192.騙し合いと駆け引きと 1
情報の対価、それは呪いに対抗しうる道具の譲渡。
その言葉に一瞬だけ、コンラッド様が息を飲む。それもそうだろう。対価として譲渡できるものが有ると、知られているのだから。
勿論カマをかけている可能性もある。でもシュルツ卿は自信があるからいったのだ。
自分が得た情報から必要なものを精査し、点と点を繋ぎ合わせ構築していく。
五年前のウィズ殿下のときも、私がこの国にいたことを突き止めているのだろう。
そしてレストアでの出来事。
私が聖属性を使えること、そして呪いに対抗する手段になり得ると――――
すごく、頭の切れる人なのだろう。
さすがレナルド殿下の側近というべきなのか、それともそういう人材をレナルド殿下自身が集めたのか。どちらかわからないが、そう簡単に諦めるとも思えない。
「道具、か……」
「あの男は偶然であると思っているようですが、僕はそうは思いません」
「レイランの術者の考えの方が正しいかもしれないぞ?」
「それはないでしょう」
「随分と自信があるんだな」
コンラッド様とシュルツ卿の駆け引きをハラハラしながら見守る。私が下手に口を出せばボロがでるもの。
それにしてもシュルツ卿が呪いに対抗しうる道具を欲しがるなんて……
レナルド殿下のためかな。呪いという目に見えない脅威に対抗する手段。トラットの後宮内で蔓延してるのであれば、レナルド殿下の身を守るために必要だろう。
物理的な攻撃には強くても、見えない力には対抗しようがないものね。
その道具になり得そうなのが、デュシスの鱗なのだけど……正確には鱗に聖属性の力を注いだもの。
でも本当に対抗しうる道具なのかはわからない。カーバニル先生じゃないけど、実証実験をして初めてわかることだ。
ただシュゲール・ハッサンが私に罪を擦りつけるために呪いの道具を使っていたなら……
聖属性の力は完全に呪いに対抗しうる力となる。
思い返せばシュゲール・ハッサンと対峙したときに嫌な感じがした。単純に緊張していたからかな?と思っていたけど、あれはそうではなかったのかもしれない。
私だけが感じたことだから確証が持てないのが難点だけど。
一応、ウィズ殿下という前例もあるし。サリュー様が治らないのは複数の人から呪いをかけられているからだと思えば、一度で治せないのも納得できる。
でもどうしてかしら?サリュー様の呪いだけはなんとなく腑に落ちない。
複数の人から呪われていたら、もっと影響が強く出ないだろうか?目が見えないというだけで、他に支障はないと聞いている。ウィズ殿下に心配させたくないからと、黙っている可能性も捨てきれないけど。
ただそうなると、サリュー様のあの言葉が気になる。
『わたくしにはわたくしのやるべきことがある』
サリュー様のやるべきこととはなんだろう?それは呪いを身に受けてまでもやらなければいけないことなのか?
呪いを解いてからやるのじゃダメなのかな。
自分が番でないと思っているからだろうか?
私は番がどれほど運命的な相手であっても、一番大事なのはお互いに思い合っていることじゃないのかなって思うけど……
こればかりは価値観の違いだし、いくら周りが大丈夫だといったところで本人が納得しなければ意味がない。
サリュー様には、そういってくれる相手がいなかったのかな。大丈夫だよって、味方になってくれる相手。
そもそもウィズ殿下がサリュー様に「君が僕の番だよ」って教えてあげたら解決するんじゃない?
あ、でもその前にウィズ殿下に自覚してもらう必要があるのかな。ウィズ殿下に教えるのはダメなの??
考えていくうちに徐々にわからなくなってきた。助けたいのに助けられないもどかしさ。
秘密を守りつつ、全方位上手い具合になんとかなる方法なんてそもそもあるのかしら?
どこか妥協しなければいけない部分がでてくるんじゃないかな。ただその妥協点の見極めが難しいのだけど。
「君の情報は絶対に正しいといえるかな?」
「疑われる気持ちもわかりますが、今のままでは王太子妃の命はそう長く持ちませんよ?」
「どうしてわかる?」
「僕が持っている情報からそう判断していますが?」
話し合いは平行線だ。どんなに駆け引きをしようとも、今のままではお互いの目的は達成できない。
ここで私が勝手に鱗を渡すことを了承することもできないし……そんなことを考えていると、バン!と扉が開いた。
ビックリして思わず体が跳ねる。
部屋に飛び込んできたのはカティア将軍と龍騎士隊の人。
「殿下、やられました」
「どうした?」
「残りの憲兵が死にました」
「それと、シュゲール・ハッサンの様子がおかしいの」
「様子がおかしい、とは?」
コンラッド様の問いに、将軍は苦しんでいるとだけいった。死にかけていたところをシュルツ卿が助けて、カティア家へ連れてきた。その時点でポーションを飲ませているはず。ではなぜ苦しむ必要があるのか?
「おや、気が付いたようですね」
「どういう意味?」
「簡単なことです。殺した相手を回収させに行ったらいなかったから、でしょうね」
シュゲール・ハッサンの部下たちに彼の遺体を発見させ、工作するつもりだったのだろう。
自殺か、事故か、それはわからないが犯人が見つかれば捜査はそこで終了する。そのために部下たちは現場に向かった。
だが現場には血溜まりはあれど、死体はない。そしてシュゲール・ハッサンが死んだという報告もない。
だからこそ、レイランの術者は残りの憲兵を殺した。もし運良く生きていたのなら、部下たちを材料にした呪いで死ぬように。シュルツ卿はそう断言した。
このままシュゲール・ハッサンを死なせれば、今までの事件は闇に葬られてしまう。
それでもシュルツ卿は焦ることなく言い放つ。
「他にも手駒になる者はいます。尻尾程度は幾らでも切り捨てますよ」
「他にも、ね……」
「残念ながら自己の利益を優先する人間はどこの国にもいますからね」
それは自分の国の話なのか、それともたくさんの国を見てきた所感なのか。ただ今のままでは、シュゲール・ハッサンの命が危ぶまれるのは確かだ。
何もせず手をこまねいているだけでは何も変わらない。そんなとき、ネイトさんが手を上げた。
「ええと、もうこの際、仕方ありませんので道具を使われてはどうでしょう?」
「道具を、か……」
「二つ、預かってきてます。そのうちの一つをシュゲール・ハッサンに使いましょう。呪いを完全に消せるかは記録が少なすぎますからね」
ネイトさんはそういうと、懐から加工された鱗を二つ取り出して見せる。パッと見た感じでは鱗には見えない。
これならデュシスの鱗だとわからないかも。そのことに少しだけホッとする。
だってもしも戦争になったとき、龍の鱗が使えるからと乱獲されたら困るもの。コンラッド様はその鱗を見てから、将軍へ部屋に案内するようにいう。
「見捨てたところで惜しい命ではないけど?」
「それでも見捨てるわけにはいかない。それにこの道具が呪いへの対抗手段となるかの実証実験は必要だろう?」
「殿下が仰るなら、まあ……それにうちで死なれても迷惑ですし?」
「実験結果を伝えて改良するのも大事ですからね。なんせ古の術ですし」
将軍とコンラッド様の言葉に追加でネイトさんが付け加える。そのおかげで昔からラステアに伝わる道具、という認識にすり替わった……と思う。
チラリとシュルツ卿の表情を見る。その顔に変化はない。きっと彼もこれ以上の話し合いは無意味だとわかっているのだ。
必要なのは道具の確保であって、誰が作ったかは重要ではないはず。
ひとまず、シュゲール・ハッサンがいる部屋にみんなで移動する。
カティア家はどの部屋も明るいのだが、なぜか部屋の中が薄暗く息がつまる感じがした。
ネイトさんは鱗を一つ、将軍に手渡す。手渡された鱗をシュゲール・ハッサンの胸の上に置くと、鱗がパッと光を放った。
今までにない状況に私は慌ててネイトさんを見る。
「ええと、預かったときに呪いがかけられていれば光ると。そしてその光が収束すれば治るらしい、です」
「治るらしい、ですか……曖昧なんですね」
「古の術は我が国でも使える者が限られますからねぇ」
「なるほど?」
ネイトさんの言葉にシュルツ卿は意味深長に笑みを浮かべた。




