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ポンコツ王太子のモブ姉王女らしいけど、悪役令嬢が可哀想なので助けようと思います〜王女ルートがない!?なら作ればいいのよ!〜【WEB版】  作者: 諏訪ぺこ
第三章

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206/218

206.印

 人形がけたたましい声をあげて嗤う。


「見つけた」

『ミツけた』

【みつけた】

「見つケた」


 見つけたと、何度も繰り返し言いながら嗤うのだ。

 見つけた、とはなにを指しているのだろう?私は恐ろしくなって人形を投げ捨ててしまった。


 暗闇の中、投げ捨てられた人形はそれでも嗤い続けている。

 後ずさり、この場所から逃げたい衝動に駆られた。でもここがどこなのかわからない。


 どうしよう。どうすればいい?


 人形から視線をそらすこともできず、ゆっくりと後ずさる。

 すると何かにぶつかった。だが壁とは違う。温度が、あるのだ。人の温もりが。


 そっと私の肩に誰かが触れた。両手で口をおさえ、悲鳴をあげるのをなんとか堪える。

 誰?誰が、後ろにいるの??


 リーナでもない。カーバニル先生でもない。もちろんコンラッド様でも、ない。

 私の後ろにいる誰か。その誰かは、私の耳元で悩ましげなため息を吐いた。


「ああ……ようやく見つけました」

「だ、れ……?」

「ふふふ。ご存じでしょう?あなたはお嬢様の視点から見ていたのだから」


 その言葉で私は私の背後にいる人物が誰なのか悟る。


 アイゼン。


 サティ嬢が「アイゼン様」と呼んでいた人物だ。そしてこの人がたぶん、トラット帝国の皇帝に雇われているレイランの術者。


 たくさんの疑問がある。ここはどこなのか、どうしてサティ嬢の記憶を見せたのか、そして見つけたとはどういうことなのか?


 でも今は恐怖の方が上回っている。武器の一つでも持っていたら変わっただろうか?

 いや、それでも私が背後にいる人物に勝てる可能性は低い。それにこの場所は、きっと相手にとって優位な場所のはず。


 そんな場所で、私がこの人物から優位をとれるとは思えない。

 どうしよう。どうしたらいい?


「そんなに怯えなくとも、よろしいのですよ?私はただ印を付けさせていただきたいだけ」

「しる、し……?」

「ええ。あなたが何処にいようとも、見つけられる印です」

「なんで……そんなもの……」

「ずぅーっと探していたからです」

「探す……?」


 背後にいる人物は、私の右腕をそっと持ち上げる。振り払いたいのに体がいうことをきかない。

 手首の内側を親指でそっとなぞられる。

 その瞬間ザワリと全身が粟立ち、頭の中でガンガンと警鐘が鳴り響く。だがどうやっても体が動かないのだ。


 コレ()はよくないもの。


 早く、早くなんとかしなければ。コレは、体を蝕むもの。早く、早く、早く。

 体中が熱くなる。全身で拒絶しているのだ。でもこの熱をどうすればいいのかわからない。どう使えば、この印を拒絶できる?


「ああ、ああ。そんなに反発をするものではありませんよ」

「なに、を……!」

「魂に傷がついてしまうじゃないですか」

「たま、しい?」

「あなたにはトラット帝国を繁栄させる役目があるのです。だから、ねえ?」


 なぞられた場所が熱い。痛い。怖い。


「いや、嫌だ……!」

「怖いことなんてありませんよ。あなたは特別な方。皇帝陛下も優遇して下さる」

「嫌よ!帝国になんて、誰が!!」

「ふふふ。あなたの意思なんて、私にはどうでもいいことです。見ていたなら、わかるでしょう?」


 徐々に様子のおかしくなっていくサティ嬢。誰もそのことに気がつかないレイティア侯爵家。ジワジワと浸食され、みんなおかしくなっていったのかもしれない。


 このアイゼンという人物によって、狂わされたのだ。



『私の可愛い妹に何をする!』



 どこからか声が聞こえた。その声は、とても聞き覚えのある――――心強い声。


「カティア将軍!」

「まさか、この中に入ることなんて……」

「将軍!カティア将軍!!……っリオンお姉様!!」


 私は声の限り叫ぶ。すると、なにかがものすごい速さで私の上を通り過ぎた。

 ギャッと背後で悲鳴が上がる。その悲鳴を合図にするように、体が動くようになった。


『私の大事な、だいっっじな妹になにしてくれんのよ!』


 それは、私の姿をうつした人形。ただし髪は赤い。炎のように赤い髪の、私。

 自分の髪を使って似せて作ったのだといっていた。カティア将軍の赤い髪。


 私と、カティア将軍を繋ぐ人形。


 その人形はカティア将軍が普段使っている剣を携えて、すごい勢いでアイゼンに襲いかかっていた。アイゼンは何か術を使って、その攻撃を防ごうとしている。

 しかしカティア将軍の動きの方が早いのか、衣が徐々に赤く血に染まっていた。


『ルーちゃん!人形を燃やして!!』

「人形!?」

『そう、燃やすのよ!!』


 痛む右手を無視して、私は投げ捨てた人形に近寄る。

 ニタニタと不気味に嗤う人形。コレを燃やす?燃やして、サリュー様やサティ嬢に被害はないのだろうか?


『ルーちゃん早く!』

「は、はい!」


 早く早くと、カティア将軍が私をせかす。ただここで問題が発覚した。私は火属性を持っていない。火属性だけ、ないのだ。

 でも燃やせと、カティア将軍はいう。なら私にも燃やせるということ?


「……そうだ!」


 私は人形をぎゅっと抱きしめて、体の中にたまっている熱を人形に移せないかと試みた。

 この熱を全部、全部移して……!!燃えてしまえ!!


 ――――熱い、熱い、熱い。


 全身が燃えている。でもダメ。まだダメなのだ。人形はまだ形を保っている。

 早く燃えて。全ての熱を人形に移そうと心の中で念じる。

 しばらくすると、腕の中にあった人形は炭化してぽろぽろと崩れ落ちていった。


「これで、へいき……?」


 人形がその形をなくす。よくよく自分の体を見れば、白い炎が見えた。

 ずっと熱いと思っていたが、少しずつ冷静さを取り戻すと熱いのは部分的なことに気がつく。


 アイゼンによって付けられた印。その部分だけが熱いのだ。

 反発、とアイゼンは言っていた。これは私の聖属性の力がアイゼンの術に対して反発しているのだろうか?


『ルーちゃん、あとは目覚めるだけよ』

「目覚める……?」


 いつのまに側にいたのか、私の姿をうつした人形がそこにいた。アイゼンの姿はもうどこにもいない。


『ルーちゃんは、朝どうやって目を覚ますの?』

「あさ、朝は……ユリアナが起こしてくれるの」

『どうやって?』

「ルティア様、おはようございます。今日はねぼすけさんですねって」

『そう。じゃあ、それを思い出して』

「おもいだす……将軍、ここは……」

『さあ、目覚めましょう?』


 人形の手がそっと私の目を覆う。燃えちゃわないかな?って思ったけど、カティア将軍が私を傷つけることはない。それならきっと、大丈夫。


 ゆらり、ゆらり。

 誰かが体を揺らしている。


「――――さま、ルティア様……ルティア様!」

「えっ……?」

「ルティア様っ!!」


 目を開けると、目の前にはユリアナの顔があった。その隣でリーナが泣きそうな表情を浮かべている。


 そっとユリアナに向けて手を伸ばすと、ユリアナがしっかりと私の手を握ってくれた。

 あたたかい。ほっとする温もりが、私を現実に引き戻した。


「ユリアナ、私……眠っていたの?」

「……カーバニル先生とリーナと一緒にオルヘスタル魔術師長の元へ行かれたことは覚えてらっしゃいますか?」

「ええ。そこでサリュー様の人形にかけられた術を解こうとしたわ」

「正確には、術を発動する前に……倒れられました」


 リーナの言葉に私はポカンとする。


「私、術を発動させたつもりだったのだけど……」

「その寸前で人形が触れたんです」

「いえ、なにか……嫌な感じがして人形には触らなかったわ」

「いいえ。人形が、触れたんです」


 リーナは人形の部分をことさら強調した。人形が、触れた。私に?人形が??

 言われただけでは俄には信じることができない。だって人形は人形だ。自らの意思で動くことなんて……そこまで考えて、あることに気がつく。


「オルヘスタル魔術師長が……その、仲間だった、とか?」

「残念ながら」

「でも、どうして……?」

「知的好奇心と、仰ってました」

「知的好奇心?」


 魔術師として、ポーションでは及ばない域の聖属性の力に元々興味があった。

 しかしラステアでは聖属性に関する記述がない。ウィズ殿下が呪いに侵されたとき、ポーションでは治らなかったのに急に呪いが消えたこと。


 そのときすぐに、聖属性の力であると思い至った。


 その力は、特定の人物でなければ使えないのか?

 どうして古の術……呪いを解除できるのか?

 術式があるのにどうして自分には使えないのか?


 数え上げればきりがないほど「聖属性」という力に魅了されたという。

 私たちが見てきた、優しくて理性的なオルヘスタル魔術師長は……もうどこにもいなかった。


 いや、最初からいなかったのかもしれない。

 私はズキリと痛む右手首を、左手で握りしめた。全部夢だったらよかったのに。でもこの痛みが、私に現実だと告げていた。


6月2日書籍&コミックス4巻同日発売です。現在絶賛予約受付中となります。

書籍収録含む11本書き下ろしSSがあります。

詳しくはXの@suwa_pekoの固定ツリーをご確認ください。

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