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73.大変な一日

 ランカナ女王陛下は手ずからお茶を淹れ、私たちの前に置いてくれた。


 流石の私も自分でお茶を入れたことなんてない。とても慣れた手つきだったし、日常的にやっていることが伺えた。

 ……普通は女王様がそんなことをするなんてありえないけれど。


 思わずぽかんとして女王様を見ていると、女王様はニヤリと笑う。


「我が王家はな?自分のことは自分でやる、そう決まっておる。他の国に比べればかなり風変わりに見えるであろうな」

「わ、私も……その、国では畑仕事をしているので……」

「ほぅ!畑仕事とな?」


 面白い、と言って続きを促された。


「最初は離宮の花の手入れを手伝わせてもらっていたのですけど、今は自分の畑で薬草や果樹を育ててます」

「薬草……薬草か……つまり、姫君がポーションを作ったのかな?」


 この場にカーバニル先生がいれば、視線でやりとりもできるけれど……流石にいない人を言ってもどうにもならない。

 リーナに視線を送ってみたものの、リーナも女王様の真意を計りかねたようで、少しだけ困った顔をしていた。


 これは答えてしまって良いものだろうか?それとも不味い?

 でも沈黙は肯定とみなされるし、お茶を手ずから入れる女王様がいるのだ。畑仕事をしてポーションを作る姫がいても良いじゃないか。


 そう考えて私は小さく頷いた。


「そう、です……」

「ふむふむ。その歳でポーションを作れるとは大したものだ。アレは作る過程でも魔力がいるであろう?」

「その……今は試しに作っている最中で、限られた者だけで作っています」


 作れるのも初級や中級ばかりだと伝えれば、ラステアでも同じようなものだと言われる。

 上級ポーションは意外と作れる人がいないらしい。それでもファティシアに比べれば多いはずだけど。


「我が国の薬草は魔力溜まりを加工してそこで育成しておる。そのせいで薬草に持たせる魔力量にバラつきがあるのよ」

「魔力量にバラつきがあるとうまく作れないのですか?」

「さよう。初級や中級であれば、誤差の範囲だが上級は繊細でな……」


 もしかしたら魔力過多の畑を作る魔術式はラステアでも重宝されるかもしれない。そして私たちが作ったポーションの質が良いのは、薬草が内包する魔力量にバラつきがないからなのだとわかった。


 ただ一つ問題が————


 事前に勉強した中で、ラステアには魔法石がないと聞いている。魔法石なしで魔力過多の畑をたくさん作れるのだろうか?

 魔法石があればある程度、魔力過多の畑を作るのに魔力量をコントロールできる。今は初級、中級、上級で魔力量を変えて実験している最中だ。


 ちなみに前はそこまでコントロールできなかったが、私のせいで魔術式に改良が施されたらしい。花師や神官たちが同じことをしないように、と。


 私と同じことをして倒れてしまう人が続出しては困る。それに魔力量を均一にできるのであれば、複数人で作っても負担は少ないだろう。


 しかし私が作った畑たちは、あの時どのぐらい力を込めれば良いのかわからなかっただけで、わざとやったわけではない。


 不慮の事故だ!


 私のうっかりは改良を加えるきっかけにすぎない。だから私は良いことをしたはずなのだ。多分。


 そんなことを考えつつ、念のためラステアではどんな風に魔術が使われているのか確認をする。


「女王様、この国では魔術はどうやって使われているのでしょう?私の国では魔法石に魔術式を入れて使っているのですが……」

「我が国の魔術はそのまま術者が行使しておる。他の国と違って、内包する魔力量が多いのでな。補助具を使う、という発想がなかったのだ」

「それだと疲れませんか?」


 魔術をそのまま行使するのはとても疲れる。でも魔力量が多いと違うのかな?とちょっとした疑問がわいた。


「そうさなあ……妾がそこまでの魔力を使うことはまずないが、畑を管理している者たちは妾ほど魔力量があるわけではない。実際に確認してみないと何とも言えんが、離職率を考えると他の仕事よりは多いように見える」

「りしょくりつ?」

「その仕事に就いても辞めてしまう者のことじゃ。我が国ではポーション作りに携わる者は皆、国が管理しておる」


 聖属性の治癒力を除けば、ポーションはまぎれもなくこの世界で一番の薬だ。他国への持ち出し制限を考えれば、国が管理していることにも頷ける。

 しかしそんな重大なお仕事なのに離れる人が多いのは勿体ない。




「姉上、残りのお客人が到着されましたよ」




 そう言って、ノックもなしに部屋の中に入ってきたのは先ほどの王弟殿下だった。


「ノックぐらいせんか。たわけめ!」

「ん?あっ!これは失礼致しました!!」


 慌てて謝る仕草はとても偉い人には見えない。と言うか、かなりフレンドリーな性格のようだ。

 今も私を見てニコニコと笑っている。


「コンラッド、妾の代わりに姫君たちの相手をしておれ。妾は残りの客人を出迎えよう」

「ええ、任されました」


 いやいやいや。普通は直接王族が出迎えとかしないと思います!そんなことされたらカーバニル先生もシャンテもものすごく驚くだろう。

 しかしそんなことを口に出して良いものかもわからず、私は女王様を見送ることしかできなかった。


 先生、シャンテ、みんな……心を強く持ってね。








 ***


「あの、その、王弟殿下だったのですね。大変申し訳ございません。気がつくのが遅くなりまして……」

「ああ、良くそれっぽくないと言われているので気にしないでください」


 王弟殿下————コンラッド様は気分を害したようには見えないので、多分まだセーフなのかもしれない。

 後から実は……と言われたら、大人しく先生に謝ろう。国際問題に発展しないように祈るばかりだ。


「……姫君は、表情がクルクルと変わって可愛らしいですね」

「えっ!?」


 もしや今考えていることが顔に出ていた!?思わず自分の頬に手を添える。すると目の前ではコンラッド様が横を向いて笑っていた。

 もしかしなくても、からかわれたのだろうか?だがここでいつもみたいに、頬を膨らませるわけにはいかない。


 ここはよその国、よその国、と何度も心の中で呪文をとなえる。

 よその国で問題を起こすわけにはいかない。


 チラリとコンラッド様を見れば、まだ私を見て笑っている。


「ふふふふ、すみません。反応が可愛らしくて、つい」

「いえ、良いのです。王族としてはあまり良いことではありませんもの」


 顔に出すぎると言うことは、心の内も読まれやすいと言うこと。

 何か駆け引きをしなければいけない時に、そんなことではやっていけない。


 まだ子供だから許されるかもしれないが、私はこの癖を何とか治さないといけないだろう。

 平常心、ポーカーフェイス、そういったものはものすごーく難しくて大変だ。


「その……先生たちは、すぐこちらに来られるのでしょうか?」

「ええ、姉が迎えに行きましたし、そのままこちらに来ると思いますよ」

「えっと、まさか女王様が案内したりとかは……」


 ないですよね?と聞こうとしたら、コンラッド様はさっきよりも、もっと良い笑顔になる。

 一国の女王陛下がそんなに自由奔放で良いのだろうか?いや、それで国が回っているのだから良いのかな?


 普通ならありえないことも、ラステアではありえてしまいそうで何だか怖い。

 いやこれくらい自由だと私も畑仕事をしてる王族として、気分的に楽かもしれないなあと考え直す。


「そうだ。さっき、子龍が生まれたと連絡があったのだけど、笑ってしまったお詫びに明日以降で都合の良い時に見に行きませんか?」

「子龍……?」

「カッツェも生まれた頃はあんなに大きくなかったんですよ?最初はこのぐらいの手に乗るサイズだったんです」


 そう言われてコンラッド様は手でサイズを表して見せる。手のひらサイズの子龍と言われ、興味がわかないわけがなかった。


「そんなに子龍は小さいのですか!?」

「ええ、飛龍の子は龍種の中でも小柄な方ですね」

「もしかして飛龍以外にもいるんですか?」

「あまり他国には知られてませんが」


 コンラッド様はだからご内密にと自分の口に人差し指を押し当てた。


「やっぱり他国に知られてしまうと、龍を盗ろうとする人が出てしまうからでしょうか?」

「そうですね。かなり昔は密猟も多かったです。ただ龍種を育てるにはコツがいるので……気性の荒い個体は自分で帰ってきたりもしますね」

「自分で?」

「ええ。帰巣本能とでも言うのか、比較的戻ってくる率は高いですよ?」

「何だかすごい神秘的」

「でも戻ってきても人と接しては暮らせなくなるんだ」

「え?」


 聞けば龍種を密売する人たちは龍の生態に詳しいわけではないし、買い取った好事家たちなんてもっと知らない。

 そうなると子龍たちはストレスの溜まる環境で育てられることになる。そのせいで人と一緒に暮らすことに神経質になるらしい。


「龍も……人がいやになってしまうの?」

「本当は仲良くしたくても、怖い思いをしていると懐くまでに時間がかかるんだ。龍はとても利口な子たちだから、きっと見極めているのだろうね」


 でも飛龍の子供はきちんと王城で世話をしている個体が産んだ子だから、嫌なことをされることはないと聞かされ少しだけホッとする。

 もちろんこの国の人たちが龍に何かするとは考えづらいけれど。


「空き時間ができたら教えてくれるかい?侍女に言伝を頼めば良いから」

「はい!よろしくお願いします!!」


 滞在中の楽しみが増えて、私はさっきまで微妙にあった怒った気持ちがどこかに消えてしまう。


 それから女王様が先生たちを連れてくるまでの間、私は龍について教えてもらっていた。




「あービックリしたわああああ〜」

「先生も驚くことがあるのね」

「そりゃあ驚くでしょうよ。女王陛下その人が目の前でアタシたちを待ってるんだもの!」

「私なんて女王様の手ずからお茶を入れてもらったわ」

「それもそれで心臓に悪いわね」


 美味しくないとか言えないし、と先生が言うので私は女王様の威信にかけて大変おいしかった、と主張する。


「えー本当に?」

「本当よ。ラステア国の王族は自分のことは自分でする方針みたい」

「アナタならとけこむの早そうね」

「そうかしら?」

「だって似たような空気を感じるもの」


 それは一体どんな空気なのだろう?そんな疑問を持ちつつ、お茶に口をつける。

 ファティシアで飲むお茶とは匂いも味も違う。


 ふわりと甘い香りのお茶はきっとお母様も気にいるだろう。

 後で名前を教えてもらおう、と思っていると先生がジッと私を見ている。


「どうかしたの?」

「いいえ、元気なら良いのよ」

「私、ずっと元気ですよ?」


 なぜそんなことを確認するのだろう?

 もしやホームシックにでもなったと思われているのだろうか?そりゃあ、初めて家族以外の人たちと出かけているけれど、そんな柔なメンタルはしていない。


 それに会えなくても、次に会った時にどんな話をしようかと考えるだけでもワクワクする。

 きっと龍の話をしたら驚くだろうなあ。


 まだ見ぬ子龍に思いを馳せつつ、その日の夜はふけていった。

間が空いて申し訳ないです…

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― 新着の感想 ―
[一言]  下手したら国際問題だぞ、王弟…わざとか? もしや、遠見でルティナが聖なる乙女って秘密まで把握したワケじゃあるまいな?
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