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202/218

202.来訪者は穏やかに微笑む

 コンラッド様は私たちの元に来たときから、微妙な表情を浮かべていた。

 一瞬、何か術でもかけられたのだろうか?と心配したけど、そうではないようだ。


「実はその、良い情報と悪い情報があるんです」

「良い情報と、悪い情報……?」


 私は隣に座っていたサリュー様と顔を見合わせる。しかし、私たちの後ろに控えていたカティア将軍だけは盛大に舌打ちをした。

 ビックリして将軍の顔を見上げると、いつも通りの笑顔を向けられる。まるで舌打ちは私の空耳だったのでは?と思うぐらいに。


「えっと……」

「なあんでもないわよ!」

「何でもないって、感じではなかったけどねぇ?」

「良い情報だけを求めているのに、悪い情報まで持ち帰ったのどちらですぅ?」

「それはまあ、我々も最善は尽くしたんだけどね……」

「結果が伴ってないですねぇ」


 コンラッド様に将軍がトゲのある言葉を返す。そんな二人のやりとりに、ぷっとサリュー様が吹きだした。

 この場で吹き出せるのは、サリュー様ぐらいだろう。ネイトさんはコンラッド様の後ろで、両手で顔を覆っている。まあ普通はそうなるよね。私だってドキドキしちゃうもの。


「ふふふ、お二人は仲がよろしいのですね」

「いえいえ、とんでもない!」

「そうですよ。サリュー妃。我々は特に仲は良くないです」


 二人同時に拒否するものだから、どうみても仲良しに見えてしまう。サリュー様は珍しくコロコロと鈴を転がすような笑い声を上げた。

 それは、空元気のような、そうでなような……ちょっと微妙な気分になる。


 本当は、すごく心配なんだと思う。自分のことだけでなく、サティ嬢のことも。

 それにしても、良い情報と悪い情報。それってなんだろう?ネイトさんに視線を向けると、ちょうどネイトさんと視線が合った。


 私が口を挟むと火に油を注ぐような気がするし、ネイトさんにお願いするしかないだろう。

 じっとネイトさんを見ていると、ネイトさんがゴホンゴホンとわざとらしい咳をする。


「あ、ああ……そうだ。ええっと、ひとまず良い情報です」

「ええ、お願いします」


 サリュー様がそういって頷く。後ろから小声で「早くしろー」と将軍が呟いた。その声にまたサリュー様が小さく笑う。

 さすがに今回はコンラッド様も何も言わなかった。ただ後ろにいたネイトさんだけは、将軍に対して凄い表情をして見せたけど。


「良い情報は、サティ嬢が人形を手放すと約束してくれました」

「そう、ですか……」

「ええ。人形は元々、サリュー妃のものだから、と」

「ご本人はどうやら自分の人形が欲しかったようですね。サリュー様のではなく」


 ネイトさんが補足するように伝えると、サリュー様は少し寂しそうな表情を見せた。

 確かにサリュー様もいっていたものね。サリュー様の人形ではなく、自分のものが欲しかったのではないかって。


 人形は高価なもので、作るにも時間がかかる。それなのにどうしてレイティア侯爵夫妻はサティ嬢の人形を作らなかったのだろう?

 聞いた話の限りではサリュー様より、サティ嬢の方が可愛がられているように思える。


 一時的にサリュー様の人形を渡したとしても、改めて作ることは可能なはず。

 どうして作ってあげなかったのかな。満足したって思った?それともサティ嬢がそれ以上何も言わなかったのかな?


「まあ、人形が返ってくるのはよしとしましょう。悪い知らせは?」


 鋭い声で将軍がコンラッド様たちを問い詰める。

 コンラッド様は小さくため息を吐いた。そしていいにくそうに、口を開く。


「その、王城に来ることになった」

「は?」


 圧のかかった、短い言葉。


 一瞬で背筋がぞわっとしてしまう。それぐらいの圧があった。振り向いてはいけない。恐ろしい何かがある。隣に座っているサリュー様もそれを感じ取ったのだろう。私の手をぎゅっと握りしめた。


 その様子を見ていたネイトさんが、慌てて将軍を諫める。


「カティア将軍、圧を押さえてください!」

「うえっ!?あ、ごめんなさい!!」

「なにやってるんです。もう!」


 ネイトさんの声に、空気が軽くなったのを感じた。隣でほっと小さく息を吐く声が聞こえる。将軍はサリュー様に丁寧に謝り、サリュー様も将軍を咎めることはなかった。


「ごめんね、ルーちゃん」

「大丈夫です。ちょっとびっくりしたけど……」

「ほんとにごめんなさい……」


 しょんぼりとした将軍の表情にちょっとだけ笑ってしまう。私の笑い声にサリュー様もつられるように笑い出した。

 将軍がもう一度謝ると、サリュー様はゆるく頭を振る。


「いいのです。(わたくし)のために怒って下さったのでしょう?」

「サリュー妃様、甘やかしてはダメです。将軍が調子に乗ってしまいます」

「そうですよ。将軍は少し、こう、あれなので」


 あれなので、といわれた将軍はコンラッド様に何かを言い返そうとした。しかし、ネイトさんの恨みがましげな声に口を閉じる。


「ええっと、その……話の続きですが、サティ嬢はどうしてもご自分で人形を返したいと仰っているんです」

「人形を、ですか?」

「はい。ずっと預かっていたので、と仰るんですけど……違いますよね?」

「そう、ですね。人形は父がサティに与えた物なので。私が渡したわけではないですし」


 ネイトさんとサリュー様の会話を聞きながら、私は首をかしげた。どうして預けたわけでもないものを預かっていた、なんていうんだろ?

 サリュー様の人形はレイティア侯爵が、サリュー様から取り上げて渡したもの。両親の……自分と姉との態度の違いに、サティ嬢も苦しんでいたのかな?


 でも苦しんでる人が人形を使って呪いをかけたりしないわよね。

 サリュー様に似せた人形だもの。それを使えばどんなことが起こるか、それぐらい想像は付きそうなもの。たとえそれが、おまじないという「呪い」と思えないものでも、故意に人形を使ったのであればそこにあるのは悪意だ。


「サティ嬢ってどんな感じの方だったんですか?」

「大人しい方でしたよ。なんというか、触ると壊れそうな感じの……将軍とは真逆のタイプですね」

「真逆で悪いか!といいたいところだけど、それだとちょっと難しいかもね」

「難しい?」

「ええっと、サリュー様。レイティア侯爵家はサティ嬢に婿を取って継がせる気はあるんですかね?」

「それは、ないですね。サティが子供を産めるかわからないので」


 私はそこで難しい、の意味を理解した。どんなに可愛がられていても、家を継ぐことはできないのだ。家を継ぎたい、と思っているかはわからないけど……レイティア侯爵夫妻の選択肢にはない。


「なんか、それって……」

「期待されていない、と言い換えることが出来ますね」


 ネイトさんの言葉に私は頷く。期待されていない。期待する必要はない。だって貴族の子女に一番求められることを、出来ないかもしれないのだから。


「それをサティ嬢がどう感じているかはわからないけれどね。可愛がられているのは確かだから」

「アレは、可愛がっているというんですかね?」

「ネイトにはそう見えなかったかい?」

「私も子を持つ親ですから……アレは、可愛がっているんじゃないんですよ。愛玩動物と一緒です」

「そうも、見えるかもね」


 コンラッド様は肩を竦め、苦笑いを浮かべる。

 二人は複雑な家族模様を見てきたようだ。端から見れば可愛がられているように見えても、本人にとってそうであるとは限らない。そういうことなのかな?


 サティ嬢の人物像が全くわからない。儚げな少女であり、それでいて姉に呪いをかけているかもしれない人。両親の愛情を独占しているのに、実際にはそうでないかもしれない。


 サリュー様の顔をチラリと盗み見る。

 少し青ざめた表情に、私はサリュー様の手を握ることしか出来なかった。



 ***



 その日はとても晴れていた。


 私は女官の服を着て、彼女を迎える列に紛れ込んでいる。

 目の前には豪奢な馬車。まるで王族でも乗っているかのようだ。ポカンと口を開いていると、一緒に紛れ込んでいたリーナに上着の裾を引っ張られる。


 慌てて口を閉じると、馬車の入り口が開く。

 最初にレイティア侯爵が下り、そして馬車の中に向かって手を差し出す。レイティア侯爵の手に小さな手が添えられ――――


 まるで春の日差しのような、そんな穏やかな微笑みを浮かべて彼女は降り立った。

 その腕に、目を隠した人形を携えて。


気がつけば…1月が過ぎ去っていました。

今年もモブ姉王女をよろしくお願いします!

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