191.来訪者 5
シュルツ卿は決定的なことはいわない。
きっと私がいいだすのを待っているのだ。どうして知っているの?と一言でもいえば、私が聖属性を使えることが決定的になる。たとえトラット帝国の皇帝陛下とレナルド殿下の思惑が違ったとしても危険なことに変わりはない。
知っていて、決定打になりそうな発言を待つ。それに引っかかって不用意な発言をした方が負けなのだ。
今この場に、カーバニル先生がいなくて良かった。気心知れる人が多いほど、私はうっかりと話してしまうだろう。落ち着いて、相手の空気に飲まれないようにしなければいけない。
話術、というのも淑女教育の一つ。たとえ顔に出ていたとしても言質を取られなければ、シュルツ卿は何もいえないはず。
疑いがあっても、今この場でどうこうすることはできないのだ。だから堂々としてなければいけない。
「シュルツ卿、呪いに対抗する術があると……そのラステアの術者は突き止めたのかしら?」
「さてどうでしょう?ただ奴の行動から、その術は万全ではないことはわかります」
「万全ではない?」
「その術を知っている者があまりにも少ない。いや、ほぼいないといって良い」
それはそうだ。ウィズ殿下が治ったのは、私が偶然ラステアに来ることになったから。
私が治したことを知っているのは、ランカナ様、ウィズ殿下、そしてサリュー様。魔術師長であるオルヘスタル様は、そういった術があるとだけ伝えて詳しいことはランカナ様が秘匿してくれていた。
だが今は、コンラッド様もオルヘスタル様も知っている。これはサリュー様の呪いを解く方法を探すため。
あと知っているのは……アリシアとシャンテぐらいかしら?みんな他言することはないだろう。それに念のため、みんな秘匿するための宣誓書にサインをしている。
この宣誓書には魔術式が組み込まれていて、サインをするとうっかり話してしまわないようになるのだ。できることなら私もサインしたいけど、私の秘密に対する宣誓書だからあまり効果がない。
たとえサインしたとしても、自分のことだから私がどうしても話したいと思えば話してしまえる。
「じゃあ、その術者は……万全ではないからサリュー様に呪いをかけたの?」
「でしょうね。これは推測ですが、前回は偶然破られたと思っている可能性が高いでしょう」
「それはどうして?」
「あの男はこの国でも実験を繰り返しています。それなのに術を破られない。ならば、偶然だったと片付けるのも頷けます」
「この国でも実験をしているの!?」
「商業ギルドの男や、憲兵たちが良い例でしょうね」
唆したからといって必ずしも引っかかるわけではない。逆に怪しまれる可能性だってある、とシュルツ卿は話す。
「真面目な男だった、と聞いている。つまり真面目な男すらも、術にかかれば悪事に手を染めるということか」
「そうですね。悪事に手を染めるように誘導するのが上手いんですよ」
コンラッド様の言葉にシュルツ卿は頷いた。
「そして悪事に染まりそうにない者を……そうなるようにするのも好きなんです」
「どういう意味?」
「あの憲兵隊長さんには、足の不自由な親御さんがいるんですよ。親一人子一人、しかも体が悪い。昔気質の職人で、口煩い」
「それが誘いにのる理由になるの?」
「自分がいない間、人に見ていてもらうにはお金が掛かりますからね。気難しければなおさら」
「それでお金が必要だったのね……」
自分の大事な親であれば見捨てることなんてできない。どの程度不自由なのかはわからないが、介助者が必要なのであれば毎日のようにお金はかかるだろう。
人の心の弱いところに付け込むだなんて酷いやり方だ。
「偶然だと思いますか?」
「え?」
「偶然、そんな人物が憲兵隊長になったと思いますか?」
「それって……」
「彼の部下は皆、悪事に手を染めています。それも偶然だと思いますか?」
「わざと、集めたの?」
「これが実験なんですよ」
いずれ誰かが不審に思う。そして、真面目な者ほど気がつくのが早い。自分がしたことは、大事になるのでは?と。
だからこそ一番初めに商業ギルドの受付が殺されたのだ。そこからどう事件が広がりを見せるのか、観察をしているのだといわれ私はゾッとした。
「もしかして、人が死んだら……術を解ける者が出てくるかもしれないって思ってる可能性もある?」
「半々でしょうね。ただ今回の件に全く関わってこないのであれば、偶然になったかもしれません」
「でもサリュー様の呪いは解けていないわよ?」
「王太子妃に呪いをかけたのはその男ではないですから。でも、実験していた男が生きていたら?」
「死ぬはずだった人が、生きていたら誰が助けたのか普通なら調べると思うわ」
「ええ、ですからこの家に連れて来たんですよ。彼にとってみれば業腹でしょうけど……ああ、でもどうかな。それも呪いの影響なら、呪いが完全に解ければ違うのかもしれない」
意味がわからなくて首を傾げると、シュゲール・ハッサンはカティア将軍を嫌っていたと教えてくれる。
シュゲール・ハッサンのお父様が事故に遭った日、本当なら軍の採用試験を受けるはずだった。しかし、事故が起こったことで受けられず憲兵になるしかなかったらしい。
いや、憲兵だって立派な仕事だ。それに採用試験だって次の機会があるはず。どうしてそれを受けなかったのだろう?私は隣にいるコンラッド様を見上げた。
するとコンラッド様は、採用試験には年齢制限があること。そして、試験を受けるのにお金がかかることも教えてくれた。
「我が国にも貧富の差はある。元々裕福でなければ……お父君の介助人を雇うのに金を使うことになるだろうね」
「初級ポーションは誰でも買えるけど、上級はラステアでも高いですものね」
「ああ。必要最低限の治療と、あとは人を雇うことでなんとかしのいでいるのだろう」
「でもどうしてお姉様が恨まれるの?」
「まあ恨む相手は彼女でなくとも良かったのでしょう。ただ歳の近い、そして女性であったことが癪に触ったのでは?」
「我が国には彼女以外にも女将軍はいるんだがな……」
「歳が近いとどうしても比べるでしょう?」
なまじ腕に自信があれば、自分だってあのとき試験を受けられたら将軍になれたかもしれないと夢見ることもある。とシュルツ卿は淡々と話すが、将軍がその職に就くのはとても大変なことだ。腕が立つだけでなれるものではない。
大勢の人を率い、そして日々研鑽を積む。
戦いになれば前線に立たなければいけないし、それでいて戦場では指揮を間違えれば死人が出る。そうならないよに、部下を欠けさせることなく連れ帰らねばならないのだ。
いつも、いつも頑張っていることを私は知っている。
「人は、どうやったって平等にはなれないわ。生まれは選べないもの」
「そうですね。でもそれは持ってる者の言葉なんでしょう」
「頑張ってる人は大勢いるのに……」
「でもみんながみんな、現状に満足してるわけではないでしょう?」
「それは、そうだけど……」
「そういう心の隙間に呪いを仕込むんです。すると負の感情の方が強くなる。もっとも、後宮で使っていた呪いはもっとガッツリと相手に害を与えるものでしたけどね」
「だから、実験なのね」
シュルツ卿は頷き、だから嫌な男なのだといった。確かに凄く嫌な人かも。狙ってやっているんだものね。
ということは、サリュー様の呪いもそうなのだろうか?サリュー様の立場を羨む人は多いと聞いている。複数の人から呪いを仕向けられているから、ウィズ殿下のように治らない?
「コンラッド様、他の人から見たサリュー様の立場はどうなんでしょうか?」
「サリューの立場、か……ウィズが公表していないからね。ただの王太子妃、といったところかな」
「ウィズ殿下が公表しないのはなぜですか?」
「ウィズもサリューも気が付いていないから、だね」
「気が付いていない?」
でも番って特別な存在なのでは?と頭の中に疑問符が浮かぶ。私の心情がありありとわかったのだろう。コンラッド様は凄く困った表情になった。
「昔はね、すぐわかったんだよ。でも今は……龍の血が薄まったり、そもそも出会える可能性も低いから」
「だからまだ気がついてない?」
「そう。でも僕らからすれば見ればわかる、というくらいウィズは独占欲が強い」
「じゃあ他の人たちもそれでわかるんじゃ……」
「正式に発表されれば諦めもつくかもね」
意外と難しい問題なのか。正式に公表されるまでは、番でない可能性もある。だからこそ、その立場を自分が奪えるのでは?と思っている、ということだろう。
だんだんと王太子妃の座を狙っている人たちに片っ端から会いに行って、確かめたい気持ちに駆られる。
「サリュー様に呪いをかけているのは、サリュー様の立場を奪いたい人たちで良いのかしら?」
「探索範囲がだいぶ広くなるね。それに呪いの道具がわからないと、特定もできない。さすがに、そこまでご存知ではないでしょう?」
そういってコンラッド様がシュルツ卿を見た。期待はしていない。でも知っている情報があるなら、といったところだろう。
「お教えしても良いですよ」
「随分と親切だな」
「ええ。もちろんタダで、なんて人の良いことはいいません。そうですね――――一つ、お願いを聞いていただけますか?」
シュルツ卿の視線は真っ直ぐ私をとらえた。




