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29 勝てねえかもな

しばらくすると、スサノオは寝たふりとは思えないほどのいびきをかき始めた。

「ねえ……、ねえスサノオ、ねえ、ねえってば!」僕は周りに寝る男たちに聞こえないほどの小さな声でスサノオを呼んでみた。

けれど……、どうやら本気で寝てるらしい。

と、ごそごそと寝ていたはずの男たちの動く気配を感じた。

僕は気づかれないように薄目を開けて様子を見た。

どうやら寝たふりをしていたのは男たちも同じだったようで、目配せと合図で二人の男は縄でスサノオの手と足を縛りだした。

まったく……、スサノオ何やってんだか……。

そしてどうしたものかと考えてるうち、もう一人いた男が同じように僕の手と足を縛りだした。

「ん……、なんだこりゃ?」とスサノオは目を覚ましたようだった。

「くそ、気づいたか。おい、そっちも早いとこ縛り上げろ!」と男が言うと、「わかった」と言って僕はあっという間に身動きができなくされた。

「おいあんたら、こりゃどういうつもりだ?」スサノオはまだ寝ぼけた様子で聞いた。

「どういうつもりもなんでもねーよ。俺たちゃ盗人だ。これが商売でね」

「あんたら商人じゃなかったのか」

「ああ、商人さ。嘘は言ってねえ」

「人を売るのか」

「なんだい、気づいてたのかい」

「僕たちのことも都に連れて行って売るつもり?」僕ももう寝たふりをしている意味もないので口を開いた。

「まさか。さっきも言ったろ、二度とあんなところに近づくもんかい」

「じゃあどうして俺たちを縛り上げる」

「あんたらの持ってるものをもらうためさ。まあ見た感じ、たいしたもんもなさそうだがな」

「あっはっは! その通りだ。盗んで得するようなもんは何も持ってやしないぜ」

「だがその剣はいただくぜ。見たところ、それなりの価値がありそうだ」

「お目が高いねえ。だがあんたらに持てるか?」

「はあ? なに言ってんだ」と言って男の一人がスサノオの天叢雲剣を持ち上げようとした。「ふんっ! ……、くわっ、んんんんん!」

「おい、何やってんだ?」

「持ち上がらん、この剣……」

と男たちは三人がかりでスサノオの剣を持ち上げようとしたが、それはまるで巨大な岩のようにびくともしない様子だった。

へーえ、本当に普通の人には持ち上げることもできないんだ。と僕はその様子を見て思った。

「てめえ、どうやってこんなもの持ち歩いてたんだ……」

「さあな」そう言ってスサノオは可笑しそうに笑った。

「まあいい。他に金めのものはないか探せ」そう言って男たちはスサノオの身に着けている物を探ったが、キュウリの種と割れた茶碗くらいしか見つけることはできなかった。

「おい、そっちの奴はどうだ?」そう言われて他の男が僕の持っている物を調べようとした時、何やらただならぬ気配に気づいたのか、三人の男たちは森の奥の暗闇に目をやった。

「なんだいま……、なんかいなかったか?」

消えかけた焚き火の炎に揺らされて、十四の赤い目が光る。

「な、なんだありゃ……」

「お、おい……、ば、化け物だ!!」そう言って男が短刀を手にしようとしたところで、姿を現した八岐大蛇は二人の男を丸呑みにした。それはあまりに一瞬の出来事で、二人の男は悲鳴を上げることもできず、僕を縛り付けていた残りの一人はへなへなとその場で腰を抜かすことしかできなかった。

「おいおい、出てくるの遅いぜ八岐大蛇」とスサノオは言うと、八岐大蛇の牙で縛られた縄を切って自由になった。

「あんまり長く呑み込むなよ、ほんとに死んじまうぜ」

「お、おいっ! その化け物、お前の仲間か!?」と男はいつの間にか短刀を手に、スサノオにそう言った。

「まあな。驚かしちゃ悪いと思って隠れてたのさ。飲み込んだ二人はすぐに吐き出させるから心配するな。死んじゃいねーよ」

「し、知るか! あいつらのことなんざ。そんなこと言って俺のことまでそいつの餌にさせる気だろう!」そう言って男はまだ縛られたままの僕の首を羽交い絞めにし、持った短刀を僕の首に付きつけた。

「やれるもんならやってみな?」スサノオはにやついた顔でそう言った。

え、スサノオ、どう言うつもりで……。

「な、なんだよ。お前も仲間を見捨てるってわけかい」

「見捨てなんかしないさ。ただお前さんの持ってるようなもんじゃ、そいつの体は切れねえって言ってんだ」

これってもしかして、スサノオが真治さんの体を剣で刺した時のようなことを言ってるんだろうか。けれども僕は、八岐大蛇の鱗を体に押し込まれたわけでもないし、本当に大丈夫なんだろうか……。

「なにわけのわからねえこと言ってんだ! 俺の言ってること冗談だと思ってんだろ!」そう言って男は目を見開き、僕の喉元に短刀を突き刺した。

突き刺した。

何度も突き刺した。

何度も何度もしつこいくらいに突き刺した。

つ、突き刺したはずなんだけれども、僕は痛くも痒くもなく、いや、少し痒かったが、まるでゴムのおもちゃの剣で突き刺されたようなくすぐったさしかなかった。

「ほらな」そう言ってスサノオは可笑しそうに笑った。

「どうなってんだ!」そう言って男は持っていた短刀をスサノオに投げつけると、一目散に森の中に逃げて行った。

「あっ、逃げやがった! ……が、まあいいか。八岐大蛇、早いとこその二人を吐き出してやれよ」

スサノオにそう言われ、八岐大蛇は空を仰ぐように上を向くと、その体を地面に叩きつけるようにして、ずるりと二人の男を吐き出した。

と言うか、その前に僕の縄をほどいて欲しかったのだけれど……。

「よお、大丈夫かい」スサノオはそう言ったが、二人の男は八岐大蛇の体の中でよほど苦しかったのか、胸を掻きむしるようにしてゼエゼエと息をした。

「さ、逃げられちゃたまらんからな、今度は俺たちがお前さんら二人を縛らせてもらうぜ。おい和也、そっちの一人を頼む……」と言ってスサノオは、やっと僕がまだ縛られたままなのを思い出したようだった。「すまんすまん、忘れてたなおい」そう言ってスサノオは僕の縄をほどくと、今度はその縄を使って二人の男を縛り上げた。

「さて。まあだいたい聞きたいことはさっき話してもらったが、肝心なことをまだ教えてもらっちゃいない。こいつの連れの女のことだ。お前らなんだろ?」

「つ、連れの女ってのはなんだ……」男二人はまだ喘ぎながら息をしていた。

「とぼけるな! お前たちが美津子をさらったんだろ!」

「ミツコ、ってのは……、まあ、女の名前は知らねーが、お前さんの顔には覚えがある」男の一人がそう言った。

「確かにな、お前さんといた女をさらって平城京に売り飛ばしたのは俺たちだ。だがさっきも言ったが、あの中は化け物だらけだ。女がその後どうなったかなんて知りやしねー。今ごろもう食われてるだろうよ」

「このやろう!」そう言って僕は思わず男に殴りかかりそうになったが、スサノオに「やめとけ」と言われ拳を遮られた。「こんな下衆野郎を殴ったんじゃ、せっかく身に付いたお前の力も弱まっちまう。今のお前にとっちゃ、こんな野郎ども、戦う価値もなかろうが」

スサノオにそう言われ、僕は堪えた息を吐き出し、冷静に戻った。

「それよりだ。どうして平城京はそんな状態になった。いったいどんな化け物がいる?」

「さあな、知らん。だがどうやらとんでもなく力を持った化け物が一匹いるらしい」

「そいつの名は?」

天逆毎あまのざこと言うらしい。だが姿は知らん」

気のせいかもしれないけれど、スサノオは一瞬目を細め、イヤなことを思い出したような顔をした。

「いや、その名前を聞けただけでいい」

「名前だけって、スサノオ、その化け物のことを知っているの?」僕は聞いた。

「ん? まあな。強敵だ……」と、スサノオは言葉を濁すようにそう言った。やっぱり知っているんだ。

「おい、あんたら。本気であんな場所に行くのか」

「まあな。ちょっとわけありでな。その名前を聞いてほっとくわけにゃあいかないんだ。それにさっきも言ったが、こいつの女もそこにいるならなおさらだ」

「好きにしな。俺たちにゃあ関係ねえ」

「ああ。もう十分だ。放してやるよ」そう言ってスサノオは男たちの縄を解いた。

「え、いいの?」僕は聞いた。

「これ以上一緒にいても聞けることはなさそうだからな」

「せいぜい命を粗末にするんだな」「死にたきゃ勝手に行きやがれ」男二人はそう捨て台詞を吐いたが、八岐大蛇が大口を開け威嚇すると、「ふわぁあ!」と何とも情けない声をあげながら逃げて行った。


「天逆毎か……、勝てねえかもな……」スサノオはいつものように腕枕で目を閉じると、ぽつりとそう言った。





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