204.夢の隨に
キラリと光ったそれ。
コンラッド様の手によって捕らえられ、サティ嬢の手からこぼれ落ちたのは小さな短刀。
たとえ小さな刀でも刺された場所が悪ければ死んでしまうこともある。
ポーションはどんな傷も治してしまうけど、それは手元にあればの話。
なぜそんな危険な物を持ち込んだのか?
私は慌ててサリュー様の元へ行こうとしたが、リーナに引き留められた。
「リーナ!」
「ダメです。まだ、近づいてはいけません」
「だけどっ!」
「ルティア様、まだ彼女は人形を持っているんですか?」
「え……?」
人形……私はサティ嬢の手元を見る。片方の腕はコンラッド様に捕らえられているが、もう片方の腕ではしっかりと人形を抱えていた。
私はリーナにまだ持っている。と、告げる。
「持ってるわ。コンラッド様が捕らえているのとは逆の腕。胸元に手を当てているでしょう?」
「胸元……」
「……やっぱり、見えない?」
「残念ながら」
リーナは静かに頭を振った。
どうして私にだけ見えているんだろう?私とリーナ、それに他のみんなと違うのは何?
グルグルと頭の中で考えるけど、なかなか答えは出ない。――――まるで呪いのようだ。
「あ」
「どうされました?」
「リーナ。わかった。みんなに見えない理由」
そういうが早いか、私はポケットからデュシスの鱗を取りだす。そしてそれをリーナの手に持たせた。
淡く、鱗が光りだす。
「やっぱり光ってる……」
「つまり、呪いが……発動している、と?」
「リーナ、これなら人形が見えるかも」
リーナはすぐさまサティ嬢の手元に視線を向ける。
「あります。ありますが……」
「どうしたの?」
「あまりにも禍々しい……」
「え?」
「黒い靄のようなものが人形を、いえ……サティ嬢を包んでます」
「それって、危険じゃない!?」
急いで知らせなきゃ!コンラッド様たちの元へ今度こそ行こうとしたら、腕を掴まれた。
私の横をリーナと一緒にネイトさんが駆け抜ける。
「ネイトさん!?」
「安心するが良い。アレは優秀じゃ」
「で、でも……ランカナ様!」
私の腕を掴んでいたのはランカナ様だった。ランカナ様は、私にこの場に留まるようにと告げる。でも今はそれどころではない。だってサリュー様が危ないのに……!!
「ここまでして気がつかねば、アレは王の器ではないのかもしれんな」
「え?」
「ウィズのことじゃ。さて、それよりもリーナとネイトが妹より人形を取り上げたようだぞ?」
ランカナ様の言葉に私はサティ嬢の手元を見る。確かに人形はない。
しかし人形を奪われたせいか、サティ嬢は身体の弱い令嬢とは思えないほど暴れ出した。
「離せ!離して!!その人形にお姉様の血を付けないといけないのよ!!」
サティ嬢の叫びが離れた場所にいる私にまで、ハッキリと聞こえてくる。
人形に血を付けなければいけない?何を言っているのだろう??
「ねえ、お姉様……少しだけよ。そんなに痛くないわ。だってお母様に叩かれたときの方がずっと痛かったはず。ほんの少し血をくれれば完成するの!」
最初に出会ったときの儚げな印象はどこかへ消えてしまった。
コンラッド様が後ろから羽交い締めにしなければならないほど暴れ、叫んでいる。
「ウィズ様に私が!私が番だって気がついてもらうにはこれしかないの!!お姉様が側にいたら、お姉様への情で気がついてもらえない」
番、という言葉に私は思わずランカナ様を見上げる。ランカナ様は頭を振り、深いため息を吐いた。
しかし次の瞬間、ゾッとするほどの殺意が場を満たしたのだ。
「え、な、に……?」
思わずその場にへたり込んでしまう。それほどの強い殺意。怖い。体が恐怖で震える。
そんな私の体をランカナ様が抱きしめてくれた。
「すまんな。このような強い殺意、姫君は受けたことがないであろう……しかし、これが番を侮辱された龍の怒りよ」
「龍の……怒り?」
「ウィズがようやっと、自らの番が誰であるか自覚したということじゃ」
「えっと……サリュー様が侮辱されたから、怒っている……の?」
「その通りよ」
ランカナ様はポンポンと、お母様のように優しく背中を撫でてくれる。
ゆっくりと息を吸って、吐く、を繰り返しなんとか立てるようになった。四阿の方に視線を向ければ、まるで糸が切れた人形のようにサティ嬢が座り込んでいる。
先ほどまでの勢いはまるでない。なにか口元が動いているが、私には何を言っているのかわからなかった。
ウィズ殿下の強い殺意はまだ、収まる兆しを見せない。このままでは近づくことはできないだろう。
「さて、姫君はここにおるがよい」
「でも……」
「あの状態のウィズには慣れぬ者は近づけぬ」
その言葉に私は小さく頷く。私は、私にできることは今はない。そう言われた気がした。
***
――――王太子妃の妹が、王太子妃を害そうとした。
その知らせで後宮内は騒然としている。
私はリーナとカーバニル先生と一緒に、オルヘスタル魔術師長率いる研究所に来ていた。
カーバニル先生とオルヘスタル魔術師長は気が合うらしく、よく魔術談義に花を咲かせている。もっとも今回呼ばれたのは「サリュー様の人形」の件だ。
私にしか見えなかった人形。それは確かにサティ嬢の腕にあった。
リーナは私から渡された鱗で、そしてネイトさんはオルヘスタル魔術師長から渡された札のおかげで回収することに成功したのだ。
回収したあとは誰の目にも人形があることがわかってほっとした。回収してもわからなかったら困るもの。
そして人形を回収されたサティ嬢。
彼女は王太子妃であるサリュー様を害そうとした罪で、今は後宮の一部屋に幽閉されている。
本来なら牢屋に入れられるべきなのだろう。しかし、彼女は生き証人でもある。
レイランの術者が王城に直接忍び込んでくるとは思えないが、それでも危険であることに変わりはない。
幽閉された部屋にはオルヘスタル魔術師長が幾重にも術を張り巡らせている。
よほどのことがない限りは指定された人以外入れないそうだ。
「で、これが人形?」
「はい。サリュー王太子妃様に似せた人形です」
「この人形に術がかけられているわけね……」
「まあ、呪いといいますか……」
「呪い……」
カーバニル先生が嫌そうな表情を浮かべる。私はそんなカーバニル先生の脇を肘で突っついた。今は呪いを解くことが最優先だ。
「その、この呪いはオルヘスタル魔術師長には解けるんですよね?」
「時間をかければ、解除は可能です」
「でも一気に解きたい?」
「ええ。できれば。そのために今、この場には我々だけです。好奇心旺盛な部下たちを押し留めたので、できればお願いしたいです」
その言葉に私になんとかしてほしい、という強い意志を感じた。
呪いと聖属性は相性が悪いみたいだし、私で可能ならもちろん協力したい。私はカーバニル先生を見上げる。
「いいわよ。やってみたいんでしょう?」
「うん。もしも、ちゃんと解けるなら……今後も役に立てるでしょう?」
「今後はない方がいいです。こんなことがしょっちゅうあったら大変です」
「リーナの言う通りよ。危険なことは少ないに限る」
それはそう。私は苦笑いを浮かべながら、人形にそっと手を伸ばす。
触れても大丈夫かな?でも、なんとなく……嫌な感じもする。触れずに、このまま聖属性の術式を発動すればいけるだろうか?
深呼吸を一つ。
私は術式を発動した。そう、発動させたのだ。
でもいつもと違って、私の視界は暗転した。
暗い、真っ暗な闇。
真っ暗な闇の中、私は座り込んでいる。どうしてそうなったのか、ここはどこなのか、全く見当がつかない。
ぽそぽそと声が聞こえだす。
小さな、可愛らしい声。声のする方へ視線を向ければ、ふわりと視界が変わった。
明るい。さっきまでと全く違う。
部屋の中、だ。誰かの部屋に私はいる。私の視界なのに、自由には動かせない。なんとも変な感じだ。
『お姉様の瞳は嫌い。髪の色も嫌い。どうして全部持っているの?私はないのに』
鈴のような軽やかな声。それなのに声に温度はなく、冷え冷えとしていた。
声の主の手元には人形。サリュー様の人形は目に布が巻かれている。
『ああ、大好きなお姉様。でも一番大嫌い……私と違って全部持っているから嫌い』
声の主は、サティ嬢だ。これは彼女の視線なのだ。
彼女はずっと願っている。特別になりたい、と。あの方の特別になりたいのだと、願っている。
『お姉様、だから私に返してね。もう十分でしょう?』
ウィズ様は私の大切な番。ふふふと人形を抱きしめながら嬉しそうに笑う声。
これは彼女の、夢――――なのだ。
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