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10 人間だったから

「怖がるこたあねえよ」スサノオはそう言って笑っていた。

「こいつは八岐大蛇ヤマタノオロチだ。俺がむかし退治したんだ。ってことになってるが、実際はこうやって生きてる。俺の仲間としてな。本当は名前の通り頭が八つあったんだが、事情があって今は七つだ。陽の光が苦手でな、昼間は勾玉に化けて俺が首にかけてるってわけだ。夜になると窮屈になってこうやって出てくる」

僕は白い影のことなんか忘れて、目の前に現れた大蛇の赤い目に縮み上がっていた。しかも七つの顔で同時に僕を睨みつけてくる。

「ほら、お前もそんなに怖がらすな。ただのガキだ」そう言ってスサノオは大蛇のぬらぬらと鈍く光る頭を撫でた。

まあ確かに僕を襲ってくる様子はないが、それでもその視線の威圧感はとてつもない。

「それよりもこいつらだ……」スサノオはそう言って腰に手をやり、どうしたものかとでも言うように、終わりが見えないほど行列を作る白い影を見やった。八岐大蛇も視線をそちらに向けた。

「鬼と聞いてきてみたが、こいつらは死んだ人間の亡霊たちだ。たまたまここを通り道にしてあの世に行くんだろうが、それにしてもこの数はなんだ。見たことねえ……」

辺りは完全に暗くなっていた。

白い影たちはもはや太陽の光に邪魔されることもなく、完全にその姿を露わにしていた。

藁で作られた蓑の奥に、人の顔を見て取ることができる。

みんな無表情だ。

大抵は人の顔を残しているが、中には骸骨のように目と鼻の場所は空洞になっていて、並んだ歯がそのまま見えているようなものまである。

「時間が経つと、亡霊はだんだんと自分が人間であった頃の姿を忘れてしまう。骸骨に見えるのはそのせいだ」とスサノオは説明してくれた。

「これ、全部死んだ人たちなの?」僕は聞いてみた。

「ああ、そうだ」

「こんなにたくさんの人たちが?」

「ああ。俺も驚いている。夜の山なんかを歩いていると、たまに見かけることはあるがな。それでもせいぜい一晩に二人か三人だ。こんなに大勢の人間が一気に死んでいくなんて異常だな」

「さっき、害はないって言ったけど、ほんとなの?」

「ああ。あいつらはただ歩いているだけだ。あの世に向かってな。あいつらに出くわすと村に病気が流行るって聞いたが、恐らくその逆だろ」

「逆?」

「ああ。病気が流行って大勢死んだせいで、あいつら亡霊が村を歩き回る。それを何も知らずに見た奴らが、あいつらが出てきたせいで病気が流行ったと思い込んでいるんだ」

「これからどうするの?」

「さあな。退治してくれと頼まれたが、そう言うわけにはいかないし。けれどこりゃ何かが起こっているのは確かだ。そいつを突き止めねーとな」

「突き止める?」

「こいつらがどこから来るのか、元をたどるのさ」

「そんなことできるの?」

「できるだろうさ。あっちに行きゃあいい」そう言ってスサノオは、行列が始まっている森の方に目を向けた。

「だがちょっと、長い旅になりそうだなこりゃ。出発は明日の夜にしよう。俺はもう眠い。ちょっとこの家を借りて休ませてもらおう。お前も入れ」そう言うと、スサノオはさっき出てきた家の中にまた入って行った。八岐大蛇もその後に続いた。

僕はまだこの八岐大蛇が苦手だったので、一緒の家に入るのはいい気がしなかったが、このまま外の暗闇の中、亡霊たちの行列を見ているなんてゾッとしないと思い一緒に中に入った。

家の中は外と変わらないくらい真っ暗だった。

むしろ外の方が星の光があった分、明るかったくらいだ。

ここは何と言うかそう……、闇を閉じ込めたような感じだ。

それよりこの家には住人がいたはずじゃ……。

そう思いながら、僕はさっき家の外から覗いた時に、老人が横たわっていた辺りに目をやった。

が、暗すぎて何も見えない。

スサノオが、油を入れた小さな器に火を灯した。

小さな炎だったけれど、部屋の中をなんとか見渡せるくらいにはなった。

横たわる老人が見えた。

赤ん坊のように小さくて、なんだか黒い……、黒い?

「スサノオ、その人……」

「ん? ああ、この方はなあ、昔この村の長だった方だ。もう死んでるがな」

「死んでる!?」

「ああ、そうだ。見ての通りだ」

僕は目を凝らしてその姿を見ると、思わず「うわっ!」と言って尻もちをついた。

横たわった老人は、よくよく見ると、干からびてミイラのようになっていた。

「いちいち大げさなやつだなあ」と言ってスサノオは呆れた顔をした。

「だ、だって……、だってそれ……」

「おいおい、それなんて呼び方するな。立派な方だぞ」

「だってスサノオ、その人と話してたんじゃ……」

「ああ、話してたぞ。死んでも意思が残っていれば、話くらいできるさ」

「話って、どんな話を……」

「いろいろさ。俺がこの村に来た頃の昔話や、亡くなった村の人たちの話。ひ孫の心配もしてたなあ。死んじまったらしいんだが、あの世にも行かず、まだこの村の中をうろうろしてるらしい。あと、化け物の話とか」

「化け物?」

「ああそうさ。最近増えてきちまったって話だよ。退治する奴がいねえんだ。俺も若けりゃひと暴れしてやるんだが、今はもうこうやってここにいるだけで精一杯だ。こいつの力を借りてなんとかやってる感じだ」そう言ってスサノオは右肩に顔を乗せた八岐大蛇の頭を撫でた。

「この方も、昔は腕の立つ剣士だったんだ」スサノオは老人のミイラを見て言った。「人間だったから、寿命がきてあっさり死んじまったがな。この村の住人たちは、みんなかつてこの方が化け物退治で救った人やその子孫たちなんだ」


夜も更けると、スサノオは眠ってしまった。

時計がないので時間はわからなかったが、かなり遅い時間にはなっているはずだった。

八岐大蛇は、一匹だけ目を開け、残りの六匹は地面に頭を横たえ眠っているようだった。たぶん、一匹が見張り役で起きていて、その間に他の者が眠るのだろうと想像した。

「人間だったから、寿命がきてあっさり死んじまった」僕はスサノオのその言葉の意味を考えていた。「人間だったから」とはどういう意味だろう。人間でない者もいると言うことだろうか。

僕はうまく眠れず、目を閉じながらそんなことを考えていた。

外では今も亡霊が列を作って行進しているのだろうか。

薄気味悪いけど、害がないならもう一度見て見たいと思う気持ちと、うとうとして動きたくない気持ちの半々だった。

スサノオが火を灯した明かりは、油が切れてしまったのかいつの間にか消えていた。

目の前にかざした自分の手が見えないほどの暗闇だった。

恐らくもう……、このまま眠ってしまうのだろう……。

そう思った瞬間だった。

不意に右の足首を誰かにぎゅっとつかまれ、僕は恐怖のあまり悲鳴を上げることもできずに飛び起きた。








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