188.来訪者 2
シュルツ卿が来ているかもしれない。そのことを知りつつ、何もいわずにカティア家に行ったら絶対に怒られる。
カティア家に行くのは私的に問題はなくとも、カーバニル先生にしてみれば違うだろう。それにコンラッド様に何もいわないのもレストアの件がある以上、ちょっと問題があるかもしれない。
カティア家に行く直前、そのことを思い出した私はネイトさんに相談する。カティア将軍だとその辺「大丈夫よー」で済ませてしまいそうだし。
「ああ、そうですね。それじゃあ、私がお二人に話を通しておきます」
「良いんですか?」
「構いませんよ。事前に知らされているのと事後に知らされるのとでは違いますから」
「やっぱりそうですよね……」
正直に先生には怒られそうだ、と話すと甘んじて受けるしかないと笑われてしまう。今の私にシュルツ卿と会わない、という選択肢はない。だって何かしら理由があってわざわざカティア家に来ているはず。
しかも自らの身分を偽ることなく、だ。
「子供は大人に心配されて大きくなるものです。さ、将軍と先に戻られてください」
「はい。ありがとうございます」
「では私は後ほど」
そういうとネイトさんは王城内に戻って行った。私は馬の準備をしていた将軍の元へ行く。そして将軍にネイトさんに伝言をお願いしたことを話した。
将軍はやっぱり大丈夫じゃない?といったけど、先生は怒ると怖いのだ。どうせ怒られるならお説教の時間は短い方がいい。
そして一緒の馬に乗り、帰路へつく。
「お姉様だってネイトさんからのお説教は短い方がいいでしょう?」
「まあ、それはね」
「それと同じです。先生怒ると怖いんですよ」
「穏やかそうに見えるけど、そうでもないのね」
「見た目はそうですけど……そうでもないです」
なんせ第五騎士団の人たちをちぎっては投げ、投げてはポーションを飲ませる。そしてさらに……と色々していた。本人的にはポーションがどの程度の魔力と体力を回復するのか実験していたそうだが。
第五騎士団の副団長さんは先生が来るとすごく嫌そうな顔してたもの。実験だけが理由じゃないと思う。団長さんはなんだかウキウキしてたけどね。
「ファティシアの魔術師は体力も必要ってこと?」
「本人的には乙女なのでソコソコよ〜といってましたけど、ポーションがいっぱい入った箱三段重ねを平気で持ちますね」
「あらまあ」
将軍はケラケラと笑いだす。でも実際そうなのだから仕方ない。
でもファティシアの魔術師は、ということはラステアでは違うのだろうか?私はその疑問を投げかける。
「うーんどうかな。うちはそもそも体力自慢が多いから」
「比較できないですか?」
「他の国の人と比べたこともないからね。でもうちの魔術師たちと一緒に研究できるなら体力あるわよ」
「なるほど」
「たぶん魔力量も関係あるのかなぁ。魔力で体力を補う的な?説明が難しいんだけど……」
「昔からそうだったんですか?」
「そうね。自然と身につくものだから言葉にするのは難しいわね」
歴史が長い国はやはり色々あるのだな。ファティシアはそこまでの歴史はない。というよりファティシアの周りの国が歴史が長い、といえるが。ラステア、レイラン、トラット。全部ファティシアよりも長い歴史のある国だ。
この中で魔力を多く保持しているのはラステアと……たぶんレイランも。ならレイランの人はラステアの人たちと同じように魔力で体力を補えるのだろうか?
「お姉様、私も同じように身につけられますか?」
「うーんどうかな?感覚的なものだから」
「やっぱり難しいですか?」
「オルヘスタル様なら上手く教えてもらえるかもしれないわ」
私じゃちょっとね、と将軍は苦笑いをする。
そんな話をしているうちに私たちはカティア家に着いた。馬から降りると、馬番の人がすぐに現れて手綱を持って連れて行ってくれる。馬番の人の後ろ姿を見送り、私は一度大きく深呼吸した。
そんな私の背中を将軍がポンポンと安心させるように叩いてくれる。
「さて、わざわざ我が家に来てくれたわけだし?その顔拝んでやりますか!」
ちょっと物騒な将軍の言葉に私は出会い頭、剣を抜かないでくれるといいなと祈った。
***
私一人が通された応接室には、ソファーに深く腰掛け優雅にお茶を飲むシュルツ卿がいた。
その姿にレナルド殿下の側近をしているだけはあるのだなと感心する。ファティシアに滞在していたときも、他のトラット帝国の人たちと側近の人たちとでは空気が違った。
仕事ができる人なりの、空気感なのだろうか?それとももっと別の?
ロビンが相当腕が立つ、といっていたからきっとその辺も関係あるのかもしれない。
部屋に入ってきた私に気がついたシュルツ卿は私を見てニコリと笑う。認識阻害は使っていないが、髪と目の色が違うのにこの人は私をちゃんと認識できているようだ。
「お久しぶりですね。ルティア姫」
「お久しぶりです。シュルツ卿。ですがここではルーと呼んでください」
「ああ、そうでしたね。その姿ではルー・カティアと名乗っているのでしたか」
「……よく、ご存じですね」
「それが仕事なので」
あっさりといわれ、なんともいえない気分になる。言い返したいけど、上手い言葉が見つからない。そんな私の心情を見抜いたのか、シュルツ卿はにこにこと笑っている。
なんとなく馬鹿にされているようで気分が悪い。思わず頬を膨らませると、失礼しましたとシュルツ卿が謝ってきた。
私はグッと堪えると大きく息を吐く。相手のペースにのっては交渉は成り立たない。
パチンと両手で頬を軽く叩き、私はシュルツ卿の正面のソファーへ腰をかけた。
「私に、用があると聞いてきました」
「直球ですね」
「生憎と、まだそういったことは苦手なの」
「そこが貴女の好ましいところだと思いますよ?」
「どうかしら?簡単に操れそうとか思われてそうだわ」
「そんなことはありませんよ」
どうだか!と心の中で思う。
ロイ兄様のように人の裏を読むのは苦手な私に、シュルツ卿のような人は相性が悪い。権謀術数なんてそう簡単にはできないのだ。できることなら将軍に一緒にいてもらいたかったけど、将軍は着いて早々別の用事で呼ばれてしまった。
そうなるとカティア家の人に一緒にいてもらうわけにもいかず……一人で対峙することになったのだ。将軍の用事が終わってから、とも思ったけど目の前で剣を抜かれたら大変だもの。
「それで、本当に要件はなんですか?私がこの家と縁があるとなぜ知っているのです?」
「要件は――――たぶん、そちらの有利になりそうなことです。今頃対面しているのでは?」
「対面?誰か他に人がいるんですか?」
「ちょうどある人物を助けましてね」
「ある人物……」
ある人物、といわれパッと思いついたのはシュゲール・ハッサンだ。私に殺人の嫌疑をかけ、その後行方不明になっている。でもどうしてそのことを知っているのだろう?
シュルツ卿の言葉をそのまま受け取っていいのか、グルグルと考えているとシュルツ卿が笑いだした。
「……いや、失礼。ルー嬢は随分と表情豊かですね」
「……そ、んなことは、あるかもしれないけど……」
「いえいえ。年相応で良いと思いますよ。きっと妹とも気が合うでしょう」
気さくに話し相手としてもらえたら嬉しいといわれたが、私からなら情報が得られるとか思っているのではなかろうか?そんなことを考えていたら、勢いよく部屋のドアが開いた。
ビックリして振り向くと、将軍がその勢いのままに剣を抜きシュルツ卿の首元へ突きつける。
「お、お姉様!?」
「貴様、一体あの男に何をした!」
鋭い声にドキリとした。何かをした、ということは何かあったということ。助けた、といっていたがそうではなかったということだろうか?
しかしシュルツ卿は将軍に剣を向けられても涼しい顔をしている。
「生憎と、彼に何かしたのは僕ではありません。死にかけているところを助けてここに連れてきただけです」
「死にかけていた……?」
「その証明は彼本人がするでしょうね。今後も生きてると知られれば命を狙われるでしょうし」
「狙われるってどうして……?」
「それはそうでしょう?自分の存在を知る人間は消しておかなければ……ねえ?」
シュルツ卿にそう問いかけられ、将軍は小さく息を吐くと剣を鞘に納めた。オロオロしている私を見て、将軍は私を落ち着かせるように頭を撫でてくれる。
「つまり、男の顔がわかるってことなのね」
「それって、商業ギルドの人や荒くれ者を殺した人がわかるってこと!?」
「そもそもその男が人を集めて悪さをしていたわけですから」
「え?」
「唆した張本人なんですよ」
唆した張本人――――つまり、その人が一連の犯人?
急な展開に私は目を瞬かせた。




