75.お人好しと呼ばれても
自分だけで判断して良いものか迷う。
この間と違って、ウィズ殿下の眼の呪いと言うのは上級ポーションで進行がある程度抑えられ、今すぐどうこうなるものではないとは思うのだ。
だけど放っておけば命に関わるのも確かで……
そのままにしておくのはやはり、ダメだと思う。
相談すべきか、それとも内緒でやってしまうべきか?
カーバニル先生に相談すれば、きっと良いとは言ってもらえる。ポーションだけでなく、殿下の命を救ったのであれば尚更、国同士の結びつきが強くなると。
この間と違って政治的な判断、と言うやつだ。
いや、この間だってわざと私にそう仕向けたのだから、先生的には色々な思惑があったのだろう。
でもそんな恩着せがましいことをしたいわけではない。
それに本当に聖属性で治るかわからないのだ。ちょこーっと試しに使ってみて、治ったら運が良かった!と思えるぐらいでちょうど良い気がする。
うん。そうしよう。これはできるかできないか分からないのだから。
「……姫君、やはり難しいかの?」
「え、えっと……その……聖属性で治るかは、わからないですけど……試してみることはできます」
小さく、たぶん、と付け足す。
するとランカナ女王陛下はパチパチと目を瞬かせた。
「もしや姫君は聖属性持ちかえ?」
そう問われて思わず目線が泳いでしまう。そうです、と答えるべきか……いや、そもそも試してみることはできると言った時点で、誰かできる者がいるとわかってしまっている。
私は小さく頷くと、なるほどなあと女王様は頷いた。
「本当に治るかはわからないです。それにその……私は国でもこの力を使ったことがほとんどないので」
「それは何故じゃ?」
「聖属性はそれだけで珍しいので、その、ちょっと色々と問題が……」
言葉を濁すと、それだけで伝わったようだ。
そして国にも色々とあろうな、とだけ呟くと、直ぐに周りにいた侍女達を下がらせた。聞かせていい話ではないと判断したのかもしれない。
その心遣いをありがたく思う。
「あの……ここで私が力を使ったことは口外しないで欲しいのです」
「ふむ。妾とて姫君に不利益を被らせるつもりはない。口外しないと約束しよう。二人とも、良いな?」
「承知しました」
「は、はい……」
殿下とレイティア侯爵令嬢が頷くのを見てから、私はリーナを見ると口に人差し指を当てて内緒のポーズを取った。
リーナは少しだけ困った顔をしたけど頷いてくれる。
リーナを口止めすれば、先生にはバレないはず!
「では、その……ウィズ殿下、眼帯を取っていただいてもよろしいですか?」
「……あまり、見目の良いものではないが大丈夫か?」
「はい!大丈夫です!!」
力の限り頷くと、殿下はチラリとレイティア侯爵令嬢を見た。彼女は少しだけ俯いたが、すぐに顔をあげる。
「殿下、わたくしも大丈夫です」
「……そうか」
そう言うと、殿下は左目を覆っていた眼帯を外した。
目は————あるのだと思う。
しかし、そこだけぽっかりと空洞が開いたようにも見えるのだ。
まるで真っ暗な何かに吸い込まれているかのような、そんな印象を受けた。
「これが、呪い……ですか?」
思わずしげしげと見つめてしまい、殿下は困ったように笑う。
「そうだ。この黒い闇は眼球から徐々に周りを壊死させていく。ここに来る前に上級ポーションを飲んできたからこの程度で済んでいるが」
「上級ポーションを日に何度も飲まないといけないのですか?」
「ああ……」
それは、ものすごく進みが早いのではなかろうか?
そんな呪いを聖属性の力で打ち消せるか不安になる。いや、この場合はダメで元々。
私は自分の手をじっと見つめ、何度か手を握ったり、閉じたりする。
「では————いきます!」
殿下の手を取ると、私は聖属性の魔術式を展開させた。
真っ白い花が殿下を包み込む。
ふと、この間ライラさんにした時よりも、魔力を持っていかれていることに気がついた。怪我と呪いの違いなのだろうか?いや、大丈夫。私の魔力量は多い。
このぐらいでへこたれるほど、弱くはない!
一気に魔力を流し込み、呪いよ消えろ!と心の中で願う。
すると徐々に魔力の流れが落ち着き、真っ白な花がふわりと開き消えていった。
「これは……!」
女王様が歓喜の声をあげる。
私は殿下の顔を見上げた。すると、女王様と同じ濃い緑色の瞳が私を見下ろしている。
「み、見えますか?」
思わず殿下の顔の前で手をひらひらと振ってしまう。
見た感じは平気そうだが、ちゃんと見えているのか心配になる。
「ああ……これは、すごいな」
殿下はそう言いながら自分の顔をペタペタと触った。
「痛みが全くない。上級ポーションを飲んでいても、痛みだけは消えなかったのに……それに、以前と変わらず見える」
「なら良かったです!」
ホッと息を吐くと、殿下は嬉しそうに笑う。
「ありがとう、ルティア姫」
「いえ、でもその……本当に呪いが解けたかは私には判断ができないので、様子を見ていただけると……」
聖属性は『治す』という行為はできるが、呪いを『解除』する作用があるかは私にはわからない。
この力が呪いを『治す』ものとして判断してくれていれば良いのだけど……
「ああ、そうじゃな。念のため、オルヘスタルに診てもらってくるといい」
「そうですね。ですが、治った理由についてはどうしましょう?」
「奇跡が起きた、とでも言って誤魔化しておくがいい」
そう言って女王様はニッと笑う。
内心、そんな適当な理由で納得してくれるのだろうか?と疑問に思ったが、深く突っ込まれても困るし、それで押し通してもらうことにする。
その場に先生がいないことを祈るだけだ。
「————姉上、人払いをされてますがどうしました?」
コンラッド様がそう言いながら部屋に入ってきた。
そして殿下を見ると、キョトンとした顔になる。
「……ウィズ?」
「はい」
「その目、どうしたんだ?」
「奇跡が起きたのです」
「奇跡?」
「そうじゃ。奇跡が起きたのだ」
女王様と殿下の言葉にコンラッド様は首を傾げた後、今度は私に視線を向けた。
「奇跡?」
「そ、そうですね!?」
「深く気にするな」
「いえ、普通は気になるでしょう?」
「奇跡とは、突如として起こるから奇跡なのだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そうですけど……はあ、まあ、教えてもらえなさそうなので、良いです」
あっさりと諦めて、肩を竦める。
私だったら、どうして?なんで?と質問攻めにしそうだが、コンラッド様は大人だからきっとそんな風に聞いたりしないのだろう。
「ところで、其方は何か用があって来たのではないのか?」
「え、ああ……姫君に子龍を見せようと思いまして」
「ああ、そういえば最近生まれた子がおったな」
子龍と聞いてソワリ、としてしまう。だってあんなに大きな龍が生まれた時は手のひらに乗るくらいのサイズと聞いては、ものすごく気になるじゃないか!
「ふむ、姫君も気になっておるようだし案内してやると良い」
「仰せのままに」
少し戯けたように言うと、コンラッド様は私に手を差し出す。どうやらエスコートしてくれるらしい。
しかし本当に行ってしまって良いのだろうか?一応、お茶会に呼ばれて来ているのに……チラリと女王様を見ると、ニコニコと笑っている。
「えっと、そのぅ……お茶会に呼んでいただいてありがとうございました」
にへらっと笑うと、それがおかしかったのか女王様は肩を震わせて笑いだす。
これは何か失敗したのだな、と感じて恥ずかしさで顔を両手で覆いたくなるのを我慢していると、鋭い視線を感じた。
視線の主はレイティア侯爵令嬢だ。彼女は私をキッと睨んでいる。
なぜ睨まれたのかはわからないが、愛想笑いを浮かべつつ私はコンラッド様にエスコートされてお茶会を後にした。
***
「ところで、『奇跡』ってなんなのかな?」
龍たちの住む、龍舎に案内されている途中でコンラッド様から問いかけられる。
まあ、普通は気になるよね。私だって気になる。
でもあの場限りの内緒の話と言うことになっているので、私が勝手に話すわけにはいかない。
だって内緒にして欲しいと言った張本人だし。
「えっと……その、な、内緒です」
「内緒かあ……」
「そうです」
「どうしても?」
「どうしてもです」
「お礼を言いたいだけなんだけどな」
「それには及びませんので大丈夫です」
そう言ってからハッとする。
チラリと視線を上げれば、コンラッド様がにこりと笑った。
「やっぱり姫君が何かしたのかな?」
「な、内緒です!!」
すでに自分がやったと言っているようなものだけど、内緒は内緒なので!!とあくまで私は言えません!と口をつぐむ。
いや、これはもう本当にバレバレな気がする。
でも何をしたかまではわからないはず。うん。
そう考えて、なんとか心を落ち着かせようとしていると龍舎についた。
「さて、入る前に注意がいくつかある」
「はい!」
「うんうん。とても良い返事だね。それじゃあ、中に入ったらあまり大きな声を出さないこと。龍たちは意外と小心者でね」
「驚いてしまうんですか?」
「知らない相手だと、カパッと噛みつかれる可能性がある」
「……噛むと痛いですか?」
「姫君は小さいからここら辺まで口の中に入っちゃうかなあ」
コンラッド様は私の胸のあたりを指さす。それは何だか痛そうだ。
リーナなんて若干及び腰になっている。
「それとここにいるのは飛龍だけじゃないんだ。火龍、水龍、地龍、風龍と他にもいてね。みんな良い子だけど、キラキラしたものが好きだから盗られないように気をつけて」
「龍たちはそれを盗ってどうするんですか?」
「自分の寝床に集めてるね」
「寝床に……」
「掃除した時にキラキラしたものが出てくるんだけど、持ち主が分からなくて困る時があるんだ……」
それは何だか掃除する人が大変だなあと思っていると、リーナに髪留めを外した方が良いと言われた。確かに今している髪留めは、すらいむの魔術式の改良版が入っているものなのであげることはできない。
髪留めを外そうとしていると、コンラッド様がポケットから綺麗な紐を取り出した。
「ちょっと失礼」
そう言ってコンラッド様は器用に私の髪を紐で結い上げる。そして自分の上着を脱いで私に着せると、袖を捲ってくれた。
「これなら汚れても大丈夫」
「それは……パクッとされる前提なのでしょうか?」
「うーん……龍たちの機嫌によるかな?」
あっさりと言われてしまうが、機嫌が悪いのはちょっと困る。
でも子龍は見たい。
最終的に好奇心の方が勝って、私はコンラッド様に連れられて龍舎に足を踏み入れた。




