203.それは淡く、仄暗く
女官長がレイティア侯爵とサティ嬢に挨拶をする。
私とリーナは女官として潜り込んでいるので、その挨拶を女官長の後ろで聞いていた。
ぶしつけにならない程度に、サティ嬢を見る。
彼女は金糸の髪を可愛らしく結い上げ、翡翠色の瞳は腕に抱えている人形に向いていた。
豪奢な衣装に華奢な身を包んではいるが、華奢な体では少し不格好にも見える。
あんなに着飾っていたら、たぶん……ものすごく重いはず。
本人が好き好んでしているなら別だけど、アレはきっと侯爵夫妻の趣味だろう。だってちっとも嬉しそうな顔をしていない。
まるで人形のよう――――
そう考えていたら、彼女と目が合った。ほんの一瞬、ただそれだけなのに背筋が寒くなる。
隣にいたリーナが私の異変に気がついて、袖をツンと引っ張った。
リーナに顔を向けると、口が「大丈夫ですか?」と音もなく動く。
私は小さく頷いた。別に何かされたわけではない。ただ、ほんのちょっと目が合っただけ。
レイティア侯爵と女官長の間の話が終わり、サティ嬢が女官長に引き渡される。
後宮は身内といえど、男性がおいそれとは入れる場所ではない。コンラッド様のように、そもそも後宮で育った方は別だけど。
このあとは女官長に引き継がれ、サティ嬢は後宮にいるサリュー様に会う。
腕に抱えた人形を渡すために。
しかしなぜあの人形の目元は布で覆われているのだろう?
誰も疑問に思わないのかな?そもそも同じ馬車に乗っていたレイティア侯爵は何も言わなかったのだろうか?目元を覆った人形を抱えていたら、私だったらどうして?と聞いてしまう。
周りをチラリと伺うが、私のように人形に注目してる人はいない。
リーナにも聞いてみたいけど、この場で話すと目立つだろう。私たちは女官長とサティ嬢のあとをしずしずと着いていくしかなかった。
そして王城を通り抜け、後宮へと向かう。
ぞろぞろと人を引き連れて歩くのは、なんだかすごく大げさなようにも見える。
でも相手は王太子妃、サリュー様の妹。そしてもしかしたら、コンラッド様の妻になるかもしれない相手……となれば、大げさになるのも仕方ない。
だってコンラッド様が自ら会いに行き、そして後宮に招いたのだ。
誰だってそんな風に見る。実際にはサティ嬢から人形を回収して、詳しい話を聞きたいだけだとしても。
でもなんかこう、それだけでないモヤモヤも私の中にある。
上手く言葉にできないのだけど。なぜかモヤモヤする。
そうこうしているうちに後宮の、ウィズ殿下とサリュー様の住む場所に到着した。
サリュー様がまっすぐにサティ嬢を捉えつつ立っている。
その隣に、ウィズ殿下が寄り添うように立っていた。コンラッド様は少し遅れてくる予定だ。実際には影から見ているらしい。何か不審な動きをしたらすぐに対処できるように、とのことだ。
そして今、サリュー様の目は一時的に見えるようになっている。デュシスの鱗に聖属性を入れ、それを渡しているからだ。
さすがに何も見えない状態で対面するのはまずい。そうウィズ殿下に諭され、サリュー様も受け入れてくれた。
ただどのくらい持つかはわからない。試したことがないのが一番の理由だけど……。
それに呪いをかけるのに使われた人形が目の前にある。それがサリュー様にどんな影響を及ぼすか未知数なのだ。
本当はデュシスの鱗に聖属性をいれたものを、たくさん用意できれば良かったんだけどね。
私の体調面を考えて却下されてしまった。
デュシスの鱗には私の意思にかかわらず、たくさん魔力がはいってしまう。最大までいれてようやく止まるわけで……たとえポーションを飲みながらでも、危険と判断された。
「いらっしゃい、サティ」
「お久しぶりです、お姉様。それにウィズ様、お会いしとうございました」
「いらっしゃい、サティ嬢。すまないね、叔父上は少し遅れてくるそうだ」
「いいえ、お姉様とお話ししたいことがたくさんありますもの。大丈夫ですわ」
まるで鈴の音のような声。
姿形にピッタリ、といえばそうなのだけど……なにか、違和感がある。声が、ではない。もっとこう、別の何かだ。
三人は連れだって四阿へと向かう。
女官長に視線で促され、一部を残して私たちは持ち場に戻ることになった。さすがにお客様がお客様だものね。私やリーナの立場ではその場に残ることができない。
ファティシア王国の第一王女としてなら別だけど、今の私は女官のルーでしかないのだ。
隣にいたリーナと顔を見合わせ、頷き合う。
今度はコンラッド様たちと合流しなければいけない。タイミング良く、カティア将軍が私たちの上役にあたる女官に話しかけてくれる。
「すみません、後ろの子たちって手が空いてるかしら?」
「そう、ですね。急ぎの仕事はありませんが……」
「そうしたら、少しお借りできるかしら?」
「かまいませんが、この子たちは新人なので特別なにかできるわけではありませんよ?」
「いいのよ。ちょっと警護に人手を割かれちゃってね。でもこちらも書類仕事があるから……」
そういって将軍はチラリと私たちに視線を向けた。上役の女官は心得たように頷く。
後宮に人を招く、ということは普段よりも警備に人が割かれる。とくに女性の将軍なら女性の部下も多いと思ったのだろう。
それに私の髪の色と将軍の髪の色は同じ色。そのことも上役の女官には決定打となったのだろう。姉妹なら気安く頼める仲なのだと。
「ああ、書類を届けるのに人手がいるんですね」
「そういうことなの。お客様がいらしても、仕事は滞りなく進めないといけないからね」
「承知いたしました。でしたらこの子たちをお使い下さい」
私たちは将軍に引き渡され、そのまま将軍の後ろを無言でついていく。
しばらくして人通りのないところまでくると、将軍は私とリーナに抱きついてきた。
「あーよかった!無事に借りれたわ」
「ちょっとドキドキしましたね」
「そうね。そのぐらいはいるでしょう?っていわれたらどうしようかと思っちゃった」
パチンと片目を閉じて将軍は笑う。
私はそんな将軍を見てちょっと笑ってしまった。きっと私の気持ちをほぐしてくれたのだろう。
私はパチンと両手で頬を叩く。不安なことはたくさんあるけれど、今自分にできることをしなければ!
「さ、お姉様。ひとまず四阿の見える場所にいきましょう!」
「そうね。ま、お姉様がいるから大船に乗った気持ちでいてちょうだい」
「はい!」
元気よく返事をし、リーナと二人また将軍の後ろについていく。
ちょっと遠回りになるわよーと将軍にいわれたが、それも仕方がない。だって他の女官たちに見られるわけにはいかないものね。
まあ将軍が一緒なら、特に何かいわれることもないとは思うけど。
サボってるように見えてしまったら、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになる。それって将軍の名前にも傷が付いてしまうもの。
人目を避けつつ、三人が歓談する四阿が見える場所まで。
そしてようやくたどり着いたとき、目の前ではコンラッド様が姿勢を低くしながら四阿を見ていた。
「コンラッド様……!」
「やあ、いらっしゃい」
「どうですか?」
「今のところ和やかに話しているように見えるね」
「そうですか……」
それなら良かった。少しだけほっとしつつ、私もこっそりと四阿に視線を向ける。
人形はいまだサティ嬢の腕の中。返しに来たのに、まだ渡していないのか……何か理由があるのかしら?
私が首をかしげると、ツンと服を引っ張られる。
引っ張った相手はリーナだ。どうかしたのか?と視線が物語っている。
「あ、あのね。ほら、サティ嬢の腕の中に紅い髪の人形が……サリュー様の人形があるでしょう?」
「え?」
私の言葉にリーナはキョトンとした表情を浮かべた。普段あまり表情筋が動かないリーナにしては珍しい。
「待って、ルティア姫。サティ嬢は人形を抱えているのかい?」
「え?抱えてます、よ?」
「俺の目には……何も持っていないように見える」
思わず大きな声を出しそうになり、将軍が慌てて私の口を手で覆った。いやだって、腕に抱きかかえているじゃない!小さい物ではないし、サリュー様と同じ紅い髪だ。目立たないわけがない。
私は視線を巡らせるけど、みんな首を振る。みんなが嘘をついているとは思えない。
本当に私しか見えていない!?もしや、人形の目を覆っている布も見えていないの!?
なぜ?どうして??疑問符が頭の中をグルグル回っている。
だが次の瞬間――――背筋がゾワリとした。
私は慌てて四阿に視線を向ける。
すると、サティ嬢が立ち上がり、ふらりと体が傾いだ。体が弱いといっていたから、具合でも悪くなったのだろうか?
そんなふうに考えているとキラリと、彼女の手元で何かが光った。その瞬間、隣にいた将軍とコンラッド様が走りだす。
悲鳴が上がった。
ウィズ殿下が、サリュー様をかばいその前に将軍が滑り込む。
まるで蝶のようにひらりと、彼女の身体が踊った。コンラッド様に腕を捕らえられ、こちらに顔が向く。
そして目が、あう。
彼女は淡く、そして仄暗い笑みを浮かべていた。




