210.後悔する人 4
ネイトさんは一体、何者なのだろう?
聞きたいような、聞いても教えてもらえないような、ソワソワ感がある。
あとでこっそりカティア将軍に聞いてみようかな?そんなことを考えていると、小さいうめき声が聞こえた。
ハッとしてサティ嬢を見ると、閉じていた瞼が薄らと開いている。
サリュー様と同じ、翡翠色の瞳。その瞳と、視線が合う。
「あな、た……どなた……?」
「私、私は……」
「待って」
私が応えるより前に、コンラッド様に止められる。
服装こそラステア国の衣装ではあるけれど、私はファティシア王国の人間。罪人として捕らえられているサティ嬢に名前を名乗るのはダメかもしれない。
私はそのままコンラッド様たちの後ろに隠される。
さすがの私も、サティ嬢の顔をのぞき見ようなんてことはしない。気にはなるけどね。まだ目を覚ましたばかりだし。
「あの、わたくし……は?」
「どうして捕らえられているかわからない?」
「……はい」
「どこから覚えているかな?」
「どこ、から?」
コンラッド様が優しく問いかける。たとえサティ嬢の自我が戻っていても、いなくても、普通の令嬢は詰問に慣れてない。そんなことしたら泣きだしてしまうだろう。
そうなると話が進まなくなる。それ故の対応だろう。
「何も覚えていない?君のお父様と、馬車で王城に来たことは?」
「い、いいえ……ここはおうじょう……?」
「そう。ここは王城。私はコンラッド。コンラッド・カステード・ラステア。現女王陛下の弟だ。一度会っているけれど……それはどうかな?」
「おうてい、でんか……どこで?」
「レイティア侯爵邸で」
サティ嬢はなにもわからないと呟く。これではアイゼンのことを聞き出すのも難しいだろうか?
隣に立っているカーバニル先生を見上げると、先生は軽く肩を竦めた。
そして少しかがみ私の耳元に小さな声で囁く。
「記憶の混濁なのか、それともアイゼンってやつの影響が残っているのか……全くわかんないわね」
「夢の中ではサティ嬢の視点で見ていたけど、見た目に変化はなかったし……」
「それじゃあわからないわね」
「役に立たなくてごめんなさい」
「いいのよ。そもそも、アンタが率先して役に立つ必要はないの」
危険なことに首突っ込まないで、そう言われて私はあさっての方向を向いた。
するとツンと頬を突っつかれる。ちょっと痛かったけど、甘んじて受け入れるしかない。心配させたのは確かだし。
「……君は、自分のことをウィズの番だと思っているのか?」
「ウィズさ、ま?……ええ!ええ。わたくし、はウィズ様の番!」
「どうしてそう思ったの?」
「どうして……?だって、ウィズ様と出会ったとき……とても胸が高鳴ったわ」
「それだけ?」
「え?」
「それだけでウィズを番だと思ったの?」
「だって、とくべつだわ……」
ウィズ殿下の番なのかと尋ねると、サティ嬢は急にいきいきとしだす。先ほどまでの、死にそうな空気はどこかにいってしまったかのようだ。
しかし、コンラッド様の問いかけに困惑しだした。
「特別。なるほど。確かに、とても胸が高鳴れば特別と感じるだろうね。でもね、番というのはそういうものじゃない」
「でも……ウィズ様は……」
「ウィズの番はサリュー妃だ。だからこそ、誰よりも彼女を求めた」
「おねえさま……どうして?だっておねえさまはなんでももってるわ!わたくしは……わたくしは、ただ……」
「番をどう感じ取るか、それを説明するのはとても難しい。だけどね、君とウィズが番でないことだけはわかるよ。番はたとえお互いに認識できなくても求め合うからね」
君はウィズに求められていないと、コンラッド様はハッキリと告げる。
「そんな、だって……とくべつなの。とくべつなのよ……!!」
「特別なだけじゃない。もっと深く求めるんだ。理由もわからず、ただただ本能的に焦がれる。それを愛情へと昇華するんだ。本能だけでは、共にいられないからね」
本能だけでは、共にいられない。その理由は何だろう?
なんだかとても難しい話になってきた。
ラステア国は一夫一婦制。もしも番に出会う前に結婚していたら……?
二人は別れて、番同士一緒になる?それとも別の道を歩むのかしら??
「あーあのね、番だなんだってゴチャゴチャ考えるからダメなのよ。アンタのその特別な思いは、初恋っていうのよ」
「はつ、こい……?」
「お姉さんの婚約式、デビュタント前だったんでしょう?」
急に話かけられ、サティ嬢は目を瞬かせている。それはそう。見た目、女性に見えるけれどカーバニル先生の声は完全に男性だもの。ビックリするわよね。
「カーバニル殿……」
「ごめんなさいねぇ。でもほら、アタシって心は乙女でしょう?だから口を出したくなっちゃうの」
コンラッド様が微妙な表情を浮かべる。カティア将軍はちょっと横向いて笑っているようだ。気持ちはとてもわかる。
「初恋、初恋……ね」
「そうよ。初恋。初めて家族以外で異性と出会った。それもこっそりと隠れて。胸が高鳴らない方がおかしいの」
「わたくしの……おもいちがい、だと?」
「思い違いじゃないわ。確かにアンタは王太子殿下が好きだった。その気持ちは本物。でもね、それと番というのかしら?アンタと王太子殿下は違うと言うだけ」
サティ嬢のウィズ殿下に対する恋心は本物。でもそれと番は別物。分けて考えないといけない。そうカーバニル先生は彼女を諭す。
「番じゃないのに、すきなのはおかしいわ」
「おかしくないわよ。でもね、アンタのその気持ちは自分でちゃんと折り合いをつけないといけなかったの」
「おねえさまの……婚約者、だから?」
「そうよ。アンタは、お姉さんのこと嫌い?」
「いい、え。いいえ!おねえさまはちゃんとわたくしをみて……」
サティ嬢はぽろぽろと涙をこぼした。好き、だけど嫌い。自分をちゃんと見てくれるから好き。でも自分と違って全部を持っているから嫌い。
きっとサティ嬢が助けを求めればサリュー様は手を差し伸べていた。
好かれているけれど、嫌われてもいる。サティ嬢の試し行動にどう対処すれば最善なのか、サリュー様もきっとわからなかったのだ。だから声を上げるのを待っていた。
「そうね。きっとアンタを見てくれていた。ご両親よりもずっと。でも、そのお姉様を傷つけようとしたのはなぜ?」
「それ、は……うらやましかった……わたくしにはないものをぜんぶ、もってるから」
「そう。それはアンタが努力してもどうにもならないもの?」
「わたくし、が……?でも……」
「たとえ体が弱かろうと、勉強も淑女としての礼節もいくらでも学べるわ。アンタにその気があればね」
体が弱い、ということは免罪符にならない。カーバニル先生はサティ嬢にそう告げる。
厳しいように聞こえるが、サティ嬢に本当に必要だったのは厳しさなのではなかろうか?
甘やかされるだけでなく、たとえ体が弱くともできることはある。それを教えることが一番大事だったのかもしれない。
「おやあ。目が覚めましたか?」
のんびりとした声が聞こえ、後ろを振り返れば手に小さな袋を持ったネイトさんがいた。カティア将軍が振り返り、またニヤリと笑う。
「お、持ってきたね」
「はい。ユリアナさんにお願いしていただいてきました」
ユリアナとリーナ、そしてアリシアとシャンテに一つずつ。合計で四つの鱗。
これだけあれば……でも、サティ嬢との会話を聞いていると、操られているようには感じない。自我が戻ってるように見える。
ただ印は残ったままだし、今のままだと拘束も解けないだろう。
「とりあえず全部入れてみる?」
「たとえどんなに貴重なものでも使わなければ意味ないですしねぇ」
そう言うが早いか、ネイトさんはカティア将軍に鱗を手渡した。隣でそれを見ていたオルヘスタル魔術師長は不安げな表情を浮かべている。
「一応、一つずつ試してみませんか?」
「えーでも面倒じゃない?」
「カティア将軍……」
「オルヘスタル、人命優先だ」
オルヘスタル魔術師長をコンラッド様が諫めた。カティア将軍は、ちょっとごめんねと断りを入れるとサティ嬢の胸元に鱗を全部押しこむ。
サティ嬢はキョトンとしていたが、なされるがままだ。どのみち拘束されて動けもしない。
そして淡い光が胸元で輝きだす。シュゲール・ハッサンのときと同じだ。
淡い光は輝きを増し、また徐々に収まっていく。光が収まってから、カティア将軍がサティ嬢の胸元を確認した。
「……印が、消えてるわ。あと鱗が二枚残して破れた」
「つまり、五枚の鱗が必要だった……?」
「そうなるんじゃない?」
オルヘスタル魔術師長にカティア将軍がこたえる。印が消えたなら、操られる心配はない。そう判断したコンラッド様はオルヘスタル魔術師長に術を解くように指示した。
術を解かれたサティ嬢はその場に座り込む。
「今の貴女は、姉であるサリュー妃を害した身。たとえ覚えてなくても、だ」
「わたくしがおねえさまを……?どうしましょう……」
コンラッド様にそう告げられ、はらはらと涙をこぼすサティ嬢。
その彼女に微妙な違和感を覚える。
操られているわけじゃない。なんとも言葉にしづらい違和感が私の中に残った。
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