216.彼女の残したもの
――――命をもって償った者に、それ以上の罪を問うことはしない。
それがランカナ女王陛下の決定だった。
ただし、子供に対する監督不行き届き。そして邸内に古の術を扱う、あやしげな者を引き入れた罪は重いとしてレイティア侯爵家の取り潰しが決まった。
その術者が他家の子女に「おまじない」を広げたことも決定打となっている。
サティ嬢がサリュー様を呪うために、アイゼンを連れて歩いていたようなのだ。サリュー様に何かあれば喜ぶ者は多い。
その思惑と、サリュー様を取り戻したいサティ嬢の思惑と一致したのだろう。
一度顔合わせをすませれば、あとはこっそりと手紙のやりとりをしてアイゼンを送り込めばいい。
「陛下……!女王陛下!!我々は被害者です。騙されていたのです!!」
「騙されていたというが、侯爵ともあろう者が身辺調査もしなかったのかえ?」
「それは、その……ギルドからの紹介でしたし……」
「それと、侯爵家の取り潰しはそれだけが理由ではない。主立った理由とはしたがな」
ランカナ様の言葉に、レイティア侯爵は視線をさまよわせる。
レイティア侯爵がしていたことは、アイゼンの問題だけではなかった。
外祖父として今後、権力の中枢に影響を及ぼせると思ったのか税金や賄賂など……内容としては小悪党の域を出ないが、それでもよろしくないことをしていたようだ。
後妻のレイティア夫人も、ずいぶんと散財していたらしい。
それらの詳細は亡くなったサティ嬢の部屋、クローゼットの奥に二重帳簿と共にひっそりと隠されていたそうだ。
彼女は決して愚かな娘ではない。聡い女の子だったのだ。
自分が何をしているかも、それによって何が起こるかもきちんと理解していた。
二重帳簿のはいっていた箱の中。そこにはサティ嬢がサリュー様から奪ったものがつまっていた。そして彼女のつけていた日記も。
そこにはたくさんのことが記されていた。
アイゼンのことも、両親のことも、夢見るような内容も。でも最終的に行き着く先は、サリュー様の身を案じることだった。
自分が呪いをかけたことで、きっとサリュー様は苦しんでいる。
だから早く助けを求めにきてほしい。自分を後宮に呼んで、話を聞いてほしい。そうすれば、きっと全てが上手くいく。
そんな内容だったそうだ。
「のう、レイティア侯爵よ。妾はそなた自慢の娘がレイティアの血を引いていないことを知っている」
「そ、れは……しかし!他家の娘を養子にすることは良くある話!!」
「そうよな。それは良くある話よ。しかしそなたは自らの血を引いていないからと、愚かであることを強要した」
「あ、あの子は体が弱い子でしたから……」
しどろもどろになりながら、レイティア侯爵はこたえる。しかしそんな侯爵をランカナ様は鼻で笑う。
「ずいぶん聡い子であったようだな。たいした教育も受けていないのに、頭の回転も速い。これなら優秀な官吏になれたろうに」
「そんな馬鹿な。アレは……下賤の血を引いているのですよ?」
「そう演じねば、家に居場所がなかったのであろう。可哀想にのう。母親は自らの欲を優先し、娘を庇うこともせん。しかしそなたらの悪事を事詳細に書き記してあったぞ?」
そういってランカナ様はレイティア侯爵の前に、二重帳簿をかかげてみせる。
侯爵の顔色がサッと変わり、ガクリと項垂れた。
勝敗の決した瞬間だろう。サティ嬢は自分が何をすればサリュー様の役に立てるのか、きちんと考えられる子だったのだ。
その後レイティア元侯爵はサリュー様に減刑の嘆願を何度も申し入れた。
王都から追放されるその日まで、何度も何度も王宮まで足を運んだ。だが一度として王宮の門が開き、サリュー様に面会することは叶わなかった。
そしてそれがサリュー様のしたかったこと。レイティア侯爵家の力を削ぐ。
自らの後ろ盾など関係ない。自分という駒を使い、私腹を肥やす家など必要ないのだ。
身ひとつで王都を追放されれば、貴族として傲慢に生きてきた侯爵夫妻に生きていく術はない。収監されないだけで、実質死刑と変わらないのだから。
たとえどんなに心が傷ついたとしても。
それが王家の、ひいては国のためになるとわかっているから。
対応は違えど、両親に愛されなかった姉妹。
二人の間には、確かに絆があった。とても歪で、悲しい絆が。
でもきっと本当は……姉妹で手を取り合って過ごす未来を、思い描いていたのかもしれない。
***
「死は、救いなのでしょうか?」
アリシアの言葉に、私はわからないとこたえた。
助けないで、このまま死なせて、そういったサリュー様の言葉を考える。それが矜持なのだと、その言葉を聞いて嬉しそうに微笑んだサティ嬢。
彼女は本当に幸せだったのだろうか?
もっと違う道があったんじゃないかな?そんな風に考えてしまう。
サリュー様だって、死んでほしいわけではなかったはず。憎んでなんていない。哀れみは愛情の裏返しなのだろうし。
「人の死は、やりきれないわ。もっとなにかやれたことがあるんじゃないかって思ってしまうもの」
「そうですね……でも、その……こういっては何ですが、サリュー様が悪役となる未来はこれで完全に消え失せたとは思います」
「えっと……続きの話?」
「はい。でも代わりに妹さんが亡くなってるので、齟齬が生まれた気もするんですが」
誰かが助かるために、誰かが死ぬ。それでは本末転倒だ。
これはなにか未来に対する暗示なのだろうか?
私はテーブルに置かれたティーカップを両手で包む。
冷たかった指先に熱が戻り、少しだけホッとした。
テーブルには、私とアリシア。そしてシャンテとカーバニル先生がいる。
一人だと碌な事考えないでしょ?とサティ嬢が亡くなってからは、毎日のように私の部屋に集まっているのだ。
「……齟齬は、ないのかもしれないわ」
カーバニル先生がぽつりと呟く。
私とアリシアは顔を見合わせ首をかしげた。
「齟齬がない、とは?」
「えーっとなんだっけ、たしか……五年後の時点でウィズ殿下とサリュー妃は婚約者のままなのよね?」
「はい。悪役令嬢として出てきますから。そして妹さんはヒロインを助ける役で出てくるんです。とはいえ、そのゲームをやっていないので最終的にどうなるかはわかりませんが」
「悪役として出てくるなら、サリュー妃は命が危ない……のよね?」
「通常はそうですね。私もそうですし」
コンコンとカーバニル先生がテーブルを爪で叩く。そしてユリアナになにか書くものをと、指示をした。
「えーっと悪役がいるでしょ?で、悪役の最後は死である。ではその悪役を悪役たらしめる存在が必要よね?」
「そうね。アリシアが悪役になる原因はヒロインをいじめたことだったし」
「サリュー妃は、婚約者の時点でウィズ殿下の仕事を手伝っていた。呪いの影響が広範囲に及んでいれば、五年前よりもすごく多くなる。サティ嬢はサリュー妃を取り返したかった、と」
カーバニル先生は紙に縦線を書き入れ、五年前、現在、五年後と書いていく。
サティ嬢の言葉の通りなら、ウィズ殿下を呪うよう依頼したのはサティ嬢自身。そうすればサリュー様との婚約が解消されるのではないか?と考えたから。
しかし呪いは解かれた。私が解いたから。
そして二人の間のわだかまりはなくなり、二人は結ばれた。サティ嬢の思惑から外れたのはここからだろう。と、カーバニル先生はいう。
「十年、取り戻したかった姉が王宮に詰めている。しかも自分のせいで。状況的に今と近いかしらね」
「そうね。なかなか会えない、というところは同じよね」
「サティ嬢の心情が十年の間にどう変わったかわからないけど、殺したいほど憎い相手になってもおかしくはないのよ」
「だからサリュー様を悪役に仕立てたの?」
私の問いに、カーバニル先生は頭を振る。
「違うわ。殺したいほど憎い相手はウィズ殿下の方よ」
「え……?」
「普通、王太子の体調が十年も悪いままなら婚約解消されるでしょう?結婚適齢期ってあるんだから。それなのにしていない。ならしない理由がある、と考えるのが普通よ」
「もしかして……サティ嬢は、サリュー様が番なんじゃないかって気がついたってこと?」
「推測でしかないけどね。だから悪役に仕立てて、殺した。ウィズ殿下は本能的には、サリュー妃のことを番だと感じ取ってたわけでしょ?番を殺した。しかも自分が、殺させたとなったら?」
「……えっと、死んじゃうぐらいショックを受ける?」
「実際にそうなるかは別として、廃人になるかもしれないわね」
でもそのために姉であるサリュー様を殺すだろうか?
大事な、お姉様じゃないのかなあ??
「サティ嬢の感覚は、今の時点でもまともとは言いがたいですから……五年でこれなら十年後はサリュー妃を憎んでてもおかしくないのでは?」
シャンテの言葉にカーバニル先生も頷く。
「だから、本当の悪役はサティ嬢だったのかもね。それなら悪役が死を迎えることは、正しいこと……になるんじゃない?」
だから齟齬はない。話としては納得できるけど、これはゲームでも小説のような物語でもない。
一人の少女が命を落とした。それが現実だ。
両親から人形や愛玩動物のように扱われ、徐々に精神に負担がかかったのかもしれない。唯一愛してくれていたサリュー様も、実際には血の繋がった家族ではなかったわけだし。
サティ嬢は追い詰められていたともとれる。
亡くなった今では、想像するしかできないが。
彼女は愛情を求めたのだ。ただただ純粋に。
それが間違った愛情だと、誰も教えてくれなかったけど……
私はチラリと窓の外に視線を向ける。
空の上は、彼女にとって過ごしやすい場所であればいい。
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