77.それは、ある少女の目覚め
目が覚めた時、私の視界は一変していた。
視界に入る手が小さい。
そして私を覗き込んでいる人たちの見目も、両親とは違う。
赤い髪の女の人と金髪の男の人。そんな知り合いは私にはいない。
「ああ、目があいたのね?お母さんよ、見えるかしら?」
「くりくりの目に、小さな手が本当に愛らしいね」
男の人はツンツンと私の小さな手をつっつく。その人に寄り添う女の人は自分を母親だと言った。
つまり、私の手をつっついている人は彼女の夫なのだろう。
何が起きたのか理解できなかった。
いや、理解するにはあまりにも現実味がなかったのだ。
まるでファンタジーの世界に放り込まれたようで……
それから徐々に体に慣れ、生活に慣れ、私の置かれている立ち位置を理解した頃————
この世界が私がハマっていた『乙女ゲームの世界』であることに気がついた。
謎解き乙女ゲーム「聖なる乙女の煌めきを」
『あまり裕福ではない男爵家出身のヒロインは貴重な聖属性の持ち主。
本当ならカレッジまでしか通えなかったが、聖なる乙女の候補達の中で一番聖属性の力が強かったことにより、王立アカデミーに特待生として通うことになる。
同じ学年には王位継承一位のライル・フィル・ファティシア、宰相の息子ジル・ハウンド、前騎士団長の息子リーン・ヒュース、そして一つ上の学年に魔術師団長の息子シャンテ・ロックウェル、ライルの婚約者アリシア・ファーマン侯爵令嬢が通っていた。
ヒロインは聖なる乙女の候補として努力しつつ、彼らとも交流を深めていく。
しかし交流を深めていく内に、彼らが人に言えない秘密を抱えていることに気づいてしまう。
だが、彼らと仲が深まるにつれて、ライルの婚約者アリシアから嫌がらせを受けることに……
ヒロインは学園で起こる事件と彼らが抱える秘密を解決しつつ、聖なる乙女として国を救うことができるのか————?』
ゲームが発売された当時、綺麗なグラフィックと謎解き乙女ゲームという変わった設定に興味を持ちそのゲームを手にした。
そして各ルートを攻略していくうちに、謎とは何なのか?どうしてそうなってしまったのか?と、どんどんゲームにのめり込んだ。
その謎は陰キャラのルートまで終えて、ようやく全てが明らかになり、トゥルーエンドに到達することで国が救われる。
キャラと結ばれることで終わるのではない終わり方は、普通の乙女ゲームとは少し違っていた。
私はその乙女ゲームの『ヒロイン』と同じ特徴を持っていたのだ。
彼女の特徴はピンクブロンドにピンク色の瞳、家はあまり裕福ではない男爵家。
とても両親に愛されていて、素直で、真っ直ぐで、天真爛漫な女の子。
そんな『ヒロイン』と同じ、なのだ。
「私、彼と出会えるのかしら……?」
鏡の中の少女に問いかける。
にこりと笑えば、鏡の中の愛らしい少女もにこりと笑う。
いつもよりもおめかしした、可愛らしい女の子。
7歳になった私は同じ年頃の子供を集めた、ライル殿下の誕生パーティーに呼ばれていた。
「殿下の誕生日パーティーに呼ばれるのも同じ設定だし、きっと彼もいるわよね?」
首元のリボンをいじりながら呟く。
もしも、もしもこの世界が『聖女』の世界であるならば、ライル殿下の兄であるロイ殿下を除いた攻略対象全員と会うことができる。
そうすれば、私はこの世界が『聖女』の世界であり、自分がヒロインであると確信できるだろう。
「でも……アリシアの邪魔をする気はないのよね。そもそも彼女が言っていたことって貴族社会では当たり前のことだし」
そう。ヒロインは素直で天真爛漫なところが魅力的ではあるが、致命的なほどに貴族社会に向いていなかった。
「攻略対象は好きだったけど、ヒロインはあまり好きじゃなかったのよね……」
小さなため息を吐く。
私の最推しだった彼と悪役令嬢のアリシア・ファーマンは殆ど接点がない。
ライル殿下に近づき過ぎなければきっと、彼女が断罪されることもないだろう。
「きっと、大丈夫よね……?」
自分の幸せのために、貴族の令嬢として当たり前のことを言っている彼女が不幸になるのはいただけない。
私はこの先に起こることも覚えているし、逆に彼女と仲良くなるのはどうだろう?
「設定上は……今ぐらいの歳の彼女はワガママ放題なんだっけ?それなら、アカデミーに入ってから仲良くなった方が良いかな」
侯爵令嬢に男爵令嬢がおいそれと話しかけて、お友達になりましょう?なんて言えるわけもない。
でも聖なる乙女の筆頭候補であるならば、声をかけても許されるだろう。
「……そうだ。先に起こることがわかるんだから、彼に教えて回避して貰えば……そうすれば、未来は変えられるんじゃないかしら?」
————この時の軽率な判断を……私は、酷く後悔することになる。
 




