189.来訪者 3
シュルツ卿の言葉をそのまま信じるなら、シュゲール・ハッサンは犯人を知っていて殺されかけた。
そして今、図らずも彼をカティア家で匿った状態になっている。
しかし、そもそもどうしてシュルツ卿はそんな場面に遭遇したのだろう?そして何故、カティア家に連れて来たのか?
疑いたくはないが、シュルツ卿の言葉全てを信じることはできない。カティア将軍を見上げれば、将軍も同じなのか口を引き結んだままだ。
だが段々と表情が変わっていく。悪い方へ。
将軍はガシガシと頭を掻き、ジロリとシュルツ卿を睨みつけた。
「あーダメね。判断材料が少なすぎて、アンタを叩き斬った方が早い気さえするわ」
「流石に将軍職の方が丸腰の相手を叩き斬ったら不味いでしょう?」
「本当に丸腰ならね」
そういうと将軍は剣を手に、私の隣に腰を下ろす。その姿にホッとしつつ私はシュルツ卿に視線を向けた。
「シュルツ卿――――その、どうしてシュゲール・ハッサンを助けたんです?」
「どうして、といわれると……ルー嬢なら目の前で死にかけている人間を見捨てられますか?」
「質問に質問で返さないでください」
ジトッと睨むと、降参とでもいうようにシュルツ卿は両手をあげる。そして単純にシュゲール・ハッサンを殺そうとした男を見張っていたのだという。
「見張っていた?」
「ええ。そうです。僕が監視していた相手なので」
「その理由を教えてもらえますか?」
「まあ、そうですね……そろそろ王弟殿下もいらっしゃるでしょうし、皆さん揃ったらお話ししましょう」
「コンラッド様が……?どうして??」
「そりゃあ来ますよ。ねえ?」
そういってシュルツ卿は将軍を見る。私もつられるように将軍を見ると、将軍は眉間に皺をよせ頷いた。なんだかものすごく嫌そうだ。
「……王弟殿下とは顔見知りなのかしら?」
「ええ、まあ。我が主人と色々ありましたからね」
「我が主人……?」
そういえば将軍はシュルツ卿のことを全く知らない。
さっきはシュルツ卿ではないか?という話をしただけで詳しく話していなかったし。私は慌ててシュルツ卿がトラット帝国の皇太子レナルド・マッカファーティ・トラット殿下の側近であると話す。しかし話したことでさらに眉間の皺が深くなった。
それはそうよね。カティア将軍はラステア国の『将軍』だもの。次の皇帝となる人物の側近と聞いたら普通は警戒度も高まる。そんな人物が調査対象を連れていたら尚更だ。
私は慌てて話題を変えようとシュルツ卿に話しかけた。
「あの……シュルツ卿はいつからラステアに?」
「そうですね、レストアで別れてから直ぐでしょうか」
「それってほぼほぼ私たちと同じ時期からいるってことですよね!?」
「そうなりますかね」
あっさりといってのけるが、彼らはどうなったのだろう?私たちを襲ってきた男たちは……
まさか口封じしてないわよね?と若干心配になる。彼らには生きていてもらわなければいけないのだ。フィルタード侯爵の悪事を証明するためにも。そんな私の心情を読んだのか、シュルツ卿は大丈夫ですよという。
「約束は守ります」
「本当ですか……?」
「流石にこちらの利となる駒を消したりしません」
「……どうしてトラット帝国の利益になるんですか?」
「トラット帝国の利益にはなりませんが、我が主人の利にはなります」
「それはどういう……」
続きを聞こうとしたとき、廊下からバタバタと足音が複数聞こえた。そして将軍が開け放ったままの入り口からネイトさんがひょっこりと顔をのぞかせる。続いてコンラッド様の側近のスタッドさんとコンラッド様も。
「ああ、良かった。将軍が短気を起こして斬りつけてなくて安心しました」
ネイトさんはそういうと、私の側に来てくれる。そのことに少しホッとした。だって将軍が本気を出したら、当たり前だけど私じゃどうにもできない。ステラさんやオルフェさんなら止められるかもしれないが……すぐ来てくれるかわからないし。
ネイトさんなら止められるだろう。たぶん。
しかし次の瞬間、コンラッド様のせいで一気に部屋の温度が下がった気がした。
「てっきり国に戻ったと思ってたんだが?」
「生憎と、我が主人は人使いが荒いんですよ。僕だって家に帰って妹に会いたかったんですけどね」
「今からでも帰ったらどうかな?」
「そうしたいのは山々なんですけど、なんせ貴方方ときたら呪いの元を未だ探せずにいるので」
「――――呪いの元を知っているの!?」
思わず話に割って入ると、シュルツ卿が笑いだす。笑うような場面だったろうか?真後ろにいるコンラッド様に視線をうつすとコンラッド様はちょっと困った表情を浮かべていた。そして何故かその隣にいるスタッドさんは私から顔を逸らす。
「ルー嬢はいつまでもそのままでいてくださいね」
「え?」
「いやはや……はい。まあその、話の続きをどうぞ?」
「え?ネイトさん??」
「っふ……そうですね。まあ僕も長々こちらにお邪魔していたいわけではないので」
そういうとシュルツ卿はラステア国にいる目的を話しだした。
***
「つまり――――帝国にレイランの術師がいる、と?」
トラット帝国はいつ頃からかわからないが、今現在も徐々に魔力を保有している人が減っているそうだ。だから従属化した国から魔術師を召し抱え、日夜どうしたら魔術が使えるようになるのか研究させているらしい。
なかには下位の貴族と召し抱えた魔術師との間に子供を作らせ、魔力が引き継がれるか?なんてこともしているそうだ。政略結婚はよくある話だけど、どうして下位の貴族となんだろう?
色々と聞きたいことはあるが、私の好奇心よりももっと大事なことがある。
それはレイラン王国の魔術師がトラット帝国にいる理由。
レイランは他国と交易していない。だからこそ謎に包まれた国でもある。その国の術者がトラットにいるということは、レイランはトラットと交易を開始するつもりだろうか?
「ああ、誤解しないでいただきたいのはレイランの術者は追放された者です」
「追放……?どうして追放なんてされたの??」
「まあたぶん、国で悪さでもしたのでは?」
シュルツ卿もレイランの術者がどうして追放されたかは知らないそうだ。知っていて話さない可能性もあるけど……流石に呪いの元とは関係ないだろうから今は黙っておこう。
将軍と代わり、私の隣に座ったコンラッド様はシュルツ卿に質問を重ねる。
その中には私が聞いて大丈夫なのかな?という内容もあった。
「そちらの言葉を信じるなら、トラットの皇帝がラステアの王家を害そうとしているというわけか」
「皇龍が王を選ぶまで時間はあるはず。その間にここを手中に収めたいみたいですね」
「随分と甘く見られたものだ」
「僕もそう思います。ですが、内部で工作をされればいくら貴方方とはいえ手酷いダメージを受けるでしょう?」
シュルツ卿の言葉にコンラッド様は押し黙る。どんなに強くても、統率が取れないと戦いには勝てない。私にそのことを教えてくれたのは第五騎士団の団長さんだ。集団戦とはそういうものらしい。
内部で工作をされたら、とはそういうことなのだろう。
「トラット帝国の皇帝はポーションが欲しいの?」
「それもあると思いますが、研究の対象として欲しいんだと思います」
「研究の対象……?」
「ラステア国の方々は皆さん魔力量が多いでしょう?」
「魔力に随分固執しているのね」
「というより、聖なる乙女を探しているのでしょうね」
その言葉に心臓が跳ねた。聖なる乙女、それは聖属性を扱える者を指すと同時に私にとってはヒロインを指す言葉でもある。
そして私自身もそれにあたるのだ。残念ながら。
こんなとき、ロイ兄様だったら涼しい顔をしていられるのだろうけど……今の私は大丈夫だろうか?
嫌な汗をかきつつ、私はコンラッド様とシュルツ卿の話に耳を傾ける。
「聖なる乙女……?それはファティシア王国の聖属性を持った女性のことでは?」
「その通りです。ですが今、ファティシアに戦争を仕掛けるには分が悪い。ファティシアに何かあればラステアが出てきますからね」
「それはその通りだ。ファティシアでもポーションが作られている。それを貴国に渡すわけにはいかない」
「ですがラステアで何かあった場合、ファティシアは動くでしょうか?」
戦上手のラステア国。ファティシアが手を貸したら逆に足手纏いになるだろう。しかしラステアがなくなれば、その次はファティシアの番になる。お父様ならどう動くだろうか?
いや、お父様の意見だけでは国を動かすことはできない。戦争に介入するなら、他の貴族たちの意見も聞かなければいけないのだ。そのとき、最大派閥であるフィルタード派は?彼らは介入することを良しとするだろうか?
「――――ファティシアは、動けないかもしれない」
「ええ。最大派閥がトラット帝国と繋がってますからね」
「彼らは、そうなのね?」
「ルー嬢をこちらへやろうとしている時点でそれ以外ないでしょう?」
「それは、そうだけど……改めて聞くとなんだか、悲しいものね」
ファティシアは優しい国ですね、とシュルツ卿は苦笑いを浮かべた。嫌味であることはハッキリとわかる。だが私にはその嫌味を跳ね除けるだけの言葉を持ち合わせていなかった。




