211.姉妹 1
サティ嬢が正気を取り戻してから、丸一日が経った――――
オルヘスタル魔術師長の言葉を信じるなら、サティ嬢はもう操られることはないらしい。
念のためカティア将軍立ち会いのもと、他にも印がないか調べたそうだ。
胸元の印含め、どこにも印はない。
これでひとまず安心できるはず。
それにサティ嬢の印が消せた、ということは私の印も消せるかもしれない。
「って……思ってたんだけどなあ」
「消えないわねぇ」
「そうですね……」
カーバニル先生とアリシアが私の手首をじっと見る。何度も繰り返し術式を発動しているけれど、印に変化はない。
「ちょっとぐらい薄くなってくれれば良いのに!」
「まあ、向こうだってサティ嬢の印が消えたことに気づいているでしょうしね。そう簡単には消せないように対処するでしょ」
「あんなちょっとの時間でそんなことできるの?」
「あんなちょっとと言うけれど数時間は眠ってたんだからね!」
おでこを指ではじかれて、あまりの痛さにおでこを押さえてしまう。
カーバニル先生はもう少し力加減を知ってほしい……
「それにしても……サリュー様の妹君、サティ嬢は操られていたんですね」
「サティ嬢もアリシア嬢の話すゲームとやらに出てくるの?」
「たぶん……」
「たぶんって……ずいぶん歯切れが悪いわね」
「続編のゲームが出る前に死んでますから」
アリシアにそういわれて、カーバニル先生は微妙な表情を浮かべる。
私は慌ててアリシアにサリュー様のことを聞いた。多分そうじゃないのか、って前に言っていたし。
「で、でも!サリュー様が悪役令嬢の立場だったのでしょう?」
「あ、はい。発売前の情報ではそうだったかと……一応、攻略キャラクターと悪役令嬢とヒロインと、あとヒロインの友人ポジションの子がいたんですよね」
「ヒロインの友人ぽじしょん?」
「お助けキャラ的な?」
「お助けきゃら?」
私とカーバニル先生が首をかしげるので、アリシアが丁寧に説明してくれた。
ファティシア王国を舞台にしたお話とは違って、今回は他国が舞台。それゆえに現地の情報をよく知っている女の子が出てくるのだと。
他国で上手く動き回れないヒロイン。そのヒロインを陰に日向にと支えてくれるのがお助けきゃら、もといラステア国でできた友人らしい。
「たしかに、他国で自由に動き回るのって大変だものね。そういう子がいたら助かるかも」
「その女の子ってどんな子なのよ?」
「ヒロインと年の近い子で、たしかーえーっと……儚げな感じの子でしたね!」
アリシアは腕を組みうーんと唸っている。
ここにロイ兄様がいたら「ほら、もっと思い出して!」というのだろうな。そんなことをぼんやりと考える。
さすがにカーバニル先生はそんなことを言ったりはしなかった。
もちろん私も聞けない。だって死ぬ前の話だもの。
アリシアは自分が死んだときのことを覚えていないというけれど、もしかしたら思い出してしまうかもしれない。
自分が死んだときを思い出すなんて、想像しただけでゾッとしてしまう。
たとえ痛くなくても、恐ろしいものだ。
「それにしても儚い女の子ねぇ」
「カーバニル先生?どうしたの??」
カーバニル先生が意味ありげに頬に手をそえている。今度はアリシアと私が首をかしげる番だ。
「今のサティ嬢の年齢は十五なのよ。アリシア嬢が断罪される歳は十八。ヒロインはその一つ下なら十七、よね?」
「あ、五年後は二十歳……ヒロインと歳が近いですね!」
「でしょう?儚げってところも一致するわ」
そういわれて、サティ嬢の容姿を思いだす。美しい金糸の髪に、翡翠の瞳。
王城に来たときは豪奢に着飾らされていたけれど、普段の衣装はそうではなかった。
体に合わせた、軽やかな衣装を着ていた気がする。髪飾りもリボンぐらいで、簪といわれるものはつけてなかったな。
でもそうなると、自分の姉を断罪することにならないだろうか?
妹なら、姉であるサリュー様が悪いことをしていないって知っているだろうに。
「ルティア様?どうかしましたか??」
「なんかこう、もやっとするのよね」
「なあに?どの辺が??」
「だって、サリュー様が悪役だとするわよ?そしたら妹に断罪されることになるでしょう?」
「それは、そうですね……?」
「それっておかしくない?」
私の問いにアリシアとカーバニル先生が頷く。
「確かにあのサリュー妃が、悪いことをするとは思えないわね。仮にしたとしても、ランカナ陛下が気がつかないわけがない」
「ウィズ殿下の病……いえ、呪いが解けていないというのは理由になりませんものね」
「そうね。たとえウィズ殿下が呪いに負けて、死んだとしても……王弟であるコンラッド様はいらっしゃるもの」
もしもの代わりはいる。そして、コンラッド様がいなかったとしても……皇龍デュシスが次の王を選ぶだろう。
それならどうしてサリュー様は「悪」とされたのか?
「悪役には、悪役になるだけの理由が必要よね」
「そうね。たとえるなら、アリシア嬢に生きていられたら困る理由があるなら……悪役にして殺してしまえばいい」
「ひえっ……!」
「えっと、たとえばライルをいいように操りたいとか?」
「それも理由の一つかもね」
「あ、でもそのぉ……ゲームの中の私はとても傲慢で横柄といいますか……」
「でも婚約者にちょっかいかけられて、怒らない女がいる?」
愛がなくとも、政略だろうとも、婚約は婚約。蔑ろにされれば誰だって腹が立つものだ。そうカーバニル先生はいう。なるほどそういうものなのか。
「それにしても……サティ嬢はどうなるのでしょう?」
「お助けきゃらなんだっけ?逆に彼女がいないとどうなるの??」
「うっ……それを聞きます?そもそもファティシア王国が舞台のときは、お助けキャラなんていなかったんですよ」
「じゃあどうなるかわからない?」
「想像もつかないです。そもそも続編の時点でウィズ殿下は呪われている状態ですし、サリュー様は婚約者のままですから」
「結婚もしてなければ、子供もいないわけね」
だいぶ状態は変わっていて、アリシアも見当がつかない。そう告げるとカーバニル先生はまた考え込む。
「ルティア様、コンラッド様がお見えですが……」
「え?」
特に約束はしていない。しかしコンラッド様が来ているのなら断る理由もない。
私はユリアナに了承の返事をすると、お茶の用意を頼んだ。
「お忙しいところすみません」
「あら~忙しいのはお互い様でしょう?」
「そう言われると耳が痛いですね。まったく、レイティア侯爵家自体を調べることになるとは思いませんでした」
「もう人はやっているのかしら?」
「ええ。ただ、まだ真実は侯爵には告げていません。侯爵自身が操られている可能性もありますし。情報の流出は最小限にしたいので」
きっとすごく忙しいのだろう。目の下にうっすらと隈があるように見える。
残念ながら私に手伝えることはない。いやむしろ、私が動くことで悪い方に転がる可能性がある。
何もしない方が良いときもある。我慢しなさい。と……カーバニル先生にも止められているのだ。
「その……サティ嬢はどうなりますか?」
「操られていたとはいえ、王太子妃を傷つけようとしたことは事実だからね」
「でも操られていたのなら、本人の意思じゃないでしょう?」
「うん。その辺も含めて、どうしても本人に謝りたいとサティ嬢が言っていてね」
「サティ嬢が……サリュー様に?」
「そうなんだ。ルティア姫はどう思う?」
どう思う?といわれると、ちょっと困る。謝りたいというのなら、謝らせてあげることも大事だ。でも、サリュー様が謝られても困ると、思っているのなら会わせるべきではない。
謝罪って、結局は謝りたい側の自己満足だもの。
謝ったのだから、許してくれるでしょう?って……そういうの、私も経験がある。
ただ今回は姉妹、なのだ。
サリュー様とサティ嬢。半分だけとはいえ、血の繋がった姉妹。
「……サリュー様はどう思ってるんですか?」
「会う必要があるなら……ルティア姫の同席を求めている」
「え?」
「理由は教えてくれなかったんだけどね」
コンラッド様は視線で私に問いかける。何か聞いていないかと。
でも私は何も聞いていない。なぜそんなことを言いだしたのだろう?
「会う必要があるなら、ってことは会わない選択肢もあるってことよね?」
「そうですね。会わない選択肢もあります。ウィズは、会わせたくないようです」
「それは……その、サリュー様が番だってはっきりわかったから?」
「うん。今までもベッタリだったけどねぇ。今はもっとベッタリ」
肩を竦めて、あきれ顔をしているがそれでも嬉しそうだ。
ようやく番だと認識できて、安心したのだろう。
でも、サリュー様はどうして……?
ぐるぐると考えるが答えが出ない。
「どうするのが正解だと思いますか?」
「ルティア姫を同席させたいというのなら、それなりに理由があると思う」
「でもその理由はわからないんでしょう?この子に何をさせるのかって」
「ええ。だから困り果ててるんです」
カーバニル先生の言葉にコンラッド様は苦笑いを浮かべた。
「もし会わないままだと、どうなるんですか?」
「そうだね。たぶん、王都から大分離れた場所で幽閉されると思う」
それはもう一生会えないというようなものだ。
体の弱いサティ嬢が飛龍に乗れるとは限らないし、そもそも幽閉されていたら自由に動き回ることもできないだろう。
サリュー様も、立場的な問題がつきまとう。王太子妃がほいほい飛龍に乗って出かけられるわけないものね。ウィズ殿下が許さないだろうし……
これはかつてないほどの難問だ。
6月2日書籍&コミックス4巻同日発売です。現在絶賛予約受付中となります。
書籍収録含む11本書き下ろしSSがあります。
詳しくはXの@suwa_pekoの固定ツリーをご確認ください。




