26.魔力過多の土地
私はアリシアとベル、そしてリーンとシャンテを伴って畑の隅にある四阿に向かう。
ユリアナに人数分のお茶と、この間の視察で買ってきていた残りのケーキを出してもらいお茶会の開始だ。
「あ、このケーキ……」
ポツリとリーンが零す。きっと自分の家でも出たことがあるからだろう。
私はニコリと笑い、美味しいわよねと話しかけた。
「はい。その……父が、買ってきてくれたんです。普段お土産なんて買ってこないのに」
「美味しいものをみんなで食べると幸せな気持ちになるのよね」
私の言葉にリーンは素直に頷く。
視察途中に私がこのドライフルーツの入ったケーキを買う所に遭遇したヒュース騎士団長から、こう言ったものがお好きなんですか?と問われてもちろんよ、と答えたのだけど……思わぬ所で作用していたようだ。
会話の糸口になるものは何であれ助かる。
「……姫殿下は視察について行かれたんですよね?」
「ええ。どうしても、視察場所の一つを見たくてワガママを言ったの」
「何が見たかったんですか?」
「視察場所の一つにカテナと言う街があって、そこは花と薬草が多く育てられているの。私、離宮で花をたくさん育てているから見てみたかったのよ」
リーンは素直に驚いた顔をしたが、シャンテは少しだけ眉間に皺を寄せた。きっとワガママを言って、の所が引っかかったに違いない。
でもそれで良い。私は私のワガママで、薬草があまり育てられていないことを知ったのだから。
「……花でしたら、頼めば買ってきてもらえたのでは?」
予想通りの言葉に内心でニヤリと笑う。きっと彼は頭が良く、とても礼儀正しい子だ。仕事と遊びに行くことを一緒にするなと思っているのだろう。
「そうね。でも自分の目で見てみたかったの。そこでしか咲かない花もあるし、それに————直接行ったことでわかったこともあるの」
「わかったこと?」
「薬草よ」
「薬草が、どうかしたんですか?」
「花畑に比べて、薬草畑の面積はとても少ないの。カテナは他の領地よりも花と薬草を売りにしている場所よ?そこでそうなら、他の領地はもっと少ないわ」
「それは……薬草が需要がないからでは?」
シャンテの言葉に私は頷く。そう、需要がない。病になったら誰しもが必要とするものなのに、高くて買えない。
「需要がないっておかしいと思わない?」
「え?」
「だって、誰でも病気になるわ。私だって熱を出せばお医者様に、にがーいお薬を出してもらうもの……それとも、一般の人達は病気にならないのかしら?」
「それは……なるでしょうけど」
「高くて買えない?」
「はい」
「でもそれって薬草を作らないからでしょう?」
需要がないから作らない。本当にそうだろうか?
需要はある。病になる人はごまんといるのに、薬だけがない。
神殿で治すのにはお金がかかる。そして薬も高くて買えない。ないない尽くしなのだ。
「神殿は治癒するのに物凄く、お金がかかるわよね?そして薬を買うのもお金がかかる。特に貧民街の人達には薬を買うぐらいなら食べ物を買うと言う人もいるでしょう」
「それは、食べなければ治るものも治らないからでは?」
「そうね。病になると体力のないものから死んでいく」
シャンテは私の言葉に小さく頷く。彼も高位貴族の一人。自分の家の領地を見て回る機会があればわかるだろう。
「作る人がいないから、値段は高くなる。高いから需要がない。なら薬草を作れば良いと単純に考えたの。貧民街の人達に働いてもらって、薬を売ってそれをお給料に当てられればなって」
「でもそれは……貧民街の人達が集まりますか?」
「そこなのよね。畑仕事は重労働だし、薬って扱う店も限られてる。そうすると売値もたかが知れてしまう。それに私には直ぐに彼らに払うお金もないし……」
「とりあえず、自分達で育ててから考えようと言うことになったんです」
「自分達で育ててからって……姫殿下と侯爵令嬢が、ですか?」
「土と水の複合魔術式が使えれば畑はこの通りだもの」
そう言って目の前に広がる畑を指さす。ベルもこの畑は今日一日で私とアリシアが作ったものだと二人に教えた。
二人は目を丸くして驚いている。普通の令嬢やお姫様は土仕事なんて重労働しないものね。多分、ライルだってしたことはない。
私は単純に花を育てるのが好きだから抵抗がないと言うだけだし、アリシアも前世で庶民だったと言うので抵抗はないのだろう。
「今日、この畑を作ったんですか?」
「ええ、そうよ。毎日は流石に来れないから管理人としてベルにいてもらうけど……基本的にはここの世話は私に一任されてるの」
私がそう言うとリーンは目をキラキラと光らせた。
「つまり、この魔力過多な土地は人工的に作られたんですね!?」
「そうなるわね」
「姫殿下はポーションを作られるおつもりなんですか!!」
「ぽーしょん?」
「え、ポーションって存在するんですか!?」
私は首を傾げたが、アリシアは名前を知っていたのか物凄く驚いた声をあげる。
リーンはシャンテと顔を見合わせ、私がぽーしょんと言うものを作る為に魔力過多な土地を作ったわけではないと気がついたようだ。
「あの、ちなみに……どうやってこの土地を作られたんです?」
「普通に、土と水の複合魔術式よ?ねえ?」
そう言ってベルを見ると、ベルも同意するように頷いた。
「姫殿下とアリシア様が使われた魔術式はごく普通の魔術式です。ただ、その……姫殿下の魔力の広がりが早く多かったので、魔力過多と言われる現象になったのかも知れません」
「ごく普通の魔術式……母さんが知ったら卒倒しそう」
「お母様って……ロックウェル魔術師団長?」
「はい。母は他の国でポーションの存在を知って、この国でも作れないかと研究をしているんです。リーンはそれに凄く興味があって……僕はあんまり……」
なるほど。リーンとシャンテの温度差はそこからきているのか。
リーンは騎士団長の息子ではあるが、魔法に関することに興味がある。しかし魔術師団長の息子であるシャンテはそこまで興味がない。
想像だがもしかしたら同年代の子よりも魔力量が少ないのかもしれない。ロックウェル魔術師団長は女性で初の魔術師団長にまで上り詰めた方だ。
偉大な母と比べられてはやる気が失せるだろう。
「その、ぽーしょん?と言うものは何なのかしら?」
「一言で言えば万能薬です」
「万能薬?」
「ええ、階級があって三等級から一等級まであるんですけど、一番低い三等級でも病の初期症状であれば治りますし、怪我もあらかた治ります」
「二級と一級は?」
「二等級は三等級では治らない病や怪我ですね。ほぼこれで病は治ります。一等級は凄いですよ。神殿で治してもらわなければならない怪我も治ります。千切れた腕とか生えてくるんです」
「それじゃあ、神殿がいらなくなりそうね」
リーンの言葉に私は笑いながら答える。しかしリーンは首を振った。
「時間が経つと難しいんです。要はその場にないと役に立ちません。神殿は時間が経っても治せるでしょう?だから不要になることはないと思いますよ」
「そうなのね。でも、ぽーしょんが作れるなら……売れるわね」
私の売れる発言にユリアナが残念そうな視線をこちらに向けた。そしてリーンも。
シャンテとアリシア、ベルは確かに、と頷く。
これはきっと王族の発言としては、と思うユリアナと、研究したいリーン、万能薬であるぽーしょんが作れれば色々助かるのでは?と考える私達の差だろう。
「ロックウェル魔術師団長ならぽーしょんの作り方がわかるのよね?」
「ええ、ポーションのレシピを教えてもらったそうなので」
「え!?それって……教えてもらえるものなんですか?」
シャンテの言葉にアリシアが驚きの声をあげる。シャンテ曰く、多分作れないと思ったから教えたのではなかろうか?とのことだった。
「作れないって、どうして?」
「その国では魔力過多な土地を人工的に作り出せるだけの魔力持ちが多いんだそうです」
「魔法に特化しているのね?」
「ええ、元々は自然発生していたようですが……それを解明したとかで、人工的に作れるようになったみたいですよ?」
何とも面白い話だ。国が違えば、文化も何もかも変わってくる。是非ともその国を直接見てみたいものだが、流石にそれは難しいだろう。
私は背後に広がる薬草畑を見る。心なしか、先ほどよりも更に若葉が増えたように見えるが、気のせいだと思うことにした。
「ロックウェル魔術師団長は忙しいわよね……ねえ、ヒュース様、貴方もぽーしょんの研究をしているの?」
「え!?俺、あ、私……ですか?」
「だって、魔力過多の土地に興味があるのでしょう?」
「そうですけど、その……まだそこまでに至っていないと言いますか……」
「リーンは魔力量は多いんですけど、魔力制御が下手なんです。だから母に教わってるんですよ」
「そうなの?でもそうなるとどうしようかしら」
忙しい魔術師団長を呼び出すのは気が引ける。なんせ本当にぽーしょんと言うものが作れるか分からないからだ。
それを察したのかシャンテは自分から魔術師団長に話すと言い出した。
「良いの?」
「ええ。大丈夫です。この土地を知ったらどんなに忙しくても絶対に来ます」
「それは……助かるけど、でもまだ薬草自体は芽吹いたばかりだしもう少し後でも構わないわ」
「いえ、多分それをすると「何故最初から声をかけなかったのか!」と怒るので」
「怒るの?」
「はい。確実に怒ります」
たまに見かける魔術師団長はとても穏やかそうな女性に見える。怒る姿はあまり想像できないのだが……それでも話をしてくれると言うのなら、頼んでみるべきだろう。
私はシャンテに魔術師団長に話してもらえるように頼んだ。そしてこのことはライルには内緒だと口止めもする。
「何故です?」
「あの子、こういうことに興味あると思う?」
「思いま、……申し訳ありません」
「いいのよ。事実だもの。でもね、邪魔はすると思うの。アリシアがいるから」
そう言うと二人はああ、と何とも言えない表情を浮かべるのであった。




