196.労多くして功少なし 1(コンラッド視点)
「――――コンラッド様、大丈夫ですか?」
そう言って声をかけてきたのは、従者のリトゥル・スタッドだった。俺は執務室の椅子に深く腰掛け、頭を後ろに逸らす。
リトゥルは苦笑いを浮かべながら茶の用意をしてくれた。
それを一口、口に含む。サッパリとした味に、一気に疲れがでた。
正直、見合い中の茶や菓子の味なんてさっぱりわからない。それぐらい疲れた。
レイティア侯爵家に入る口実を作るため、母上に止めてもらっていた見合い話を再開したわけだが……
必要な家からではなく、関係ない家から話がどっさりと舞い込んできた。
しかしまさか、レイティア侯爵家じゃないからと言って見合いをしないわけにもいかない。再開する、と言ったからには全員と会うのが誠意というもの。そう言われてしまうとぐうの音もでない。
この五年、ルティア姫が大きくなるまでは、と避け続けていたのが不味かったのだろう。
どの家も年齢厭わず申し込んでくる。
「はあ……癒しがほしい」
「とは言われましても、姫君は色々お忙しいようですしね」
「それはまあ、そうなんだけどな。それに、他の令嬢と話しているところを見られるのも嫌だ」
「なかなか複雑なのですね」
「そうだ。複雑なんだよ」
できればルティア姫とずっと話していたい。クルクル変わる表情も、元気よく飛び跳ねる姿も、それでいて「ちゃんとレディなんですよ!」と頬を膨らませる仕草も全てが愛おしいのだ。
だが如何せん歳が離れている。たとえ番であっても、それはこの国の事情。
今の時代、番同士が一緒になれる率は極端に下がっていた。姉上や、義兄のようにハッキリと感じ取れる方が珍しい。
だからこそウィズはあんなにも愛情を傾けているのに、サリューが番であると気が付かないのだ。
けれど周りからすると、母親がわかったのだから息子であるウィズもわかるのだろう。と勝手に思われている。
サリューが番だと言わない限り、この疑惑はずっとサリューの周りに燻り続けるだろう。
いずれ捨てられる、王太子妃――――と。
俺でもわかったのだから、ウィズも早く気が付いてほしい。サリューに気が付け、と言うのは難しい話だし。
あの子は自己肯定感が低すぎる。
俺は深いため息を吐き、もう一度茶を口にした。
「俺も……番だと素直に言えたら良いが、それであの子の将来を縛りたいわけではないんだ」
「コンラッド様の方が年上ですしね。年上の余裕も大事ですよ」
「余裕ね……」
「そうですとも。姫君が素敵なレディになられた頃には、大人の魅力で魅了してみては?」
「その前に別の相手ができたら?」
「……それは縁がなかった、と諦めてください」
「番なのに?」
「番でも、ですよ。相手の幸せを願うのもまた愛情です」
リトゥルに諭され、俺は小さく頷く。確かにその通りだ。
もちろん、俺自身を選んでくれればそれに越したことはない。だがルティア姫はファティシアの姫だ。彼女の結婚は政略で選ばれる可能性が高いだろう。
その時の相手として、俺を選んでもらえるかは微妙である。
アイザック陛下はルティア姫を他国に嫁がせる気はなさそうだし。そうなると国内の貴族の中から選ぶ可能性の方が高い。
たとえ政略でなかったとしても、ルティア姫の性格をわかっていて受け入れてくれる相手に嫁がせるだろう。
今回も一緒に来ているシャンテ君とか……リーン君や、ジル君もいる。
年上の、他国の王弟では分が悪いのだ。
「縁、か……」
「あとは姫君ご自身が、コンラッド様を好いてくだされば良いのですけどね」
「それ……一番難しくないか?」
「そうでしょうか?」
「良くて親戚のお兄様ぐらいにしか思われてなさそうだ」
肩をすくめながら、俺は机の上に積まれた釣書に手を伸ばした。
***
見合いを解禁してから、毎日のように――――それこそ午前と午後とで見合いをしている。
長い歴史があればこそ、上位貴族も多い。そして、王家で子供が産まれると大体それに合わせたように子供を作る。
俺とウィズの歳が近いこともあって、令嬢の数もそれなりにいるのだ。
「見合いの毎日で、正直そろそろ本命にかかってほしい……!」
「今日もお疲れですねぇ」
「同じ家の娘ならわけずに一度で来てくれても良いと思わないか?一昨日は姉、今日は午前中が妹に午後はその子の従姉妹なんだぞ?」
本命がかからないのもあるが、呪いの元がレイティア侯爵家だけでない可能性もある。
それ故に令嬢たちに「最近流行りのまじないはないか?」と、聞いたりする必要もあって尚更疲れるのだ。
令嬢たちは流行りに敏感だし、恋のおまじないなんてものがあれば飛びつく可能性がある。
誰だって好きな相手と結ばれたい。番という者がある国だからこそ、自分が王族の番であってほしいとそう言ったものに手を出すのだ。
そもそも呪いを呪いとして広めるのは難しい。
王族を呪うということは、国家反逆の意思あり。と受け取られてもおかしくない行為。
そうなればその罪は一族全体に及ぶ。そんなものに令嬢たちが軽率に手を出すとは思えない。
これがトラット帝国であったなら、後宮内で他者を蹴落とすためにあってもおかしくないが……
生憎とラステア国はトラット帝国と戦争をした以外、争いはここ二百年ほど起きていない。
一枚岩だとは思わないが、それでも王家に反旗を翻してまで自分が王になろうという者は現れないのだ。
安定した治世というのは誰しも望むもの。下手に戦争に巻き込まれて家族を失うより、平穏を望む者の方が多いのだろう。
ま、大らかな気質もあるのだろうが。だからこそ、呪いを呪いとして広げるのは難しいのだ。
しかし呪いを「おまじない」として広げることはできる。恋のおまじないなんて、いかにも年頃の令嬢たちが好きそうだ。
レイランの術者はその辺の扱いが上手いみたいだし、それに入念に下調べをしながら事を起こしている。
シュゲール・ハッサンの件も調べていくと不自然な点が幾つも出てきた。
最初の父親の事故は、本当に事故だったのだろう。
これは当時を覚えている者に聞いて確認が取れている。しかし父親が介護者と問題を起こした件は、不審な点が多いのだ。
両者とも「どうしてあんなことを言ってしまったのかわからない」と発言している。
足の怪我で思うように動けない苛立ち。息子の夢を絶たせてしまった罪悪感。それが急に湧き上がってきたらしいのだ。それで介護者に八つ当たりをしたと。
介護者も、最初は普通に接していた。だがふとした拍子に、自分の言うことを聞かない相手に苛立ったのだと言っている。
そこから両者とも口論になり、結果として厄介な怪我人の評価がシュゲール・ハッサンの父親だけに下された。
そうなるとその評価を覆すのは難しい。何人もの介護者が口を揃えて厄介だと言うのだから。
かくしてシュゲール・ハッサンは通常の倍以上の金を出さねば人を雇えず、それはいつしか焦りへと変わっていったことだろう。
父親の介護をする者がいない。代わりに自分が面倒を見ることもできないのだ。
金がなければ生活は立ち行かない。仕事を辞め、父親の面倒を見ると言うことはそう言うことだ。
凄まじいプレッシャーだっただろう。だからこそ、シュゲール・ハッサンは他の殺された憲兵たちと違って余計な金は使わなかった。いつ何時、何が起こるかわからないから。
もっと介護に金がかかるかもしれない、と。
帰らぬ息子、そして尋ねて来た役人。そこからシュゲール・ハッサンの父親は息子が何かしたと察したのだろう。
自らの命を差し出すから、どうか減刑してくれと訴えてきた。
自分が悪いのだと訴える父親を見て胸が痛んだ。
シュゲール・ハッサンが貰っていた手当なら、人を雇っても二人で十分暮らしていける。それをレイランの術者が実験と称して奪ったのだ。
今も、この国のどこかで息を潜めて実験をしている。
それが腹立たしい。
椅子に座り直し、俺は手元の釣書に目を通す。
「まだ、こないか……」
「なかなかきませんね」
「他の家の出方を見ているのか、それとも別の思惑があるのか……」
リトゥルも難しい表情を浮かべながら、釣書を整理していく。
「餌が上等すぎたんでしょうねえ」
「上等……?それなら早くかかってほしいね」
「まあ、野心がないわけではないでしょうし……もう少し待たれては?」
「その前にストレスで胃に穴が開きそうだ」
俺がそう言うと、リトゥルは苦笑いを浮かべながらポーションを出してきた。いや、まだ開いてないが!?
「さて、午後ももう一踏ん張りしてきてください」
「行きたくないな……」
そんな会話をしていると、執務室の扉を叩く音がした。
入室を許可すると、そこに立っていたのは――――
「釣れた」
ポツリと呟いた言葉は、リトゥルの咳払いにかき消された。




