252.王子と王女と悪役令嬢の密談 4-3
「まあ、理由なんてなんでもいいと思うんだ。ただ聖なる乙女はファティシア王国の人間だから、他国へ行くのに理由がいると言うだけで。だからルティアが理由かもわからない」
ロイ兄様は安心させるように私に向かって言う。現実は物語のように上手くはいかないよ、と。
「そうよね。たしかにそう。いくらトラット帝国が聖なる乙女を望んでいても、簡単に手に入れられるわけではないわ」
「トラット帝国内に入ったら、聖属性の力が使えなくなる可能性もありますしね」
「でも呪いに関しては……どうかな。聖属性は護りの力だ。治癒や浄化に特化したね。だから呪いを残せるとはどうしても思えない」
「それは……い……っじゃなくて、えっとシュルツ卿が実際の聖属性と、想像? の聖属性が混ざってるんじゃないかって」
そういうと、私はイザベラ嬢とシュルツ卿の見解を足して説明した。さすがにアリシアがいる前でイザベラ嬢の話はまだできないものね。ロイ兄様に視線を向ければ、兄様は小さく頷いた。どうやら私の対応は間違っていなかったようだ。
そして私が聞いた見解にアリシアが目を輝かせる。
「なんだか幽霊の正体を見たり! って感じですね」
「幽霊の正体?」
「前の世界でそんな諺があったんですよ。幽霊って怖いですよね。で、怖い怖いと思って、側に寄るのさえ恐れる。でも実際にその正体を知ったらそれは枯れた草木であった。という話です」
「恐怖が視界を歪ませてるってことかな?」
「そんな感じですね」
「偽物だと判断されたら殺される。その恐怖から、聖属性ではない。違う、とみんな思い込んでいる。実際はそうであったとしても……ということか」
「それが呪いの正体かもしれないですね」
シュルツ卿は聖なる乙女の偽物―――― 実際には偽物じゃなかったかもしれないけど、そう判定された人たちは処刑されたと言っていた。皇帝が求めた力じゃないから。
そうなると私やヒロインも処刑の対象になりそうだ。だってトラット帝国の皇帝が追い求めている力なんて、この世界の誰も持っていないのだから。
「……思うんだけど、トラットの皇帝は代々聖なる乙女の力を誤認したまま追い求めているのよね? ヒロインがトラット帝国に行ったとしても、偽物扱いにならないかしら?」
「その辺も絡めた話になるんじゃないかな? そして皇帝は、皇太子に追い落とされる……とかね」
「物語上の一番の悪、ってイメージですものね。皇帝陛下は」
「そうね。表向きは穏健派と言われているけど、実際にはラステア国に工作をしかけていたわけだし。ファティシアに対しても、圧力をかけてたものね」
とはいえゲームと現実は違う。ラステア国にいたレイランの術者アイゼンは、もうこの世界には存在しない。彼が本来するはずだった行動は起こせないことになる。
ファティシア国内に関してもそうだ。病を流行らせるには、今のファティシアは豊かになっているので難しい。病気って栄養不足とか、そう言うのも関係あるし。あとポーションもあるしね。
アリシアのおかげで色々と対策ができて、それが確実に成果を出している。
そうなるとトラット帝国にとって、ファティシア王国は喉から手が出るほど欲しくても実際に手を出すのは難しいとなるわけで……?
「……もしかして、今の状態はトラット帝国にとって歓迎されない状態?」
「それはそうだね。そうなるようにしてきたわけだし」
「それなら多少は安心して良いのかしら?」
「どうかな。それこそ先はわからない。ただ、レナルド殿下がやろうとしていることは皇帝の意には反したことだろうね」
「ファティシア王国としては、レナルド殿下を支持する形になるんですか?」
そうアリシアが私たちに問いかけてくる。しかしその問題に関して、私もロイ兄様も決定権を持っていない。持っているのは国王であるお父様だけ、だ。
ただフィルタード侯爵やその派閥の貴族たち。彼らがどう動くかにもよる。慎重に駒を進めないと、彼らによって覆されてしまうから。議会制というのも良し悪しがあるのだ。
「個人的な見解を言えば、レナルド殿下に頑張ってもらいたい……かな」
「今のままなら私が嫁ぐこともないしね」
「そこ大事ですよね!」
「そう。とーっても大事よ。でも私もレナルド殿下には頑張ってもらいたいわ。そうすれば、飢える人たちが減るもの。戦争で、残される人たちも」
「そうですね。そこが一番大事ですよね。戦争が起きたら、うちの領が真っ先に狙われるわけですし……」
ファーマン侯爵領は、職人が多い。なぜならアリシアの発案で侯爵が色々な職人たちに話を持っていくから。新しくできた物が古い物と競合したり、妨げたりして職人が困らないようにしていたら他領からも移住者が増えたそうだ。
だが国境に面している分、トラット帝国と戦争になったら真っ先に防衛を布く場所でもある。アリシアの心配ももっともな話だ。
「ひとまず、アリシア嬢的には聖なる乙女一行の話を聞いても思いだすことはない、で大丈夫かな?」
「あ、大丈夫です。今回は本当に何もわからないので大丈夫です!」
「それならいいけどね。君はたまに、あっ、といって思いだすから」
「それはその……そこまで記憶力良いわけではないので」
「それが普通だと思うわ。ロイ兄様は記憶力が良いからわからないだろうけど……」
「そうかな?」
「そうよ」
ぷくっと頬を膨らませれば、それを見ていたロビンが私の頬を突っついてきた。
いつもの和やかなお茶会が戻ってくる。ただ私には、一つだけ気がかりなことがあった。
***
ひとまず、トラット帝国での聖なる乙女の扱いがファティシア王国とは異なること。
聖なる乙女の力自体が歪められて伝わっていること。
そして呪い、は―――― 実際にはないのではないか? という話で落ち着いた。
時間が来てアリシアが帰り、ロイ兄様の部屋には私だけが残っている。
テーブルの上には、お茶とチェス盤。思考を整理するために兄様が用意した物だ。先行を譲ってもらい、私はチェスの駒を動かす。
「……ねぇ、ロイ兄様。トラット帝国での聖なる乙女一行の話。もしかしてもう知っていた?」
「良く気がついたね」
「イザベラ嬢の名前が出せないから、シュルツ卿から聞いた話……と言う体で話していたときに気がついたの。もしかして聞いてたのかなって。そうじゃなきゃ三部作の話なんて出てこないでしょう?」
「うん。おかげで三部作があったんじゃないかなって、思いついたんだけどね」
「三つの国を巡る物語ってことかしら?」
「三つの国、かな……」
「え?」
「僕らは唯一名前しか知らない国を知っている」
カツン、と駒が動く。
ロイ兄様に言われて、私はレイラン王国を思いだした。たしかに名前だけは出てくる。レイラン王国から追放された術者がいる、と。レイラン王国は謎の多い国だ。他国との交流を閉ざしている。昔はレイドール領と交流があったみたいだけど……今は、誰も知らない。
「……もしかして、聖なる乙女一行はレイラン王国から来た、とか?」
「僕も、その可能性を考えている。ラステア国だと、属性の認識が薄いからね。呪いのことを考えると、聖なる乙女一行の出身地として適してる」
「あ、それ……カティア将軍から聞いた覚えがあるわ。良い術があれば悪い術もあるって」
「古の魔法が現存しているのは、ルティアにかけられた呪いの話を聞く限りレイラン王国ぐらいだろうから……」
「そしたら聖属性だってレイラン王国にいるんじゃない?」
聖属性は呪いへの対抗策になる。もちろん完璧な対策ではないが。
ただそうなると、彼らだって聖属性が呪いへの対策になると知っていてもおかしくはない。でもアイゼンの態度はどこか違った。珍しいものを見るような? そんな感じだった。聖属性に詳しい、という印象はない。
「レイラン王国が聖属性をどう扱っているのか、にもよるね。レイランの術者にとってもあまり身近ではないとか……向こうの状態がわかればいいのだけどね」
「そうね。わからないことは全部想像でしかないもの」
「聖なる乙女が……どうして国を出て、旅をしていたのか。その理由がわかればね」
「理由がわかるとどうなるの?」
「もしもレイラン王国から出たのだとすれば、聖属性という希少性を考えると……自ずとわかるだろ?」
「?」
「つまり、レイラン王国は聖属性を失いたくないから他国との交流を絶っている。とかね」
ロイ兄様の言葉に私は首を傾げる。そんな私に「希少な者を他国に取られたくないだろ?」と兄様は教えてくれた。
たしかに聖なる乙女一行は、そのせいで殺されてしまったようなものだ。同じことを繰り返さないように、レイラン王国は国を閉ざしてしまったのだろうか?
「でも聖属性って遺伝しないわよね?」
「そうだね。でも出て行かれたら困るだろ?」
「それはそうだけど……」
「他の国の情報が入らなければ、外に出ようって発想にはならないだろうからね」
狭い情報のみで生きていくと、世界はそこだけになる。チェスの駒を動かしながら、ロイ兄様はそう呟いた。
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1000年前のトラット王国で命を散らした聖なる乙女一行の物語です。
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