25.王女、攻略対象と遭遇する
私はしゃがみ込んだまま薬草畑の前で途方に暮れる。
普通はこんなに早く芽吹かないものなのに、現在進行形でポコポコと蒔いたタネが芽吹いているのだ。
「どうしましょう……」
「私も、こんな現象は初めてですからどうしたら良いか……」
この中で一番頼りになるはずのベルも初めての事に驚いている。一体何が原因でこんな事になっているのだろうか?
土と水の魔術式しか使っていないが、無意識のうちに聖属性の力が作用してしまったのかもしれないと私は内心でとても焦っていた。
お父様に聖属性が使えることは内緒にしてなさいと言われてたのに、これではバレてしまう。それに何かあった時の為にも秘密と言うのは知る人が少ない方がいいのだ。
「ねえ、ベル。この薬草は普通に育つと思う?」
「どう、でしょう……?これだけ成長速度が速いと、明日にはもっと大きくなってそうな気がしますね」
「それってあまり良いことではないのよね?」
「ええ、本来採れない時期に薬草ができてしまいますから」
「この畑の量ならマジックボックスに入れて保管しておくこともできるのでは?マジックボックスなら私も持ってますし」
「そうですね。その方が良いかもしれません。それに、その……収穫できた薬草が他の薬草と同じとは限りませんし」
ベルの言葉に私は首を傾げた。同じとは限らない、とは何故だろう?
「成長が早いので、元の薬草と違いがあるかもしれないです。それを調べてからでないと卸すのは問題があるかもしれません」
「あ、そうなのね……」
「じゃあ調べてもらえる人も探さないとですね」
目の前でポコポコ芽吹く薬草達。心なしか苗木の方も葉っぱが増えてきたように見える。
「ルティア様」
呆然としていた私にユリアナが声をかけてきた。どうしたのかと後ろを振り向くと、見知らぬ男の子が二人立っている。
「誰、かしら?」
「あ、マジか……」
「え?」
私にしか聞こえないくらいの音量でアリシアがボソリと呟く。彼女を見ると若干青ざめた表情をしていた。
「アリシア?」
どうしたの?と声をかけようとすると、彼女はしゃがんでいる私のすぐ側にしゃがみ込み、そっと耳打ちしてくる。
「攻略対象です!」
「攻略対象?」
「騎士団長と、魔術師団長の御子息ですよ!」
アリシアは涙目になり、どうしましょう!とかなり動揺していた。私は彼女にそっと耳打ちする。
「なら、味方にしてしまいましょう?」
「え?」
「だってまだ未来は決まっていない、でしょう?」
お父様は生きているし、薬草は現在進行形で作っているのだ。なら未来はアリシアの言葉通りに進んでいない。それなら彼らをこちら側に引き込んでしまえば、もっと未来は変わるかもしれないと。
私は立ち上がると、ユリアナに彼らが何の用できたのか聞いてみる。
「ええと、魔力過多の土地は珍しいから見せて欲しいと」
「魔力過多?」
「はい。騎士団長様の御子息がそう仰ってます」
ユリアナの言葉に私はもしかしたら、現状を打開できるかもしれないと彼らが畑の中に入ることを許可した。
すると短くカットされた銀髪に黒目の男の子が私の元に一直線でやってくる。それを追うように、もう一人の男の子も駆けてきた。
「あの!この魔力過多の土地って誰の土地ですか!?」
私の両手を取ってそう尋ねてくる。いきなりのことに驚いていると、追いかけて来た明るい茶髪に緑目の男の子がバシ!と彼の頭を叩く。
「落ち着け!リーン!!」
「シャンテ!だってこんなに凄いんだぞ!!」
「だから落ち着けって言ってるだろ!!彼女の眼をよく見ろ!!」
「へ?」
そう言うとリーンと呼ばれた男の子が私の顔を覗き込む。
「蒼い……」
「そうだな」
「シャンテ、もしかして……」
「もしかしなくてもそうだ」
シャンテと呼ばれた男の子は私に最上級の礼をする。そしてリーンと呼ばれた男の子も慌てて私の手を離し、同じように礼をとった。
「大変失礼致しました。姫殿下」
「失礼致しました!」
「いいえ、こんな格好ですもの。分からなくて当然だわ」
楽にして頂戴、と言うと二人はようやく顔を上げる。
銀髪に黒目、ヒュース騎士団長によく似た面差し。彼がヒュース騎士団長の御子息だろう。そしてもう一人の子が魔術師団長の御子息。
アリシアを断罪する場にいて、ライルと一緒になってヒロインにのぼせあがる男の子。しかし、ライルは全くと言って良いほどマナーがなってないが二人はその辺がキチンとできているように思える。
今の段階ならこちらに引き込む事も可能なはず。
できることなら一人の女の子にかまけてないで国の為に頑張って欲しいと思うのは、ワガママではないと思いたい。
「銀髪の……貴方がヒュース騎士団長の御子息かしら?」
「は、はい!父をご存知ですか?」
「バカ、先に名前を名乗れ!」
「あっ……申し訳ありません!リーン・ヒュースと申します!」
「私はシャンテ・ロックウェルです」
二人はそう言ってもう一度頭を下げる。私は彼らに自分の名前を伝え、そしてアリシアとベルを紹介した。
「私はルティア・レイル・ファティシアです。彼女は私の友人のアリシア・ファーマン侯爵令嬢、そして彼は花師でここの管理人のベルよ」
「アリシア・ファーマン侯爵令嬢……」
「あら、彼女を知っていて?」
アリシアの名前に魔術師団長の息子であるシャンテが反応する。まだ社交界デビューをしていない令嬢の名前を知ることはあまりない。珍しいな、と思っているとライルの名前が出てきた。
「その、ライル殿下よりお名前を伺ってます」
「あら嫌だ。あの子ったら、どうせあることないこと言っているのでしょう?本人に一度も会ったことないのに」
「え?」
「アリシアは私の友人です。貴方達は、一度も本人に会ったことのないライルの言葉と、今目の前にいるアリシアとどちらを信じるのかしら?」
「その……」
本当は一度だけ会っているけれど、アレを会っている、とするのは微妙だし……私の友人であることを強調しつつ、アリシアがライルに会ったことはないと伝える。
どうしてまだ会っていないのかと言うと、ライル本人が会いたくないと駄々をこねたので日程の調整がつかないでいた。
リュージュ妃としてはすぐにでも会わせたい所だが、本人が拒絶しているのではそうもいかなかったのだろう。
「人伝に聞いた話よりも、自分の目で見た方がずっとわかると思うけど……貴方達は違うのかしら?」
「お、俺……じゃなかった、私も!そう思います!!」
「リーン……」
「だってそうだろ?」
「それは……そうだけど……」
私の後ろに隠れて様子を窺っているアリシアはきっと彼らがライルから聞いているアリシアとは全く違うのだろう。二人が困惑しているのがよくわかる。
それに聞いたところによると、ライルはアリシアのことを高飛車な令嬢だと吹聴しているらしい。
会って話もしてないのに、想像だけで勝手に決めつけているのだから困ったものだ。
ライルがアリシアを嫌う『原因』
それは————自分よりも優秀だからだ。
一つしか歳が変わらないのに、マナーも勉強もしっかりできて唯一問題点があるとすれば体が弱いことぐらい。
実際に体が弱いわけではないが、それを理由にお茶会に出るのを断っているので彼女を知る人は少ないだろう。だからそんな想像で話をしても誰も違うと否定できない。
そしてこの間、お父様を助けた魔術式を開発したのはファーマン侯爵ではあるが、その開発のヒントを与えたのはアリシアだ。
リュージュ妃がライルの前で褒めたに違いない。小さいのに優秀な子だと。
ライルはリュージュ妃に似てプライドだけは高い。どこからその自信が出てくるのか不思議なくらいに。
でも自分が他の子達に比べて劣っているのは何となくわかっているのだろう。だからこそ、アリシアが気に入らないのだ。
女の子に負けたと認めたくないのなら自分で努力すれば良いのに、それができないのだから不思議で仕方ない。
困り顔の二人に私は笑いかける。
どちらを信じるのか、と。二人はバツの悪そうな表情をして見せた。きっとそれが答えだろう。
私はこれ以上何かを言うのは可哀想だと思い、わざと話題を変える。
「ところで、これからお茶にするつもりなの。お二人もご一緒にいかが?」
「え?でも……」
「実は少し困っていることがあって……先程言っていた魔力過多の土地ってどう言うことなのか教えてもらえないかしら?」
私の言葉にリーンが反応する。そしてシャンテの服を引っ張り、瞳をキラキラと輝かせ始めた。
シャンテは多分、アリシアと話をするのはライルの手前どうなのかと悩んでいるのだろう。
しかし、最終的にリーンのどうしても話したい!と言う姿に根負けして私達とお茶をすることになった。




