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215/218

215.彼女は美しく微笑んだ 2

 両親のなかで、私は愛玩動物と変わらないのです。


 そう話すサティ嬢はどこか楽しそうだった。それは諦めからくる感情なのか、それともレイティア侯爵夫妻を嘲笑っているのか、どちらなのだろう?


 残酷な内容が淡々と語られる。

 愚かな娘でいてほしい。そう願ったレイティア侯爵夫妻からすれば、サティ嬢は思惑から外れているのだろう。


 夢の中で見たサティ嬢から受ける印象と、今目の前にいるサティ嬢から受ける印象。

 まるでもう一人同じ人間がいるのではなかろうか?そう思わせるほどに、別人に見える。


 愚かではない。実際にはとても聡い少女なのだ。

 ただ彼女に見合う教育をレイティア侯爵夫妻は与えなかった。


「いずれ……父は姉に子供を渡すように言いつけるでしょう」

「それは、サリュー妃の子供に家を継がせるため?」

「そのほうが箔がつくでしょう?」

「確かにね。家格も侯爵から、公爵へとあがる」

「お姉様は……お父様たちから求められたらきっと断れないわ。だってずっと愛されたがっていたもの」

「両親から愛されるために、子供を渡す?」


 コンラッド様の言葉にサティ嬢は頷く。でも私はそうは思わない。たとえ父親から子供を養子に差し出すように求められても、サリュー様は渡さないはずだ。


 今のサリュー様にはウィズ殿下がいる。

 いつも心の奥で感じていた不安は、自身が番であるということで払拭されるかもしれない。


 もっとも番であったから選ばれた、という新たな悩みを抱えるかもしれないが。

 矛盾しているだろうけど、自分がなぜ選ばれたのかわからない。自分以上に似合いの人はいる。番が現れたら自分なんて……と常に後ろ向きなサリュー様に、番で良かった!という感覚はないのだ。


 選ばれた理由が番であるだけなら……とまた悩むに違いない。

 これはもう、ウィズ殿下が言葉や行動で伝えていくしかないだろう。自信のなさは、家族から愛されなかった背景があるのだから。


 深い愛情を知れば、きっと考えも変わる。

 でも……サティ嬢の考えはきっと変わらないのだろうな。彼女もまた、愛情に飢えている。そしてサリュー様に求めているのだ。その愛情を。


 だからこそ、サリュー様のものをほしがる。

 ウィズ殿下を好きになったのも、二人の間の子供なら愛せるといったのもそれが原因だろう。


 きっとそれにコンラッド様も気がついている。


「サティ嬢。俺はね、サリュー妃がそこまで心の弱い人でないと知っている」

「王弟殿下の目にはそう映るというだけですわ」

「そんなことはないよ。君よりも、よほどサリュー妃を見ている」

「私は……お姉様の妹ですよ?」

「でも君は結婚してからのサリュー妃を知らない」

「それは……お姉様だって私に話したいと思っていたはずです」

「どうして?」

「だって私は、妹だもの」

「血も繋がっていないのに?」


 血の繋がりがない。その言葉にサティ嬢が眉をひそめる。

 今まで淡々と話をし、人形のような表情だった彼女の……初めての反応。


「お姉様は……ご存じないわ」

「つまり君は……サリュー妃を謀ってきたわけだ?」

「違う!そんな、そんなつもりはないわ……私はいつだってお姉様が大切で、大好きだもの」

「君が好きでも、サリュー妃はどうかな?いつも自分のものを奪っていった君を好きだと思うかい?」

「それは……それは、でも……」


 人形から、感情を得た人間にかわる。そんな印象を受けた。

 そして困惑は、徐々に混乱へ。


 サティ嬢はなにかブツブツと呟きはじめる。


 私のお姉様。

 そんなことない。

 お姉様だもの。


「違う。違うわ!お姉様は私を一番に考えてくれている!愛してくれている!!だからいつだって自分のものを譲ってくれたのよ!!」


 半狂乱になりながらサティ嬢は叫んだ。

 なにかが、おかしい。


「――――いいえ、わたくしは貴女を愛していたのではない。哀れんでいたのよ」


 静かな声が、部屋に響いた。

 声の方を向けば、外で待機していたカーバニル先生とオルヘスタル元魔術師長を従えたサリュー様がいる。


 驚いてカーバニル先生に視線を向けたが、先生はゆるく首を振るだけ。

 つまり先生にも理由がわからないのだろう。


 ここに来ることは、ウィズ殿下から止められていたはず。

 それに私たちが今、面会していることもウィズ殿下は知っている。だからここにサリュー様が来れるわけがないのだ。


 現実問題としているのだから、きっと向こうではなにかが起こったのだろうけど。

 ウィズ殿下が怒鳴り込んでこないことを祈るばかりだ。きっと怒られるのはコンラッド様や、オルヘスタル元魔術師長になりそうだし。


 そして突然現れたサリュー様に、サティ嬢は何度も目を瞬かせている。


「おねえ、さま……?」

「わたくしは、ずっと貴女を哀れんでいたのよサティ。だって貴女は……いえ、わたくしもね。父に、貴女は両親に愛されていなかったもの」

「だから……だからお姉様が私を愛してくれていたでしょう?」

「そうね。でも貴女が私のものを欲しがるのは、理由があると気がついたときに哀れみに変わったの」

「どうして、私を哀れむ必要があるの?」

「貴女はいつだってわたくしのものを欲しがった。でもそれだけ。本当に必要なものではないから、すぐに興味を失う」

「それは、仕方ないわ……私には意味のないものでも、お姉様には意味のあるものだったもの」

「だからよ」


 そういってサリュー様は目を伏せる。


 サリュー様が必要なもの。

 それはきっとサリュー様のために、きちんとあつらえたものだろう。


 たとえば本、たとえばアクセサリー、洋服、筆記具、そして人形……その全てがサリュー様に合わせたもの。


 年下のサティ嬢には不格好であったのではなかろうか?洋服やアクセサリーはサリュー様とサティ嬢では似合う色も違う。


 そして必要最低限の淑女教育しか受けていないのであれば、サリュー様が読むような本はきっと理解するのが難しかったに違いない。


 だからこそほしいとねだったあとは、そのまま放置される。でもサリュー様が持っているものは、自分を価値ある者だとするもの。


 それはとても歪な――――


「貴女は……サリュー様になりたかったの?」


 思わず口をついて出た言葉に、サティ嬢が椅子から立ち上がる。


「私がお姉様に……?なれるわけないでしょう??」

「だから欲しがったものをそのままにしたの?自分では扱えないから」

「違うわ!そのままにしたのは……そのままにしたのは……私には、私は……」


 頭をかきむしり、きれいに結われた髪は見る影もない。

 そしてその髪から一本の簪が床に落ちた。


 サティ嬢はふらりと体を動かすと、そのまましゃがみ込み簪を大事そうに拾う。


「その簪、持っていてくれたのね?」

「お姉様がくれたものだもの」

「そう」

「お姉様が……私に似合うって……!!」

「そうね……」


 ぎゅっと簪を握りしめ、サティ嬢は泣きそうな顔でサリュー様を見た。


「私……可哀想な子だった?」

「ええ」

「血の繋がりのない私は愛してもらえない?」

「いいえ。血が繋がってなくても、貴女はわたくしの大事な妹」

「本当に?」

「本当よ」


 お互いに確かめ合うように視線を合わせている。

 サティ嬢は歪な笑みを浮かべると、手を振りかぶった。


 四阿での出来事がよぎり、カティア将軍がサリュー様の前に出る。サティ嬢の手は、そのまま自分の胸元へとおりていった。


 手には簪。

 薄い皮膚を破り、――――鮮血が飛び散る。


 グラリと傾いだ体をカティア将軍が受け止めた。


「カーバニル先生!」

「待って、すぐにポーションを……!」

「いいえ。必要ありません」

「え……?」


 ハッキリとした拒絶。私はサリュー様の顔を見る。

 その表情からは、サリュー様の考えを読むことができない。私はコンラッド様に視線を向ける。この状況をどうにかできる唯一の人だからだ。


「サリュー妃……」

「いいえ。だめです」

「しかし……」

「この子の犯した罪は、わたくしを傷つけようとしただけではないのです」

「どういう意味です?」

「そうでしょう?サティ。貴女は自分が婚約者になれないと知って、ウィズ殿下に呪いをかけた。あのレイランの術者を使って」


 ウィズ殿下にかけられた呪い。それは五年前の話ではなかろうか?

 確か……呪物を持ち込んだ商人は、その後死んでいたはず。


「やっぱり……気がついてらしたのね?」

「わたくしが好むもの。それをよく知っているのは貴女だけだもの」

「ご自分が対象だとは……思わなかったのですか?」

「最初はそう思っていたわ。でも選んだのはわたくしではない。殿下だった。だから殿下から、わたくしを返してもらおうとしたのね」


 そうか。前提条件が逆なのだ。

 サリュー様は確かにウィズ殿下が好きだけど、サリュー様を望んだのはウィズ殿下。


 ほしいと思って叶わなかったが、条件が逆ならば返してもらうという発想になってもおかしくない。サティ嬢はサリュー様に執着しているのだ。


 自分を唯一愛してくれる人だから。

 きっとサリュー様がいなければ、自分を保っていられないのだろう。


 端から見れば矛盾しているけれど、サティ嬢からしてみれば正当な理由になる。

 しかしこのままではサティ嬢は死んでしまう。カーバニル先生とコンラッド様を交互に見るが、二人の顔には深い苦悩が浮かんでいた。


 王族に対する、呪詛。それは極刑に値するからだ。

 今助けたところで、サティ嬢の死は免れない。ほんの一時、生きながらえるだけ。


 ごほりとサティ嬢の口から大量の血が吐き出される。


「サリュー様……!」

「だめよ。だめなの。このまま、死なせてあげて」

「え?」

「それがこの子の矜持なの。そうでしょう?」


 サリュー様の言葉にサティ嬢はそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。


「ええ。そう……あいしているわ、おねえ……さま」

「いいえ。わたくしは貴女を愛せないわ。サティ」


 胸の前で両手を強く握りしめ、サリュー様は静かに告げる。それでもサティ嬢の表情が曇ることはなかった。それが嘘だと、理解しているのだろう。



 ただただ美しい微笑みを浮かべたまま、彼女は静かに逝った。


モブ姉王女書籍4巻&コミックス4巻発売まであと1週間です!よろしくお願いいたします。

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サリュー様に矜持と言われ、嬉しそうに微笑んだサティ嬢。 その微笑は、お姉様は私を理解してくれている、分かってくれた、という悦びの気持ちからのものでしょうか。 サリュー様の愛していないと言う嘘を嘘だと理…
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