214.彼女は美しく微笑んだ 1
椅子に座る彼女はまるで等身大の人形のようだった――――
その部屋には幾重もの結界が張り巡らされている。
オルヘスタル元魔術師長の力作らしい。元、なのは現在の彼が魔術師長の任を解かれたから。
彼の代わりはいない。それ故に、魔術師長の席は空位になっている。
それはラステア国として、とても大きな損失を意味していた。
そんな彼が身命を賭して作った部屋。
その部屋に、彼女は……サティ嬢はただ静かに座している。
アイゼンの術が解けた影響か、それとも元々の性格か。彼女は淡々と世話をされ、何をするでもなく一日中のほとんどを椅子に座って過ごしている。
受け答えはするそうなので、全く意思がないわけではない。
容姿の美しさとあいまって、等身大の人形のようだ。
その彼女の部屋に、私はルーとしてきていた。
表向きはコンラッド様が今後の話しをするという体で。もちろんカティア将軍とネイトさんも一緒だ。
カーバニル先生と、オルヘスタル元魔術師長は扉の外で待機。彼女は侯爵家の令嬢として育てられている。
社交界をよく知らないうえに、大人ばかりでは萎縮してしまうだろう。
サティ嬢は私たちが部屋に入ると、チラリと視線を向けてきた。
でもそれだけ。立ち上がることも、会釈することもない。
コンラッド様はそんなサティ嬢の態度にも意を介さず、彼女の正面の席に座る。
私たちは側で控え、二人の会話を見守ることにした。
「……サティ嬢、君の今後についての話をしにきた」
「……はい」
「君が、姉君を……サリュー妃を傷つけようとしたことは重罪だ。彼女は王太子妃であり、もう君とは立場が違う。それはわかるね?」
「お姉様は……王太子妃なんてなりたくないはずです。ましてや国母なんて……」
「どうしてそう思うんだい?」
「だって、お姉様はお父様に認めてもらいたがっていた。だったら、家を継ぐ方が良い」
「国母になることだって十分、レイティア侯爵に認めさせることになるはずだよ?」
「でも……お姉様には重荷だわ」
「君は、そう思うんだね」
コンラッド様はわざとらしく言葉を切る。
王太子妃、そしていずれは王妃となることは重荷かもしれない。でもそれを外野が決めつけるのは問題ではなかろうか?
そもそもサティ嬢はなぜそこまでサリュー様に拘るのだろう?
もちろんサティ嬢の見えている世界と、サリュー様の見えてる世界は違う。私やライルのように、お互いをうらやんでるだけの可能性もある。
いつだって隣の芝は青いのだ。
「……どうして、サリュー様には重荷だと思うのです?」
思わずそう話しかける。サティ嬢はゆらりと頭を動かし、私に視線を合わせた。
翡翠色の瞳。サリュー様と似ているけれど、少し違う色。
「貴女は、だあれ?」
「私は……サリュー様付きの女官の一人です」
「貴女から見て、お姉様はどう見えるの?」
「とても、努力家です。いつだって自分のできる最善を尽くしてらっしゃいます」
ふふ、と小さくサティ嬢は笑う。
「貴女も、ダメね」
「え?」
「お姉様が努力家なのは私だって知っているわ。いつもいつも……無駄な努力ばかり」
「無駄だなんて……!」
「だってどんなに努力したって、お父様もお母様もお姉様を認めたりしない。ただ自分たちに都合のいい駒というだけ」
家にとって良縁を結ぶことを求められるのは、貴族令嬢であれば当然である。政略結婚とはそういうもので、駒といわれればそうなのかもしれない。
でも、ラステア国は女性も将軍や官吏になれる国。
ファティシアのように、女性が働くことがあまり推奨されない国とは違う。努力した分、自分で道が開けるのだ。
「サリュー様の努力は無駄ではありません。サリュー様は、自分の力で道が開ける方です」
「そうかしら?お姉様は後ろ向きな方よ。どうして自分が?なぜ?って……努力を続けるのは、自分に自信がないから。だからいつも何も言えない」
「そんなこと……」
「あるわ。だから貴女がここにいるのでしょう?」
その言葉に心臓がはねた。私が誰であるか、もしかして気がついている?
私からのいぶかしげな視線に、サティ嬢はため息をついた。
「お姉様は、私に一人で会う勇気がないの。だから貴女をここに使わしたのでしょう?」
「私がここにいるのはサリュー様の意思ではありません」
「そうかしら?お姉様の意思が介在しているようにしか思えないわ。だって、私に会いに来てはくださらなかったもの」
「それは……ウィズ殿下が、サリュー様の身を案じられたからです」
これは本当のことだ。
ウィズ殿下はサリュー様をサティ嬢に会わせたくない。
情に絡め取られるのではないかと、心配している。たとえ家族に理不尽な扱いを受けたとしても、サリュー様は優しい方だからと。
「ウィズ様は本当にお姉様が心配なのかしら?番だって気がつかなかった方が、今までお姉様が受けていた中傷をそのままにしてた方が、その身を案じたりするかしら?」
「どうしてそんなことをいうのです?貴女はウィズ殿下を思っていたのでは?」
「ええ。好きよ。とても好き。今でも私が番なのではないかと思っているの。だってお姉様が好きになった方だもの。きっと素敵な方なのでしょう?」
意味がわからない。
サティ嬢の口ぶりから、ウィズ殿下を想ってるようには思えないのだ。
ただサリュー様がウィズ殿下を好きだから、好きになったと……それは好きといえるのか?私にはどうしても判断できなかった。
「ねえ、貴女……サリュー妃殿下が好きなものが好きなの?」
カティア将軍が困惑している私に気がついて、助け船を出してくれる。
「そうよ。大好きなお姉様が好きなもの。それはきっと価値があるものだもの」
「価値があるから好きなの?」
その問いにサティ嬢は少しだけ首をかしげ、考えるそぶりを見せた。そして小さく頭を振る。
「お姉様が好きなものには、それ相応の価値がある。そして価値のあるものに囲まれたら、私にも少しは価値がでるでしょう?」
「つまり、貴女は自分に価値がないと思っているのね?」
「ええそうよ。私にはなーんにも価値がないの」
「侯爵家の令嬢なのに?」
「いいえ、違う。私は……托卵なの」
托卵、という言葉に息をのむ。
厳しく育てられた姉と、甘やかされて育った妹。その隔たりはいかにして生まれたのか?
現状のレイティア侯爵家の女主人はサティ嬢の母親。
先妻の子供であるサリュー様が冷遇されやすい環境ともいえる。だけど彼女の甘やかされ方は、少し特殊でもあった。
だからもしかして……と、想像した話でもある。
できれば当たってほしくはなかったが。
「托卵ということは……貴女はレイティア侯爵家の血を引いていない。それでいいのかな?」
「ええ。その通りですわ。王弟殿下。私、どうしてもウィズ様の婚約者になりたくて……両親にお願いしたのです。私がウィズ様の番だから、お姉様と交換してと」
「侯爵夫妻はなんと?」
コンラッド様の問いにサティ嬢は、それはそれは美しく微笑んだ。
「いつもは何だってお姉様のものをくださるのに、そのときだけは『お前なんかが番のわけがない』そういわれましたわ」
可愛がっている娘にかける言葉ではない。私は内心でレイティア侯爵夫妻に憤っていた。
「そのときに、君は自分がレイティア侯爵家の血が流れてないと知ったんだね?」
「ええ。そうです。最初のうちは父も知らなかったようですけど……成長しても私の髪の色が変わらないことに疑問を持ったようなんです」
「髪の色?」
「お姉様も生まれたときは深紅ではなく、もっと薄い色だったとか。でも私はずっとこの髪色のまま」
そういってサティ嬢は自分の髪に触れ、綺麗に結われた髪をグシャリと握る。
結われた髪は無残な姿に変わってしまった。
「成長してもレイティア侯爵家の色が出ない。母を詰問したところ、父の子ではないと認めたそうです。でも私はこの見た目でしょう?」
「自分の矜持と、家のために口をつぐむことにした?」
「その通りです。だから私は愚かでなくてはいけなかった。最初から愛人を囲うような殿方か、もしくは王弟殿下……貴方のように子供を求めない方に嫁がせる駒なのです」
利口な娘に育てば、いつか自分たちの不利益になる。
だが愚かなままであれば、美しい娘は駒として有効活用できる。
それにサティ嬢の母親も賛同したのだろう。いや、せざるを得なかったのかもしれない。
侯爵家の女主人。
その立場を捨ててまで、娘を守る気はなかったのだ。
「君は……レイティア侯爵夫妻を恨んでいるのかい?」
コンラッド様の問いに、サティ嬢は微笑むだけで答えなかった。
4月で3章終わらせるはずだったのに…気がつけば5月下旬です。もうちょっと。もうちょっとで3章終わります…
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