193.騙し合いと駆け引きと 2
シュゲール・ハッサンの上に置かれた鱗。それは強い光から徐々に淡いものへと変わっていく。
苦しそうに青ざめていた顔色も徐々に頬に赤みがさしてきた。
これは成功したと思って良いのだろうか?私自身がこの場で力を使わなくてすむように、カーバニル先生がネイトさんに持たせてくれた鱗。
デュシスの鱗には聖属性の力がはいる。だけどこの鱗がどこまで呪いに作用するかはわからない。
私がウィズ殿下の呪いを解いたように完全に解けるのか?検証するには呪いにかかった人がいないといけないし、でもそんな人はいない方がいい。
それにサリュー様の呪いは私では解けなかった。
ドキドキしながらシュゲール・ハッサンの上に置かれた鱗を見る。淡い光を放っていた鱗は徐々にその光を小さくし、最後にパキッと音を立てて二つに破れてしまった。
呪いが解ければ破れる。そう聞いているけど、実際に使ったのはこれが初めて。
いや、王城で私が持っていた鱗が破れたけどアレは呪いを退けたことになるのだろうか??
「なるほど。確かに破れましたね」
「これで、大丈夫なはずです」
シュルツ卿の言葉に、ポツリとネイトさんがこぼす。でも本当に大丈夫かはまだわからない。シュゲール・ハッサンの顔色は見違えるほど良くなってはいるけども。
カティア将軍は事前に呼んでいたお医者様を部屋に招き入れ、シュゲール・ハッサンのようすを見てもらう。
お医者様は手首をとり脈を確かめる。そして次は目を開かせ瞳孔を確認した。その他様々にシュゲール・ハッサンの体調を手際よく確認していく。
「脈も、呼吸も安定しています。このようすなら暫くすれば目を覚ますでしょう」
「そう、ありがとう。代金は家令からもらってちょうだい」
「承知しました」
「また何かあったら呼ぶわ」
「はい」
お医者様は頭を下げるとそのまま部屋を出ていく。その後ろ姿を見送り、私はホッと胸を撫で下ろした。
鱗はきちんと作用したようだ。これならシュルツ卿との交渉の材料になるだろう。
ただどの程度の呪いを防げて、破れてしまうのかは検証が必要だろうけど。
私はマジマジとシュゲール・ハッサンの顔を見る。
「これで、本当に大丈夫……ってことですよね?」
「お医者様の見立てがあっているならね。でも顔色もだいぶ良くなったし、これなら叩き起こしても大丈夫かしら?」
「いけるんじゃないですか?」
「そうよねぇ」
将軍の物騒な発言にいつもは止めているはずのネイトさんも賛同する。私は思わずコンラッド様の顔を見上げたが、コンラッド様もなんでもないように頷いた。
え、どうして!?一応、怪我人?だったのよね??私がおかしいの!?
何か言わなきゃ、と口を開こうとしたとき後ろかポンポンと肩を叩かれる。振り向けばシュルツ卿が口元に人差し指を当てていた。
止めてはダメということ?どうして??
頭の中に疑問符だけが浮かんでいる。しかしそんな私をよそに、将軍はシュゲール・ハッサンを叩き起こした。
文字通り思いっきりお腹に拳を叩き込んだのだ。
「うっ……ゲホッゴホッ……」
「お目覚めの気分はいかがかしらぁ?」
「あ、アンタは……」
「良かったわね。貴方、二度救われたのよ?国に仇為した存在で」
普段の将軍からは想像できないくらい鋭く冷たい声。
シュルツ卿が止めてはダメといった意味がよくわかった。シュゲール・ハッサンは国賊になってしまったのだ。本人は商業ギルドの人と一緒に貧民街の人たちからお金を巻きあげただけだと思っているだろうけど……
王城内に、危険な物を持ち込んだ。たとえ本人にそのつもりがなくとも、レイランの術者に手を貸したことになる。
「なぜ、なぜ俺は……生きてる……」
「悪運が強かったみたいね。そこのいけ好かない男が貴方を助けたの」
そういって将軍は私の後ろに立っているシュルツ卿に視線を向けた。シュゲール・ハッサンはそこでようやく、部屋の中にいるのが将軍とネイトさんだけでないことに気がついたようだ。
そして視線を彷徨わせ、ある一点で止まる。
「王弟、殿下……」
「俺も聞きたいな。民を守るべき者が私欲にまみれ、その上呪いに手を貸した」
「呪い……?」
「そうだ。お前が王城に持ち込んだ物は誰に渡された?」
「お、俺は……呪いなんてものは知らない!何も知らない!!」
シュゲール・ハッサンは呪いなんて知らない!自分はハメられたのだと繰り返した。
だけどどう言い繕っても、罪を犯した事実は消えない。その行動が呪いの影響だったとしても、だ。
でも自分の意思でしたのと違う。心の隙間を狙われたのだ。だから、どうしても気の毒に思えてしまう。
できればもう少し体力が回復してから、尋問はできないのだろうか?犯した罪を消すことはできなくても、これ以上シュゲール・ハッサンが罪を犯すことはない。
せめてもう少し優しい尋問をしてあげた方が……だけどシュゲール・ハッサンに同情するような人はここにはいなかった。
その証拠に私が何かを言う前に、シュルツ卿は私の口を自らの手で覆ったのだから。この件に関しては私も、シュルツ卿も口を挟んではいけないのだ。
だからこその行動だろう。
「生憎と、知らないですめば法律は存在しないんですよ?命長らえたのなら、貴方を殺そうとした男を教えなさい」
でなければ、貴方が生きていることを公表します。と、ネイトさんは静かに、とても静かに告げた。それは死刑宣告にも近い。
言われた本人もそれに気がついたのか、顔から血の気が失せる。そしてコンラッド様に縋りついた。
「お、お願いです!俺が知っていることは全て話す!!呪いは俺のせいじゃない。全部アイツが悪いんだ!!アイツは、あの男は……レイティア侯爵邸にいる!!」
「ちょっと!口から出まかせを言ったら呪いよりも先にアンタの首を飛ばすわよ!!」
「嘘じゃない!嘘じゃない……あの男の後をつけたことがある。そのとき確かにレイティア侯爵邸に入っていったんだ!!」
それは一瞬の出来事だった。
コンラッド様に縋りついていたシュゲール・ハッサンは将軍に襟首を掴まれ、ベッドの中に戻される。そして将軍はシュゲール・ハッサンの腹の上に膝をつき、その首元に剣を突きつけた。
たぶん、コンラッド様が止めなかったらシュゲール・ハッサンの首は刎ねられていただろう。それぐらい失礼なことを口にしたのだ。
だって――――レイティア侯爵家は……サリュー様の生家、なのだから。
***
結局、それ以上のことをシュゲール・ハッサンから聞き出すことはできなかった。あまりの恐怖にシュゲール・ハッサンが気を失ってしまったからだ。
だってものすごい怒気だったもの。私だって後ろにシュルツ卿がいなければ泣いていたかもしれない。
この一点だけはシュルツ卿に感謝している。
私たちは別の部屋に移り、シュゲール・ハッサンはこのままレイランの術者が捕まるまでカティア家の預かりとなった。
「さて、シュゲール・ハッサンは真実を話したんでしょうか?」
ネイトさんがシュルツ卿に尋ねる。シュルツ卿は、何も言わず微笑むだけだった。でもそれで十分だったみたい。
コンラッド様も将軍も眉間に皺をよせ深いため息を吐いている。
「でも、その……レイティア侯爵家はサリュー様の生家でしょう?侯爵家の中でも優位に立てる立場じゃないの?」
「いい質問ですね。確かにレイティア侯爵家は同じ侯爵家の中でも頭一つ飛び抜けてると言っていいでしょう」
「そうよね。でもそれならなぜ?」
「そちらの方が仰っていたでしょう?心の隙間に囁くのが得意なのだと」
「つまりレイティア侯爵家は野心があると言うこと?」
「さて、そこまで言っていいかどうか。現在、サリュー様とウィズ様の間にはお子様が産まれています。そして今後もウィズ様の寵愛はサリュー様にのみ注がれるでしょうし……」
そうしたら、外戚としてある程度の権力を得られるのではなかろうか?うちでいうフィルタード家のようなものだもの。
ライルが王位に就いたら、権力を握れると思っているはず。
ウィズ殿下の寵愛がサリュー様にのみ注がれるなら、他に子供ができるわけないし。確実に二人の間の子供が王位に就く。
「こちらの後宮は正妃以外はいないんでしたっけ……?ではその正妃が亡くなった場合は?」
「もしもサリュー様が儚くなったとしても、ウィズ様はどなたも娶らないでしょうね。番とはそういうものですし」
「王家としてそれはどうなんだろうか?」
「現実問題として、後継となるお子様がいらっしゃいます。それにもしも、そのお子様に何かあったとしても……こちらのお方がおられますからね」
シュルツ卿の質問にネイトさんはコンラッド様へと視線をうつす。コンラッド様はその視線に苦笑いを浮かべた。
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