208.後悔する人 2
急いでサティ嬢が幽閉されている部屋へ向かおうとした。
だがコンラッド様にカティア将軍を呼んでくるように言われる。
「カティア将軍を、ですか?」
「そう。お願いしても良いかな」
「で、でも……」
「ポーションならあるからアンタの出番はそうないわよ」
コンラッド様とカーバニル先生の顔を交互に見比べた。二人の表情からは何も読み取れない。でも、たぶん、私のためにいっている気がする。
私は小さく頷くと、カティア将軍の元へ向かった。
きっとまだオルフェさんもいるはず。それにネイトさんも。
通い慣れた部屋にたどり着くと、扉を叩く。牢に行く前に寄ったときは、そんなに話せなかったし。それにカティア将軍は博識だ。
この印に関しても、他に知っていることがあるかも……
「はーいどちらさまです?」
「すみません、私です!」
「おや?」
扉の向こうからネイトさんののんびりした声。私はいつも通り声をかけた。
カラリとすぐに扉が開き、ネイトさんが顔をのぞかせる。
「すみません、カティア将軍はいらっしゃいますか?」
「ええ。もちろん」
「ではカティア将軍と一緒にネイトさんも来てもらえないでしょうか?」
「どちらへ、と言いたいところですが……まあなんとなくわかります」
「……はい。彼女の元へ」
多くを語らなくてもネイトさんならわかってもらえる。それと下手に色々いうのは憚られた。私は、今はルティアだから。
ネイトさんは心得たように頷くと、体を反転し中に向かって叫んだ。
「カティア将軍、ルティア姫がいらしてますよー!」
ガタガタガタッと中からすごい音が聞こえた。そしてカティア将軍が転がり出てくる。
「ルーちゃんちょうど良いところにー!!!!」
「か、カティア将軍!?」
ガバッと抱きつかれて困惑してしまう。一体どうしたのだろう?そう考えていると、ネイトさんの背後からオルフェさんが顔をだした。
「こんにちは。姫君、妹がすまないね」
「こんにちは。オルフェ様、大丈夫です。カティア将軍は本当にお姉様みたいなので」
「ルーちゃ……ぐえっ」
またしてもルーちゃんと呼びそうになったカティア将軍の襟首を、オルフェさんが掴む。ステラさんもそうだったけど、笑ってるのに笑ってないときの目が怖い。
「それでうちの妹になにか?」
「あ、そうです。すごく急ぎで……」
「急ぎ?何があったの?」
「いえ、これから起きるか……もしかしたらもう起きてるのかも……」
言葉を濁すと、それだけでカティア将軍には伝わったようだ。カティア将軍は私に一言、断りを入れると私を抱き上げる。
「ごめんなさいね。抱えて走った方が早そうだから」
「い、いえ!重くないですか!?」
「ぜーんぜん。羽のように軽いわよ!」
そう言うが早いか、カティア将軍は走り出した。それもたぶん、最短の道を。走るというより飛んでる、に近い。後ろからはネイトさんと、オルフェさんも着いてきている。
「すごい……!早い!!」
「ルーちゃん、口閉じてた方がいいわ。舌噛んじゃうかも」
「は、はい!」
確かに平面を走っているわけではない。跳んだり跳ねたり……ガタガタととても揺れる。
体に魔力を纏わせることで、ものすごい身体強化をしているのだ。ファティシア王国の騎士たちも身体強化はできるけど……魔法石に魔術式を入れる方法をとっている。そうしないと魔力が保たないから。
ラステアの人たちは魔力量が多いから、息をするように簡単にできるのだろう。今はそれが羨ましくもある。
あっという間に、サティ嬢が幽閉されている棟までたどり着いた。
後宮の片隅。他の棟とは違って寂れている感じがする。
部屋の前ではコンラッド様と、カーバニル先生。それにオルヘスタル魔術師長が立っていた。思ったよりも早く着いたのだろう。コンラッド様が少しだけ困った表情を見せる。
「やあ、早かったね」
「そりゃあ最短で来ましたからね」
「それは、まあ……仕方ないとして、もう下ろしてあげても良いんじゃないかな?」
カティア将軍に抱きかかえられている私に対して、コンラッド様が腕を伸ばす。
私は丁重にコンラッド様の申し出を辞退して、カティア将軍に下ろしてもらった。二人ともちょっとしょんぼりしていたが、今はそれどころではない。
「さて、オルヘスタル魔術師長……貴方がここにいる、ということは術式は解いたのですね?」
「ああ。そうだよ。ネイト……」
「では扉を開けても?いや、開けるのは将軍に頼みましょうかね。女性の部屋ですし」
「ルシアンそういって危険回避してないか……?」
そう言いつつも、カティア将軍は臆すことなく部屋の前に立つ。そして外からサティ嬢に向けて声をかけた。
少しの間、彼女の返事を待ったが返答がない。
カティア将軍はコンラッド様に視線を向ける。コンラッド様は、小さく頷きそれをもってカティア将軍が扉に手をかけた。
「サティ嬢、入りますよ?」
カラリと扉が開く。なんとなく、鉄の錆びた臭いがした。
それが気になって聞こうと思ったら、オルフェさんが私の前に立ち塞がったのだ。
「オルフェさん?」
「君は、見てはいけない」
「え?」
オルフェさんと私を除いた全員が部屋の中に入る。何を話しているかはここからではわからない。私はオルフェさんを見上げた。
「もしかして……」
「可能性は、高い」
「じゃあこの臭いって」
血の臭い……?そう尋ねようとしたとき、中からカーバニル先生の悲鳴が上がる。
「ちょっと!なんなのよ!!」
「オルヘスタル!彼女は死んでいるのでは!?」
「いえ、まだ……生きてます。ですがこれ以上動けば血が流れすぎて死んでしまう!」
「意識を落とせば良いの!?」
「彼女を拘束してみます……!」
慌ただしい声が聞こえだし、部屋の中から全員が出てきた。そしてその後に続くように、衣服を血で染めたサティ嬢がふらりと現れる。
どうみても正気ではない。しかし衣服についた血の量から、早く手当てをしないと死んでしまう。
「オルヘスタル!」
「ネイト、将軍と一緒に足止めを!」
コンラッド様とオルヘスタル魔術師長の声。カティア将軍とネイトさんは、ふらふらと操り人形のように動くサティ嬢の動きを止めるべく動きだす。
体が弱いと言っていたので、本職の武人であるカティア将軍に敵うはずがない。
だがサティ嬢の体は、カティア将軍たちと変わらない速さで動いているのだ。本来なら有り得ない。その証拠に、体中から変な音が聞こえる。
パキ、ゴキ、と何かが壊れる音が。
出血もそうだが、こんな状態ではサティ嬢を無理矢理捕まえることもできない。
何かが無理矢理体を動かしているのがわかっても、このままじゃ……
私にも何か、何か手伝えることはないのだろうか?
ふと、ポケットにいれていたデュシスの鱗を思い出す。リーナに貸して、戻ってきたものだ。まだ聖属性の力が入っている。
コレを使えば、一時的でもサティ嬢を足止めできないだろうか?
私は、私の前に立つオルフェさんの袖を引っ張る。
「オルフェさん!これ、これを使ったら元に戻らないかな!!」
「これは……鱗?」
「シュゲール・ハッサンに使ったのと同じ鱗です」
「そうか……あのときも、古の術が使われていたんだよね」
オルフェさんは私をコンラッド様に預けると、すぐに動いてくれた。
人形師とは思えないほどの素早さで。
「リオン、コレを彼女の胸元に」
「これって、ああ、そうね!」
それだけで通じたのか、ふらりふらりと動くサティ嬢をなんとか羽交い締めにすると鱗を胸元に押し込んだ。
サティ嬢の胸元で鱗が淡く光りだす。
次の瞬間、オルヘスタル魔術師長の術式がサティ嬢を取り囲んだ。
足下から複数の紐が現れ、サティ嬢の体を拘束する。
「あああああ……」
声にならない悲鳴。無理矢理、術から逃れようとするもできないでいる。
その様子を見ていたカティア将軍が、コンラッド様にまだ鱗を持っていないかと聞いてきた。
「持っては、いるが……?」
「一個じゃ足りないかも。出して」
カティア将軍はコンラッド様に向かって手をだす。鱗自体はカティア将軍も持っているはず。四阿での一件があってから、みんなに持ってもらうようにしたから。
もしかして持ち歩いてないのかな?急に呼びだしたものね。
コンラッド様はほんの一瞬、ためらうそぶりを見せたがカティア将軍に鱗を手渡した。
そしてカティア将軍も自分の持っていた鱗を取りだす。なるほど。一個じゃ足りない、はカティア将軍の分を指していたのか。
「本当はー渡したくないんだけどね……人命優先……人命優先」
ブツブツと呟きながらカティア将軍は、また鱗をサティ嬢の胸元へ押し込んだ。
すると暴れていた状態が嘘のように、スッと大人しくなり。体が傾いだのだ。
もっともオルヘスタル魔術師長の術のせいで倒れることはなかったが。
これで手当もできる。そのことに少しだけほっとした。
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