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13 神様っているの?

昨日の夜の話をすると、スサノオは「はーはっはっは!」と大声で笑った。

「矢で倒したとこまではよかったのになあ! 最後はちょっと油断したな、おい」

「だってもう死にかけてたんだ」

「動物でも化け物でも、あいつらは俺らが想像するよりはるかに生命力がある。一度死んだと思っても、次の瞬間起き上がり、襲ってくるんだ」

僕とスサノオは、薄いお粥をすすりながら、そんな話をした。お粥と言ってもたぶん米ではない。米に似ているが、なんだか茶色いものだ。味も違う。見たことのない野草も入っている。ヨモギだろうか。独得の匂いがする。

明けた入り口から目も開けられないほどの眩しい光が流れ込んでいたけど、家の中はなんだか暗い。

目がさめると家の中で寝ていた。

スサノオに、「昨日助けてくれた?」と聞くと、スサノオは「俺は何も知らん」と言った。

八岐大蛇の姿は見えなかった。陽の光が強いから、きっともう勾玉に化けているに違いなかった。

昨日の夜、ずっと僕に付きまとっていた女の子の姿も見えなかった。

鬼に襲われた時に助けてくれたのは、やはり八岐大蛇だったのだろうか。暗くてよくは見えなかったし、気を失ってしまったので良くは覚えていないけれど、鬼を飲み込む大蛇を見た気がしたのだ。

「それよりお前さんが鬼だと言っている昨日のそいつな、たぶんそりゃ、河童だ」

「カッパ?」

「ああ。小さな人間みたいな姿で、歯の生えた嘴のような口をしていたんだろ?」

「でも、河童には見えなかった」

「河童を知ってるのかい?」

「見たことはないけど……」そんなの、空想上の動物じゃないか。

「川の辺りによく出る。動物や魚の死骸を食べる」

「こいつは死んでなかったよ?」女の子が雷の落とし子と呼んだ動物は、僕の足元に絡みつくようにして眠っている。

「だから食べられなかったんだろうさ」

「だから?」

「そいつが飢えて死ぬのを待ってから食べるつもりだったんじゃないか? 河童はあんまり新鮮な肉は食わない。自分から殺すこともあんまりしない。だがどこかに閉じ込めたり、身動きをとれない程度にいたぶって死ぬのを待ってから食うことはある」

「そんな酷い……」

「化けもんのやることなんて、そんなもんだ」

「化け物なの? 河童って」

「お前さんだってあの姿を見たろ」

僕は血の滴る肉をむき出しにしたようなその姿を思い出した。


僕は久しぶりにスマホの電源を入れた。

バッテリーの残量は……、あと十パーセントしかない。

LINEを開いた。が、美津子からは何も連絡がない。

そうだ、正人に連絡しなくては。僕はそう思い、正人と美津子とのグループLINEを開いた。

そこには正人からのメッセージがいくつかあった。

「おい、あれからどうなった?」

「こっちでは学校やら警察やらえらい騒ぎになってる。和也と美津子のお母さんからも連絡あった。心配してるみたいだ」

「返事しろよ。まさか、電波が届かないのか?」

「おい、和也、美津子?」

僕はバッテリーを気にしてとにかく今の状況を簡単に正人に伝えることにした。

「美津子とはぐれた。さらわれたんだ。助けに行くつもりだけど、どうしたらいいのかわからない。あと、スマホのバッテリーが無い。たぶん、もうすぐ話せなくなる」

僕はもっと何か伝えるべきことがあるはずだと考えたのだけれど、焦ればあせるほど何を伝えていいのかわからず、結局それだけにしてスマホの電源を切った。


夜になるまでスサノオは特に何もするでもなく、昼寝ばかりしていた。

「あいつらの出所を探るには、夜に歩くしかない。これからは夜に動いて昼間寝ることになる。だからお前も寝とけ」そう言ってスサノオは木陰で寝返りをうった。

村の人たちが時々訪れては、スサノオに何やら食べ物を渡していた。けれどスサノオは「あんたらの食うものが無くなるだろ。いらんいらん」と言ってそれを断った。「それよりこれを植えてみろ。キュウリと言う野菜の種だ。実がなったら大きくなる前に食べるんだ。青いうちにな」そう言ってキュウリの種を村人に分けていた。


「ん、そろそろ出て来たな」

村が薄闇に包まれる頃、スサノオはそう言って目を開けた。

村には昨日と同じく、白い影のような亡霊が現れ、列を作ってどこかに進んでいた。

スサノオは胸に下げた勾玉を取り出し、八岐大蛇を元の姿に戻すと、「さ、後を辿るぞ」と言って亡霊たちのやってくる森を目指して歩き出した。背中に長く重そうな剣を持っていたが、それ以外は特に長旅に備えるような食料も、化け物を退治するような武器も持っているようには見えなかった。

八岐大蛇を最初に見た時は腰を抜かすほどに怖かったけれど、今ではもう驚くことも無くなった。

足元に何かの気配を感じ目をやると、昨日の女の子が隣を歩いていた。

「お、なんだ、お前さん、コトネだな?」

「スサノオ、知ってるの?」

「なに言ってやがる。昨日話した村長むらおさのひ孫じゃねーか。なんでまたお前さんに懐いてんだ?」

「昨日、一緒に河童退治に行った時の女の子だよ」

「ああ、なんだ、コトネだったのか。そいつあいいや!」そう言って何が面白いのかわからないが、スサノオは声をあげて笑った。

そして河童から助けたコトネが「雷の落とし子」と呼ぶ動物も後ろを付いてきた。

「そいつあ、ハクビシンだ」

「ハクビシン?」

「ああ、時々神の遣いをやらせてる。だが基本、臆病だし、大人しい性格だ。怒らせさえしなけりゃな」そう言ってまたスサノオは声をあげて笑った。

「ねえ、神の遣いってなに? 神様がいるの?」

「神様がいるかって? 本気で言ってるのか、そりゃ」

「うん、だって見たことないし」

「お前さん、いったいどこから来た? 最初に聞いた時にゃ、他の国と言っていたが、ちょっと違うだろ」

「未来の世界だよ」僕は正直に答えた。通じるかどうかは別にして……。

「ミライ? なんだそりゃ?」

やっぱり通じなかった。けどそれ以上、どう説明すればいいのかわからなかった。

「まったく、とことんわからん奴だなあ、お前さんは。そういやまだ名前も聞いてねえな。このまま旅は長くなりそうだし、お前さんってのもなんだなあ。名前は何て言う?」

「和也です」

「カズヤか、やっぱり変わった名だな。わかった。今度からそう呼ぼう」

「ところでさっき言ってた神様って、本当にいるの?」

「あっはっは! 神様に怒られちまうぞ?」

「だってでも……」

「目の前にいるじゃねーか。まあ、もと神様だがな」そう言ってスサノオはいつにもまして大声で笑った。








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