そう言って僕も笑った。

「おっと、こいつは強敵だ!」そう言ったスサノオの前には、背丈が五メートルはありそうな全身火だるまの女が立っていた。吹き出しているのは炎のようにも血のようにも見え、動きも素早かった。

「スサノオ、こっち使って!」僕はそう言って自分が使っていた天叢雲剣をスサノオに投げた。

「おうっ! すまねえな!」スサノオはそう言うと、自分の持っていた剣を逆に僕に投げてよこした。

天叢雲剣を持った時のスサノオはすさまじく強かった。

河童程度の小物の化け物ならそのひと振りで木っ端みじんに薙ぎ払った。

火だるまの女は流れ出るような炎でスサノオを焼き殺そうとしたけれど、それを避けたスサノオはまるで木の枝でも振るような素早さで天叢雲剣を振り上げ、火だるまの女を頭から真っ二つに切り裂いた。

「ほらよ、返すぜ和也!」

「もう倒したの!?」

「あたり前よ!」そう言いながら僕とスサノオはまた剣を交換した。

僕はと言えば、並程度の化け物ならどちらの剣でも同じように倒すことができた。天叢雲剣だと軽く感じる分、素早い動きができた。けれどそれはある意味、僕はスサノオのように天叢雲剣の本当の力を使いこなせていないと言う意味だった。そしてそんな僕を見てスサノオは「まだまだだな!」と言って笑うのだった。

ただ僕にはもう一つ武器があった。

僕にとりついた亡霊の使う弓と矢だ。

「一矢必殺」僕と亡霊の声が重なり、目の前に飛び掛かってくる一つ目のイノシシのような妖怪を一撃で倒した。

最初の頃は矢を一本放っただけで強烈な眠気とともに意識を失っていたけれど、今の僕はもう何本矢を放っても眠りに落ちることはなかった。スサノオが言った通り、精神と肉体を鍛えたおかげで、ちょっとやそっとでは集中力が途絶えることがなくなったのだ。


「やっと夜が明けるな……」

スサノオにそう言われて空を見上げると、森の樹々の間から見える空はもう薄いブルーに変わっていた。

化け物たちと戦っていたおかげで、僕たちはほとんど前に進めていない。

八岐大蛇はしゅるしゅると小さくなり、やがて勾玉へと姿を変えた。

僕はそれを拾い、紐を通して首にかけた。

「おい和也、今のうちにもう少し先に進むぞ」そう言うものの、スサノオはもう息も絶え絶えで大の字になって地面に倒れている。

「うん、そうしよう」と僕も何とか立っているものの、肩で息をしていて一向に動ける気配がない。

「それにしても和也、強くなったなあ、お前さん」

「まだまだだよ、スサノオに比べれば」

「俺に比べればか……、まあ確かにそうだ」そう言ってスサノオは笑ったが、いつもほどの元気はない。

「いいか、和也。よく聞け。これから戦おうとしている化け物、ありゃ強敵だ」

「うん、昨日聞いたよ」

「恐らく俺じゃあ歯が立たん」

僕は珍しく弱気なスサノオの言葉に、そこに隠された本音を見た気がして何も言えなかった。

「和也は確かに強くなったが、二人がかりでも負けるだろう」

「何を言うんだい、スサノオ……」

「まあ聞け。そこで作戦だ」

「作戦?」

「俺が負けそうになったら、逃げろ」

スサノオ、それは笑うところかい? と僕は言いたかったが、そんな雰囲気ではないスサノオに、僕は口を開かなかった。

「和也、お前の強さはそんなもんじゃない。だがな、俺がいたら駄目なんだ」

「駄目? 駄目ってどう言うことだい?」

「俺がいる間は、お前さんの強さは半分にもならないってことさ」

「よくわからないよ……」

「まあいい。そのうち悟る時が来る。それとなあ、八岐大蛇だ」

「八岐大蛇? 八岐大蛇がどうしたの?」

「そいつはなあ、俺たちが想像もできんくらい強い。下手をすれば神をも超える」

「神様より強いのかい?」

「ああ。だがなあ、そのためにはあと二匹いるんだ」

「二匹?」

「ああ、あと二匹、神の使いの蛇がどこかにいるはずなんだ。一匹は、俺が退治して閉じ込めておいたんだが、どうやら逃げられてしまった。もう一匹は、いくら探してもどこにもいない」

「その二匹の蛇を、スサノオは探していたのかい?」

「ああそうだ。日本中を探して回った。だがどこにもいないんだ」

「でもそれじゃあ……」

「それで思いついたんだよ。もしかしたら、その二匹は和也、お前さんが来た世界にいるのかも知れねえってな」

「僕のいた世界!? それじゃあ、未来の世界にいるってことかい?」

「そう言うこった」

「そんなの、いったいどうやって……」

「和也、お前さん、自分の世界にどうやって帰りゃいいのかわからんのか」

「うん……、わからない」

それをまったく考えたことがないわけではなかった。美津子を探し出した後、どうするのか。どうやって元の世界に戻るのか。毎日の慌ただしさの中に考えている暇が無かった。と言えば少し言い訳になるのかも知れない。考えないようにしていた。その方法が思いつかなかったからだ。もう帰れないかもしれない、その事実に向き合うことができないような気がしたからだ。

「帰る方法は必ずある」スサノオは、少し体力が回復したのか、体を起こして言った。

「どうしてわかるの?」

「お前さんたち、選ばれているからさ」

「お前さんたち? 誰のことを言ってるんだい? 選ばれているって言うのは?」

「前に話したろ。誰もがみんな、この世界に来れるわけじゃない。神の末裔か、それに関係した者たちだけだ。つまり、誰かに選ばれてこっちの世界に来てるんだ」

「そんな、僕は……」

「まあ聞けよ。和也は気づいてないだけで、お前さんは神の力を持っている。そう何度も言わせるな。天叢雲剣を使いこなせているだけで、それは神の力なんだよ。まあ話は戻るが、和也たちをこの世界に招き入れた誰かがいる。どんな理由か知らないが、偶然なんかじゃないんだ。そしてそれが誰かの仕業である以上、そいつがわかれば和也は元の世界に戻れる」

「でもそれが誰かは……」

「ああ。今のところはわからない。だがな、いずれわかる。理由がある以上、そいつはいずれ和也の前に姿を現す」

「でも、その後いったい……」

「あと二匹、神の遣いである蛇を探すんだ。そして八岐大蛇の真の姿をその目で見ろ」

「八岐大蛇の、真の姿……」

「ああ、驚くぞ!」そう言って笑い声をあげるスサノオの姿に僕は目を凝らした。

まただ……。スサノオの体が透けたように見える。それに、スサノオの体から何かが抜けていくように、光の粒子が立ち昇っている。

「ス、スサノオ……、その体……」

「ん? ああこれか?」スサノオは自分の腕を見つめてそう言った。「寿命が尽きかけているんだ」

「じゅ、寿命!?」

「ああ。前に話したろ。俺は元々神の世界の住人だ。俺に寿命はない。だが、クシナダヒメ、人と契りを交わしたことで、肉体に寿命を宿してしまった。そろそろその限界が近づいているんだよ」

「そんな!」

「心配するない。この戦いが終わるまでは持つだろうよ」

「そ、そんな、そう言う問題じゃないよ!」

「だがこれは、仕方がないことなんだ。世界の理だ。和也、お前さんがこの世界に来た頃から、これは運命づけられていたことなんだ」

「わからないよ……。肝心なことはなかなか話してくれないんだもん」

「あっはっは! さあ行こうぜ」そう言ってスサノオは立ち上がった。



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