23 ガキっぽかった
朝になると、スサノオと二人で村探しをした。
「どっちに村があるかわかるの?」と僕が聞くと、「うんにゃ、わからねー。まあ、たぶんこっちだ」と言ってスサノオは草がかき分けられた道を明るい方に向かって歩いた。
夜はコトネや八岐大蛇がいるし、コトネの爺様や弓矢の亡霊の声も聞こえるのでだいぶ賑やかに感じるのだけれど、朝日が昇ると僕とスサノオと後についてくるハクビシンだけになる。そのハクビシンも太陽の光が苦手なのか、あまり元気がなく、少し寂しい。
しばらく歩くと、森の外れに出て、遠くに村らしきものが見えた。
「ほんとだ。すごいや」と僕が言うと、スサノオは適当に言っただけのくせに、「そうだろ?」と言ってにんまりと笑った。
「おーーーい!」とスサノオが村の中に見える人々に遠くから声をかけた。
村の人々はこちらに気付いて目を向けるが、返事をしてくる様子はない。
まるで警戒するように、あるいは怯えるようにじっと立ってこちらを見ている。
「なんだろなあ。なんか雰囲気がおかしいな」スサノオがそう言った瞬間、「誰だお前らは!」と声を荒げる五人の男たちに囲まれた。男たちはそれぞれ木で作った槍のようなものを持っている。
「おい、そっちの! 見たことのない身なりだな」それはどうやら僕に言っているようだった。確かにそろそろ汚れてぼろぼろになっているが、僕が来ている服はもともと居た世界の物だ。
「お、お前らも鬼の仲間だろ!」男の一人が言った。
「鬼の仲間?」「お前らも?」僕とスサノオはお互いそう言って顔を見合わせた。
「そうだ。鬼のくせに、人の振りしてやってきたんだろ!」
「二人とも捕まえろ!」
と、男たちは有無を言わさず次々と威嚇するように槍を向け、僕たちが抵抗する様子が無いのを見ると、縄で縛りつけて村に連れて行った。
「おいおい、どういうこった、これは」とスサノオは怖がる様子もなく、あくびを漏らしながら男たちの前を歩いた。
村はそこそこの大きさだった。
何百人か住んでいるのだろう。
どこに連れて行かれるのか、僕らはけっこうな距離を歩かされることになった。
歩いている時に目に入ったのだが、何かに襲われたように無残に壊れた家を何軒か見かけた。
特に村の入り口に近い辺りに壊れた家が多かった。
「こりゃ、化け物に襲われたな」
「あいつらが鬼って呼んでるやつにかなあ」
「まあ、恐らくそうだな」
「今でも襲われてるんだろうか」
「あいつらの怯え方が、その答えじゃねーか?」
「なるほどね」
村の中心と思われる場所に来ると、男たちは僕らを近くの木に縛り付け、僕らの持つ荷物や剣を奪うと、それを持ってひときわ大きな家の中に入って行った。
「おれ、寝るわ」スサノオはそう言うと、木に縛り付けられた縄をズルズルと下までおろし、そのまま木に寄り掛かって眠ってしまった。
「のんきだなあ……」と、僕は呟き、僕も同じように縛り付けている縄を下まで下ろすと、木に寄り掛かった。
どうすることもできず、しばらくそうしていると、どこかから誰かの声が聞こえた。
「……おい、……おい、……こっちだ」その声に目をやると、少し離れたところの木にも、もう一人誰かが縛り付けられているのが見えた。その姿を見て僕は「え?」と思った。あの人、この時代の人じゃない……。声の男は、ぼろぼろになっていはいたが、スーツらしき洋服を着ていたのだ。
「ねえスサノオ、起きてよ……」と僕はスサノオを呼んだが、いびきをかいて起きる様子はない。
「おい君、もしかして、君もあの踏切を渡って来たのか?」
踏切!? まさかこの人も!?
「そ、そうです。あなたもですか?」
「ああ、そうだ。なあ君、ここはいったいどこだ? まさか天国でも地獄でもあるまい。俺たちはいったいどこに飛ばされたって言うんだ」
「どうやらタイムスリップしたようです」
「タイムスリップ?」
「今は、天平宝字弐年、僕たちは奈良時代にいます」
「奈良時代……、タイムスリップ……」男はその言葉を繰り返し、何かを考えるように黙り込んだが、しばらくして言った。「それだけじゃないだろう、この世界は。だったらあの化け物たちはなんだ? タイムスリップしただけなら、なぜ俺たちの時代にはまったくいない、あんな化け物たちが現れるんだ」
「そ、それは……」そんなことは考えたこともなかった。言われて見ればその通りだ。
「まあいいさ。たぶん、俺が見たことと君が見たことも、そんなに違いはないんだろう。つまりお互い知っていることも同じってことか」
「おじさんは、なぜあの踏切を渡ったんですか?」
「渡ったって言う表現は正しくないかもな。飛び込んだんだ。死のうとして」
「死のうとして?」
「そりゃそうだろ。走っている電車に飛び込むんだ。他に目的があるかい」
「そりゃあ、まあ……」そうかも知れない……。
「それにしても、君みたいな若い子が死のうとするなんてな」
僕は「違うんです」と言いたかったが、その言い訳をどう言えばいいのかわからず黙り込んでしまった。
「俺の名前は真治だ。君は?」
「和也です」
「俺は二十七歳。おじさんなんて呼ばれると傷つくなあ」そう言って真治さんは笑った。「君は見たところ中学生かい?」
「はい。一年生です」
「一年生!? もっと年上かと思ったよ。上司の息子も中学生だが、もっとガキっぽかったな」
そんなこと言われても……、そうなのだろうか。
僕もクラスの中ではだいぶガキっぽかった方だと思うのだけど。
「あの、ところでこの村、化け物が出るんですか?」
「ああ、よく分かったな。俺もはっきり姿を見たわけじゃないが、何度か村に現れて、村人を襲っているようだ」
「真治さん、いつこの村に来たんですか?」
「一週間くらい前かな。俺はどうやらこの格好だからか、鬼の仲間だと思われている。君もそうだろうな」
鬼の仲間……、てことは、この村に出る化け物も、鬼ってことだろうか。
どんな奴なのだろう。
そう言えば僕は、この村で男たちにつかまった時も、化け物が出るって聞いた時も、まったく怖いと思わなかった。横にスサノオがいたせいかもしれない。けれど、それだけじゃない。それだけなら、どうして僕はいま、その化け物と戦ってみたいなどと思うようになったと言うのか。
今思い返してみれば、学校に通っていた頃の僕は、すごくガキっぽかったな。