24.王女、薬草の芽吹きに驚く
アリシアと一緒に作った土は管理人のベルから太鼓判をもらえた。
次は苗木や、種を蒔くことになり畝を作ると言う。
「うね?」
「こう、高い所と低い所を作るんですよ」
「どうして?」
素朴な疑問にアリシアはその方が作業しやすいのだと教えてくれた。深さは30cm、畝の高さは20cm、畝の幅は肩幅ぐらいで調節するらしい。
最初に畑の幅と畝の数を計算して、ベルがこのぐらい、と畑に作れる畝を教えてくれる。
それを私とアリシアで土魔法を使って畝を作るのだ。
「姫殿下、そーっと魔力を注いで見てください。先ほどと同じようにやると多分、使いすぎです」
「使いすぎたらダメなの?」
「育ち方が変わってしまいますからね。姫殿下は畑を広げたいんですよね?」
ベルの言葉に頷くと、なら尚更、使いすぎてはいけないと言われた。場所によって生育が変わると、収穫時期がズレるそうだ。
「収穫時期がズレるとどうなるのかしら?」
「うーん……旬がズレるってことですよね?」
「その通りです。早く大量に収穫できてしまうと、その後収穫されたものの市場価値が下がってしまいます」
「市場価値が下がる……?」
「お金の単位は習いましたか?」
ベルの言葉に私は首を振った。視察に行った時は一緒にいた侍女達がお金を払ってくれたので私自身は払っていない。
お金自体を見ることも少ないので、多分……私は街に出て買い物をすることもできないだろう。
ベルはポケットの中から袋を取り出すと、中から丸いコインを取り出して見せてくれた。
「こちらが銅貨と大銀貨と小銀貨。その上に金貨と白金硬貨があります。銅貨10枚で小銀貨1枚と同じ価値があり、小銀貨10枚で大銀貨1枚と同じ価値があります」
「じゃあ、大銀貨10枚で金貨1枚?」
「その通りです。白金硬貨はそれだけで特別なので、こちらは金貨100枚と同じになります。一般的な庶民が見るのは最大で金貨までですね。ちなみに私も白金硬貨は見たことありません」
「私もないわね。金貨までだわ」
「アリシアも見たことないの?」
「白金硬貨は市場に出回る数が決められてますからねえ……余程の大豪商か、もしくは陛下ならご覧になられたことがあるのでは?」
つまりは物凄く価値がある、と言うことだろう。私は見せてもらっている銅貨と小銀貨、大銀貨を手に取り眺める。この丸いコインで色々な物が買えると言うのは何だか不思議な感じだ。
「銅貨2枚でパン1個ですね。庶民の平均的な賃金ですと……1ヶ月で大体金貨5枚から6枚くらいでしょうか?稼ぐ人はもっと稼ぎますけど」
「それでみんなちゃんと生活ができているの?」
「ええ、夫婦共働きも多いですし、独身でもそれだけあればたまのご褒美にちょっと良い食事処で食べられますよ」
「そうなのね……私、ランドール先生に色々教えてもらっているけど、城下で暮らしている人達の生活って全く知らないわ」
なんとなく自分が情けなくなってくる。薬草畑を作って、貧民街の人達の仕事になれば良いなとぼんやりと考えていたけど、私は彼らに月々それだけのお給料を渡すだけの資産がない。
現物支給するだけの物も持っていないし、どうしたらお給料を渡せるだけの資産が増やせるだろうか?
「ルティア様、ルティア様はまだ8歳ですよ?そんなにたくさんのことをいっぺんになんてできませんよ」
アリシアの言葉に私は顔をあげる。
「私は……色々あって領地の街を歩く機会もありますけど、ルティア様は今まで王城から出たこともなかったのでしょう?」
「そうね。出たのはこの間の視察が初めてだわ」
「ならこれからもっと知る機会はたくさんありますよ」
「そうですね。姫殿下に庶民の暮らし方に興味を持っていただけるのは良いことだと私も思います」
「そうなの……?」
「知っているのと、知らないのとでは見方が変わるでしょう?」
ベルの言葉に首を傾げると、王族は周りの国から国を護る、その為に国の人々から税金を集めていると教えてくれた。もちろん私もそれは知っている。私達が着飾ったり、美味しいものを食べられるのは税金で買えるからだ。
「例えば、税金を取りすぎる。そうするとどうなります?」
「みんなの生活が立ち行かなくなるわ」
「当たりです。では税金を取らないでいるとどうなります?」
「みんなの生活が……豊かになるのではないかしら?」
「そうですね。でも、逆に国を護る騎士達に支払うお金は無くなってしまいます。彼らの給金もまた税金ですからね。その時に他の国に攻められたらどうします?」
「どう、って……もしかして、護ってもらえない?」
そう答えるとベルはよくできました、と頷いた。
実際にそんなことが起きたとして、完全に護ってもらえなくなるとは限らないけれど、それでも褒賞を出さないようでは士気に関わるのだそうだ。
「取りすぎても、取らなさすぎてもダメなの?」
「ええ、ほどほどのバランスが良いんです。でもそれはお城の中に居ただけじゃわからないですよね?」
「ええ、だから諸侯から報告を聞いたり視察に出るんだわ」
「その通りです。でもその時に本当に適正かどうか知るのはどうすれば良いと思いますか?」
私とアリシアは顔を見合わせる。何か、わかりやすい方法でもあるのだろうか?
「街で色々な物を買ってみることです」
「物を買うの?」
「あ、そうか物価だ……」
「アリシア様、正解です。物価が上がると言うことは、商品がないと言うことです。潤沢にないと言うことはどこかで取られているか、もしくは生産されていないと言うことです。ちなみに物価が下がれば商品は多く市場に出回っている」
「えっと、普段から金額がわかっていると、急に上がったり下がったりがわかると言うこと?」
「ええ、なのでそれがなるべく無いことが望ましい」
価格が上下すると言うことは安定して供給がなされていないことだと教えてくれた。そして価格が上がっている時に税金を上げれば、消費は落ち込み買う人が減る。
逆に価格が下がっている時に更に税金を下げると、市場に商品が出回り過ぎて稼ぎにならず売り手は困ってしまう。
どちらもほどほどが良いのだとベルは言った。
「でもほどほどって難しいわ」
「そうですね。なので、姫殿下が今から色々と知ろうとすることは大事なことなのですよ」
「そうね。知ることのできる環境にいるのだもの……知ろうとしないことはダメなことだわ」
「できることからコツコツと、ですね!」
「ええ、その通りです。植物だって手をかけ過ぎると枯れてしまうこともあるでしょう?その逆もです。ほどほどに手をかけてあげるのが一番育ったりするんですよ」
二人の言葉に頷くと、私はお金をベルに返して畝を作るべく魔術式を発動させる。今度はさっきとは違って、本当に少しずつ。周りを確認しながら魔力を注ぐとポコポコっと畝ができてきた。
「良い感じですよ!姫殿下」
「このぐらいで大丈夫?もう少し減らした方が良いのかしら?」
「今ぐらいをもう少しながーく、そしてひろーくできますか?」
「が、頑張ってみるわ!」
ベルに指導されながら少しずつ場所を広げて伸ばしていく。それに合わせるかのように畑の中にポコポコ、ポコポコと畝ができる。
「姫殿下、アリシア様、もう大丈夫ですよ」
ゆっくりと地面から手を離す。
見渡す限りの畑にはたくさんの畝。今度は手作業でタネを植えていかなければならない。
ベルに指導してもらって、私とアリシアは畝にタネを蒔いていく。広いから三人でやるにはかなり時間がかかるけど……でも結構楽しいものだ。
全部の畝にタネと苗木を植えると、私とアリシアは今度は水の魔術式を発動させて一気に水を撒く。
「これで、どのぐらいで芽が出るの?」
「通常ですと……早いものは3〜4日、遅いものでも10日以内には出ますよ。ただ全部のタネが発芽するわけではありません。全体の80%ぐらいですね」
「そうなのね……タネから育てるの初めてだからワクワクするわ」
「芽が出てからは、間引き作業もありますよ」
「間引き?」
「一番育ちそうなのを残すんです。栄養をそれに集中させる為に」
「間引いたのはどうするの?」
せっかく出た芽だけど、廃棄してしまうと言われた。
「何だかもったいない感じがしますね」
「そうですね。ですが間引かないと、せっかく育つものが育たなくなりますから」
仕方ないのだ、と言われ私は植えたばかりの畝を見る。どうせならみんな元気に育って欲しい。間引かなくても済むぐらいに丈夫に。
そう願うと、目の前でポコッと双葉が開いた。
「え?」
「どうしました?」
「あ、あの……芽が……」
「芽?」
アリシアとベルが私が見ていた畝を見る。すると、ポコポコポコッと一気に双葉が出てきたのだ。
「薬草って……こんなに早く芽が出るの?」
私の問いかけにアリシアとベルは揃って首を振るのだった。
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