197.労多くして功少なし 2(コンラッド視点)
サリューの父である、ガイスト・レイティア侯爵はソコソコの野心家だ。
小物、と呼ぶには地位があり、だが大っぴらに野心を見せるわけでもない。手を抜くべき場所は抜き、ただ好機を逃さぬようにゆるりと渡り歩いている。ひとまず自分に不利益がなければそれで良し、というタイプなのだろう。
彼の好機は娘のサリューが王太子妃に選ばれたこと。
そしてウィズとサリューの間に次期王太子が生まれ、今、彼は外戚として大手を振って宮中を歩いていられる。
一時期ウィズとサリューの不仲が囁かれ、サリューに対し酷い言葉を投げかけていた男は何ともお気楽なものだ。
所詮政争の駒。実の娘に労りの言葉をかけるよりも、利益を優先する。
そして今度は妹であるサティも同じように駒とするつもりなのだろう。
こちらとしては確認が取りやすくて助かるが、果たして妹の方はどう思っているのか……?
たしか物静かで、内気な娘だと聞いている。そして姉妹で格差があったとも。
俺は執務机越しに立っているガイスト・レイティア侯爵に視線を向けながら、ダラダラと続く話に耳を傾けていた。
「――――でして、その……ぜひ王弟殿下に我が娘サティとお会い頂きたいのです」
「ははは、レイティア侯爵にも話がいっていましたか」
「それはもう!宮中がこの話で持ちきりです。年頃の娘がいる家は皆色めき立ってますよ」
「ちょっと母に話しただけでこれだけ広がるのだから空恐ろしいなあ」
「それだけ王太后様も気を揉まれていらしたのでしょう」
ニコニコと笑い合いながら話を続ける。
まあ、確かに気を揉ませてはいるだろうが……運命の番がいるのに他の相手が目に入るわけがない。
その点も滲ませながら駆け引きをする。
「姉上を見ていると、やはり番には憧れがありますからね」
「陛下のご成婚に関しては、まあ、その……色々ありましたが……」
「でもとても幸せそうだったから。それにウィズと御息女のサリュー嬢もね」
「王太子殿下と妃殿下が仲睦まじくあらせられるのであれば、一臣下として望外の喜びです」
あくまで娘の幸せではなく、臣下として幸せを感じているとはね。相変わらずなのだなあと感じながら、それでいて良く妹のサティも嫁に出す気になったなと考える。
罠、と考えなくもないが現状、侯爵がサリューを呪うメリットがない。この様子だと王家に仇なす気もないだろう。
それよりも娘を二人も王家に嫁がせた父親、としての地位の方が大事に見える。
王家と縁が続けばそれなりに忖度されることも多いだろう。端的に言えば、賄賂。なにか公共事業を始める時に、優先して使ってもらえるようにすり寄る者は多いはず。
十分旨みのある立ち位置なのだ。ガイスト・レイティア侯爵の立場は。
「そういえば……以前、妹君はお体が弱いと耳にした気がしますが?」
「あ、え、ええ……そうですね。幼い頃はよく熱を出していましたが、今はだいぶ丈夫になったのですよ」
「そうでしたか」
「ええ。きっとサリューに似せて作った人形が役に立ったのでしょう」
「サリュー嬢に似せて作った人形を……妹君が持っているのですか?本来はサリュー嬢の魔除けのための物でしょう?」
「そのつもりで作って、サリューも気に入っていたんですが……サティが気に入りましてね」
「妹君のは作られなかったのですか?」
「サリューの物が良いというので。それにサリューも人形遊びをする歳でもありませんでしたし」
侯爵はあっさりと言ってのける。丁度、王太子妃教育も始まった頃だったので、手放すタイミングも良かったのだと。
その言葉に、俺は内心で呆れていた。
サリューに似せた人形。侯爵家が造らせたのだ。いくらなんでも安物なんぞ作りようがない。
それは精巧な人形だったことだろう。魔除けの意味を込めて娘に贈った物ではなかったのだろうか?それをもう人形遊びする歳ではないからと妹に譲らせた、とは……
精巧な作りの人形は、他者の手に渡れば呪いの触媒にもなる。
侯爵ともあろう者がそれを知らないとはいわせない。それとも、それ程までにサリューに興味がないのだろうか?
「……まあ、察して余りあるな」
「は?なにか??」
「いや。それで、その人形は妹君がお持ちなのかな?」
「ええ。今も大事にしております。時折、人形相手に遊んでいるようです」
「そうですか」
「少々、幼いところもありますが……大変美しい娘でして、王弟殿下のお目に叶うと思うのです」
サリューには人形遊びなんぞする歳ではない、と取り上げておいて妹のサティにはそのままとは。後妻が産んだ娘ばかりを可愛がっているという話は本当のようだ。
だがこれで、サリューの呪いの元がわかった。サリューに似せた人形があるのなら、それが呪いに使われているはず。
サリューの為に造らせた人形だ。これほど呪いに適した物はない。
レイランの術者がそれとわからないように呪いに使っているのだろうか?実際に物を見てみない限り判断がつかず、俺はどうするべきか考えを巡らせる。
「侯爵、貴方の申し出は嬉しいのだが……生憎と、見合いの順番待ちが発生していてね」
「王弟殿下の人気は高うございますからね」
「だが、話を持ってきてもらって会わないのも失礼だと思っている。なにせサリュー嬢の妹君だしね」
「でしたら、妃殿下の話し相手として、ぜひともサティを後宮へ召し上げていただけないでしょうか?」
「後宮へ?」
「ええ。それでしたら、お時間の空いた時に尋ねていただければよろしいかと」
名案だ!とでも言うようにパン、と手を叩いて俺に告げる。確かに一理あるな、と思ったがすぐに考え直す。
もしも妹のサティが姉であるサリューを呪っていたら?呪いの影響が強くなる可能性や、それにサリューの目の状態はレイティア侯爵家にも伏せられている。
サリュー本人もだが、ウィズが絶対に知らせるなと箝口令を敷いたのだ。
人形を持参しない可能性もあるし……それにサリューを危険な目に合わせたら、ウィズが黙ってはいないだろう。
下手すればレイティア侯爵家に連なる者たちを皆滅ぼしてしまうかもしれない。
そしてその怒りは俺にも向くだろう。余計な者を引き入れた張本人として。番を害される、と言うことはそれだけ大事なのだ。
最悪の事態を想像し、俺はゆっくりと頭を左右に振った。
「魅力的な提案だが、急な環境の変化で妹君に何かあっては申し訳ない」
「ですが……」
「だから、手が空き次第、俺が直接侯爵家へ行かせてもらおう」
「我が家へ、ですか?」
「もちろん先ぶれは出すよ?」
「それは、まあ……」
「それに妹君もその方が安心して会えるのではないかな?」
侯爵は暫し考え込んでいたが、すぐに笑顔を俺に向ける。
他の令嬢は王宮に呼び出され、自分の娘はわざわざ会いに来るのだ。それだけ王家から丁寧な扱いをされている、というところに旨みを感じたのだろう。
あわよくば――――と、笑顔の裏で色々画策しているに違いない。
出されるものには気をつけねばならないな、と考えながら俺は上機嫌な侯爵の後ろ姿を見送り、扉が完全に閉まるのを待ってから深いため息を吐いた。
「――――リトゥル、どう思う?」
「完全に妹君をコンラッド様に嫁がせる気でいますね」
「そういえば……もう家を継ぐのは妹しかいなかったな。それなのに嫁がせるつもりなのか」
「まあ一族から誰か継がせれば良いだけですし、それに家を継ぐ才覚がなければ仕方ないですよ」
能力があれば男女問わず、家を継ぐことはできる。だが、妹のサティにその才覚はないのだろう。
王家の外戚。その立ち位置を家として保っていたいのなら、娘婿よりも一族から養子を迎えた方が確実だ。
「しかし良かった。ようやくかかってくれた……!」
「良かったですねえ。努力が実って」
「本当に……本当にもう、勘弁してほしい。癒しがほしい!!」
「癒しの前に、本日のお見合い相手にお会い頂く方が先ですけどね」
リトゥルの言葉に、もう会わなくて良いのでは?とは流石に言えなかった。呪いの元となり得る人形があることは分かったが、思いの外、令嬢たちの間で「おまじない」が流行っているのだ。
おまじないの種類は様々。ただどのおまじないも、意中の相手を振り向かせたい。
婚約者がいるならば不仲になればいいと言うようなものばかり。
ウィズの婚約者候補として名が上がっていた令嬢たちからすれば、サリューは突然現れその場所を奪った存在。
婚約者時代に不仲説が流れたこともあり、子供が生まれた今もその立ち位置は盤石なものではない。
ちょっとした嫌がらせ、そう考える令嬢がどれほどいるだろう?
レイランの術者が捕まえられれば、そのまじないがどんな意味を持っていたのかわかる。そうすれば話を聞いた令嬢たちを集めて「おまじない」をした者を特定すればいい。
罰を与えない、とでもいえば簡単に口を割るだろう。
彼女たちだって本気でサリューを害しようと思ったわけでは無いだろうし。もし本気で害しようと思ったとしても、命は惜しいはず。
「さて、もう一踏ん張りですよ」
「そうだな……」
リトゥルに促され、俺は本日の見合い相手の釣書に目を通すことにした。
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