76.素直な気持ちの伝え方
龍舎の中はとてもとても広かった————
大きく仕切られた柵の中に龍たちが一体ずついて、私たちが入ってきたことに気がつくと柵越しに顔を覗かせる。
昨日、飛龍に乗せてもらった時に大きいな、と感じたけどそれでも小さい方だと言っていた意味がよくわかった。
他の龍たちはもっと大きい。
「すごく大きい龍舎だと思ったけど……この大きさでも龍たちには少し手狭そうに見えてしまうのね」
「一番大きいサイズの龍は地龍なんだけど、彼のスペースが一番広いかな。まあ普段は外で自由にしてるからここは寝に帰ってくるだけなんだけど」
「もしかしてみんないるのは私が来るから……?それだと悪いことをしてしまったみたい」
もしかしたらもっと外で遊びたかったかもしれないのに、と呟くともう龍舎に戻る時間だったから大丈夫と言われた。
どうやら食事の時間らしい。
「彼らがいるとね、他の子たちが萎縮して食事を取るのを遠慮してしまうから別々に食べているんだ」
「他の龍たちよりも偉いと言うこと?」
「龍にも序列があるからね。一番偉い龍は皇龍。あの一番奥にいる龍だよ」
「龍たちの王様?」
「そう。とても長生きでね。そしてとても珍しい龍だ」
飛龍は緑系、火龍は赤系、水龍は青系、地龍は茶系、風龍は白系なのだけど皇龍は銀色のキラキラとしたとても綺麗な龍だった。
コンラッド様の話では各龍たちは色が濃ければ濃いほど群れの中の序列が上になるらしい。そして力も強いのだとか。
皇龍だけはあまり人前に出てこないので、群れがあるのかも分からないと教えてくれる。ただ、かなりの長生きで何百年も生きているらしい。
「そんなに長い間、ここにいるの?」
「他の龍たちは群れに帰る時もあるけど、皇龍だけはずっとここにいるね。俺が知る限りは群れに帰ったって話は聞かない」
そっと近寄ろう、と言われて私は皇龍の側に案内してもらう。
「キラキラして綺麗……」
「皇龍デュシス、彼女がファティシアの小さな姫君だよ」
「あの、初めましてルティア・レイル・ファティシアです」
そう言って頭を下げると、皇龍デュシスは首をもたげ私に伸ばしてきた。
窓から降りそそぐ光が反射して鱗がキラキラと輝いている。なんて綺麗な龍なんだろう、と見ているとカパリと口が開いた。
「おっきい……」
「デュシス?」
草食なのか口の中の歯はあまり鋭くない。たぶん、魔物の竜の方が鋭い牙を持っているだろう。
わあ、すごい!と眺めているとベロンと顔を舐められた。
「ひっ……!!」
隣で見ていたリーナが私の名前を呼ぼうとして、パッと自分の口を押さえる。入る前に、大きな声をあげないと言われたことを思い出したのだろう。
私はというと、そのままカパリと口の中に入れられてしまうのだろうかと固まってしまっていた。
「あ、あの……あのね、たぶん、その……食べても食べでがないと思うの」
「いや、うん。食べようと思ったわけじゃないかな?」
コンラッド様がお腹を抑えて笑いだす。あまり大きな声をあげてはいけないのではなかろうか?と見ていると、デュシスが笑っているコンラッド様を顔で押した。
「ああ、悪い。そうだね。お前は挨拶をしただけだ」
「挨拶?」
「歓迎してくれているんだよ」
「……そうなの?」
そう尋ねるとまたベロンと顔を舐められる。よだれでべちょべちょと言った感じではないので、まだ良いのだけど……これはこれで貴重な経験と思えば良いのかもしれない。
そっと手を伸ばすと、デュシスは鼻先を触らせてくれる。
「わあ、ツヤツヤしてる」
「姫君はなかなか肝が据わっているね」
「だってこんな経験はそうできないもの!」
国にずっといるだけだったら、私はこんなにたくさんの龍がいることも知らなかったし、触ることも乗ることすらできなかったのだ。
とても得難い経験だと思う。
その後は、他の龍たちにも挨拶をして、やはり同じようにベロンと顔を舐められた。よほど気に入ったんだね、と言われたけどレディ的にはダメかもしれない。
龍舎の外の水場で顔を洗わせてもらい、その後、念願の子龍と対面する。
飛龍の子は本当に小さかった。
椅子に座り、膝の上に乗せてもらった子龍はピィピィと鳴く。この姿からはあの大きな龍になるとはとても思えない。
「こんなに小さいのに、あんなに大きくなるなんて……あなた凄いのね」
「成体になるには数年かかるんだ。それでも飛龍は早い方だけど」
「他の龍たちはもっとかかるの?」
「そうだね。体が大きい分、成体になるには時間がかかる」
同じ龍種でも色々とあるのか。子龍の喉の下を撫でてあげると、子龍は嬉しそうにクルクルと鳴く。
「可愛い」
「それは良かった」
「コンラッド様、ありがとうございます!」
「喜んでもらえて良かったよ」
ひとしきり子龍を堪能すると、私たちはお城へと戻った。
***
部屋まで送ってもらい、お礼を言った後、私は自分がコンラッド様の上着を着たままなことに気がついた。
「しまった。どうしよう……」
「今ならまだお近くにおられるかと」
「そうだよね。届けに行こう」
「え、あの私が行きますが……」
リーナが止めるのも聞かずに、私は脱いだ上着を持ってコンラッド様を追いかける。そう言えば、髪を結っている紐も借りたままだ。
近くにいた侍女にコンラッド様が通らなかったか聞いてみると、直ぐに居場所を教えてくれた。
「この先ね、ありがとうございます!」
お礼を言ってから、教えられた回廊を歩いていると急に腕を引っ張られる。
反動でそのまま尻餅をつきそうになるのを咄嗟にリーナが支えてくれた。
「姫様!」
「え、ええ……ありがとう、リーナ」
一体誰が腕を引っ張ったのかと相手を見れば、そこにいたのはお茶会の席にいたレイティア侯爵令嬢だ。なんだか顔色があまり良くない。
「レイティア侯爵令嬢……どうされたのですか?」
「————で……」
「え?」
「……わたくしから殿下を盗らないでっ!!」
とらないで、と言われ私の頭の中には疑問符が浮かぶ。とる、とは一体どう言う意味だろうか?
「あの、意味がよく……」
「だって貴女は、王女なのでしょう?継承順位も低い……それなら殿下と結婚するのになんの支障もないわ」
「ウィズ殿下の婚約者はレイティア侯爵令嬢なのでしょう?」
「ただの侯爵令嬢と友好国の王女ではどちらが上だと思って?」
たぶん、偉さで言ったら私……と言うことになるのだろう。
でもウィズ殿下にはすでに婚約者が決まっていて、私が婚約者になる理由がない。お互いに誰もいなければ別だろうけど。
「私が婚約者になる理由がないです」
「理由ならあるわ……貴女は殿下を助けたもの……わたくしでは、絶対にできないことだわ」
「それはたまたま運が良かっただけです。できるかどうかなんて分からなかったわけですし」
「そうだとしても!貴女は女王陛下からも気に入られている!……わたくしは、殿下から好かれていないの。だから、きっと外されてしまうわ」
お茶会の時の視線は、殿下が気になるけど、好かれていないからあまり見過ぎないようにしていたと言うことなのかなあ?
乙女心は複雑だ。
今日の感じだと、殿下はレイティア侯爵令嬢のことを嫌ってはいないはず。嫌いな相手なら、わざわざ眼帯を取る時に配慮したりしない。
だからレイティア侯爵令嬢が素直に好きだと告げれば、この問題は解決すると思うのだ。
すると視線の先にコンラッド様たちが見えた。彼女はまだ気が付いていない。
「……レイティア侯爵令嬢はウィズ殿下がお好きなのですね?」
「そ、そうよ!でも、好かれていない自覚はある……こんな可愛げのない性格だもの。貴女みたいな素直な子の方が何倍も好かれるってわかってるわ!」
「素直な気持ちを相手に伝えるのは大事ですよ」
「それができたら苦労はしてないわよ!」
まるで駄々っ子のようだ。きっと今まで不安に思っていたことが一気に溢れ出ているのだろう。
「でも好きなんですよね?」
「そうよ!ずっと、ずっと子供の頃から大好きだったもの!!」
レイティア侯爵令嬢の言葉に、殿下の顔がみるみる間に赤くなるのがわかる。
これは、アレだろうか?
馬に蹴られてしまう的な……?
「レイティア侯爵令嬢、その言葉をハッキリと殿下の顔を見て言われた方が良いですよ?」
「そんなことできるわけないじゃない……わたくしは嫌われて……え?」
私はレイティア侯爵令嬢の手をそっと叩き、後ろに視線を向ける。すると彼女は恐る恐る後ろを振り向いた。
「でででででででん、か……今の……今の……っっ!!」
「……聞いていた。その、すまない。君にそんな思いをさせていたとは」
真っ赤な顔をされたまま、殿下はレイティア侯爵令嬢の側に近づくとその手を取る。
「サリューもう一度、言って欲しい」
「殿下……その、あの……わ、わたくし……」
「察してもらうのを待っているより、素直に伝えた方がずっと伝わりますよ?」
私は彼女の背中にそう呼びかけた。しかしこんな観客がいる中では素直に言いたくても言えない気もする。
なんせコンラッド様と女王様も一緒なのだ。女王様は二人のやりとりをニヤニヤと笑いながら見ている。
これは二人の思い違いを知っていたに違いない。
「あのーウィズ殿下。流石に人目のある場所では可哀想ですよ?」
「あ、う、ん。そうだな」
私がそう言うと、殿下は周りに人がいたことを思い出したのか少し慌てている。
それを見て女王様が彼女の非礼を私に詫びると、レイティア侯爵令嬢に語りかけた。
「サリュー嬢、確かにルティア姫を我が国に迎えられれば良いとは思うが……ウィズの相手は其方だけだと思っている。想いあっている二人を引き裂くほど野暮なことはせぬよ」
「へ、陛下……」
「ま、やるならコンラッドよ。姫君は国からは出してもらえまいしなぁ」
「え!?」
「十二の歳の差なんぞ、珍しくはあるまい?」
にぃと笑うと私とコンラッド様を交互に見る。コンラッド様は呆れたようにため息を吐いた。
「姉上……」
「妾は可愛い娘も可愛い妹も欲しいのじゃ!」
そういう問題なのだろうか?目を瞬かせていると、殿下は急にレイティア侯爵令嬢をお姫様抱っこすると、失礼します!と言ってどこかに行ってしまう。
もしかしてこれは逃げた方が良かったのだろうか?いや、でもそうすると上着が返せない。
「のう、どうじゃ?コンラッドでは姫君の相手に不足かえ?」
「え、そ、その……私の一存では!!」
それはたぶんお父様に聞かないといけないことだ。私だけでは何も判断できない。あと、コンラッド様は大人だし、私よりももっと良い相手がいると思う。
「ふむ。しかしのぅ……コンラッドと一緒になると、妾の後ろ盾がもれなくついてくるのだぞ?」
後ろ盾、と言われても私は……
「————お言葉ですが、姫様の身の安全を考慮頂けるのであれば……それは危険な行為かと」
突然リーナがそう言った。驚いて振り向くと、リーナは真っ直ぐに女王様を見ている。
「ほう?」
「姫様の我が国での継承順位は現状三番目となります。ラステア国が後ろ盾となれば、それは覆るかもしれません」
「そうであろうな」
「今はまだ、そうなっては困るのです」
「なるほど。そちらの国の内情に関わることなのだな?ああ、良い。いえぬことは聞かぬよ」
「申し訳ございません」
リーナが謝ると、よいよい、と女王様は笑う。
「そう言えば、コンラッドに用ではないのか?」
「え、あ、そうです。上着を借りていたので……あと髪の紐をどうすれば……」
そう尋ねると、コンラッド様は上着をそのまま受け取り、紐は私にくれると言うのでありがたくいただくことにした。
その様子を女王様はまたニヤニヤと見ている。
「姫君よ、コンラッドのことは考えておいておくれや?」
「姉上!」
「私より、コンラッド様には似合いの方がいるのではないでしょうか?」
「おや、ふられてしまったぞ?」
「ですから、姫君はまだ幼いのですよ?そんなこと考えられるわけないでしょう?」
全くもってその通りだ。アリシアの話の通りなら、私はトラット帝国の方に嫁ぐことになるだろうけど……たぶんそれもなくなると思う。そんな確信があった。
でもそれと、今回の件とはまた別問題。
そしてこの話が後々、色々とアレでソレなことになるとは今の私にはわかるわけもなく……私は国に戻るまで女王様にコンラッド様との縁談を勧められ続けるのであった。
76話をもって第一部完となります。第二部はもう少し成長したルティアたちのお話からスタートです




