186.破れた鱗
カティア将軍とネイトさんとああでもない、こうでもない、と話をしてみたけれどどれもしっくりこない。
シュゲール・ハッサンがいずれ捕まるとしても、彼が捕まる罪は人殺しとは別のもの。そして彼が殺したという証拠もない。
それともシュゲール・ハッサンが所属していた隊の他の憲兵達が犯人?隊長に命令されて従ったとか?
でもそれも変よね。唯唯諾諾と命令に従う人はいないはず。上官命令とはいえ、殺す必要のない人を殺すなんて普通の人はしない。それともシュゲール・ハッサンと同じく、罪を犯した人なのだろうか?
人を殺すなんてリスクの高いことを平気でやる人が憲兵をやっていたら……ちょっと怖いなって思う。
「そもそも我々は部署が違うので、証拠やそれに付随したものを見られないんですよね」
「そういうものなの?」
「そういうものなんです。もちろん合同で調査をする時もあります。しかし、基本は担当部署がやりますから……」
これ以上はどうしようもない、とネイトさんは肩をすくめた。ちょっとした情報を仕入れるにも、その部署に知り合いがいなければいけないらしい。全てが終わった後に事件を知る、ということも珍しくないそうだ。
とくに内偵調査に関しては極秘裏に進める。今回はどうしてもとネイトさんが頼み込んで、ほんの少しだけ情報がもらえたらしい。
「こればかりは仕方ないわね。うちがちょっと関わっているとはいえ、他所の仕事に首を突っ込むのは目の前でコトが起こってくれないと難しいもの」
「まあ、目の前で起これば別ですよね」
「そ、目の前で起こればね」
二人は何度も目の前で、を強調する。つまりは他部署の案件でも、目の前で起こった事件なら直接介入ができるということだろう。でもそんなことそう簡単に起こるものではない……はず。
でも将軍の性格を考えると、わざとコトを引き起こしそうに思える。
私はため息を一つ吐くと、自分の手を見た。緊張していたせいか、なんとなく湿っていて気持ち悪い。手を拭おうとポケットからハンカチを取りだし、手を拭おうとしたらネイトさんが「何か落ちましたよ」と私の足元を指差した。
その指の先を辿るように足元を見れば、小さな袋が落ちている。もしもの時のために持ち歩いていた鱗だ。
私はネイトさんにお礼をいって小さな袋を拾う。デュシスの鱗に私の力を込めたもの。受け取ってもらえなかったが、念のためいつも持ち歩いている。
サリュー様の容態は良くも悪くもなっていない。でも呪いであるなら、悪化することはあっても自然に良くなることはないのだ。だから少しでも進行を止めたいのだけど……サリュー様はなぜか受け取ってくれない。
見えていたものが全く見えなくなったのだ。たとえ身の回りの世話をしてくれる人が大勢いても、不自由なことにかわりはないはずなのに。
サリュー様もサリュー様で謎が多い。なぜ、一時的に治るこの鱗を受け取ってくれないのだろう?ギュッと袋を握りしめると、手の中に違和感がうまれた。
「あれ?」
「どうしたのルーちゃん」
「中に、鱗が入ってるんですけど……なんか、変……」
「変?」
「触り心地が違うんです」
私はそういうと、小さな袋の口を開ける。すると中には破れた鱗が入っていた。龍の鱗はとても硬くて、加工するのにコツがいる。落としたぐらいじゃ破れるわけがない。
手のひらに中身をだして二人に見せると将軍の顔色が変わった。
「ルーちゃん、これ……デュシスの鱗よね?」
「そう……デュシスがくれた鱗なの。それなのに破れちゃった……」
「皇龍の鱗が落としたくらいで破れるなんてまずあり得ませんよ」
「じゃあ、何か原因があるってこと?」
ネイトさんの言葉に首を傾げると、将軍はうーんと唸り始める。原因に心当たりがあるのだろうか?
「お姉様?」
「ルーちゃん、その鱗はいつ破れたかわかる?」
「え、いえ……でも……朝は、破れてなかったと思います。袋の上からでも形はわかるから」
「ポケットにいつも入れて持ち歩いているのね?」
「はい。サリュー様に何かあった時のために」
私がそういうと、将軍はネイトさんを見る。ネイトさんは心得たように頷くと、すぐに部屋から出ていってしまった。
「あのね、ルーちゃん。私がすごーく本読むの好きなの知ってるでしょう?」
「執務室に続いている部屋にたーくさん本が積み上がってますもんね」
「アレの大半は読み終わってるんだけど……その中には昔々の書物もあるの」
「昔々の書物?ラステアは歴史の長い国だから、すごい昔ということ?」
「ええ、一〇〇年二〇〇年じゃきかない物ばかりよ。その中に古の術に関する本があるの」
古の術とは、ランカナ様が使っていたような術だろうか?あまり今は使わないと聞いたような?それよりもなんで急にそんな話をしだしたのだろう?
一旦、部屋に戻ろうというので私は色々と聞きたい気持ちを抑えながら将軍の後ろに続いた。
***
いつ見てもすごい本の山。積んでるわけではなく読んであることがすごいのだけど……その本の山から、将軍は迷うことなくいくつかの本を取りだし手に持っている。
そして執務室の机の上に並べ、私にもわかるように読んで聞かせてくれた。
「昔々、龍殺しが現れた。龍の命を屠る者は、怪しき術を用いて龍を殺めたらしめる」
「怪しき術?」
「これが古の術、なのよ」
「古の術は龍を殺してしまう危険なものなの!?」
「古の術にはいい術もあるし、悪い術もあるの。私たちは龍と共存する道を選んだけど、そうじゃない者もいる。たとえばレイラン王国」
「レイラン王国!?」
てっきりトラット帝国の名前でも出てくるかと思ったら、全く予想もしない名前に驚いてしまう。確かにレイラン王国は古の術が残っている国。レイドール領と森を挟んで国境に接しているけど、詳しくはなにも知らない。
とても謎が多い国なのだ。
「レイラン王国は、今は殆どどことも交流をもっていないわね。ただ……カティア家の傍流である、ルーちゃんのひいおばあ様の一族が交易を行なっていた」
「それでひいおじい様と出会って、レイドールに移住したんだものね」
「ええ。だから移住してしばらくは交流があったと思うけど、それも今は途絶えている。途絶えるに足る理由があるはずよね?」
「普通は……隣接している領地だもの。交易品があるなら交流は続くはずだわ」
「でもそうはならなかった。つまり、レイドール領にはない品が交易品だった、ってことよ」
将軍はまた別の本を開き、ある個所を指す。そこには龍を襲う人の姿が描かれていた。首に紐が幾重にもかけられ、槍が刺さっている。痛々しい姿に眉を顰めると、レイラン王国では龍は古の術に使う道具だったという。
「道具?」
「肉はそのまま食べるみたいね。骨は薬に、そして鱗は術に。だからこそ龍を狩る術がほしかった」
「それが古の術?」
「龍は大きくて、彼らにとってみれば天災のような脅威だったのよ。場所が変われば、見方も変わる……これがいい例ね」
「そんな……可哀想だわ」
「でも、この龍がいきなり山から降りてきて人里で暴れたらどう思う?」
大きな龍が人里で暴れたら……きっと怪我をする人もたくさん出るだろう。畑で暴れられたら、家畜たちを食べられたら?そこで生活する人は困るに違いない。でも、ラステアは共存できている。なぜレイランではできなかったのだろう?
「ラステアとレイランの違いはどこなのかしら?」
「そうねぇ……たぶん、食べちゃったことかしら」
「食べたから?ダメなの??」
「意外と美味しいらしいのよ。龍って」
真顔でいわれて、えっ?となる。いや、美味しいからって……とそこまで考えて、これはきっと食事に困らない者の考えだなと気がつく。もしも龍が暴れて、ようやく退治して、食料がわずかしかなかったら?
目の前には龍の亡骸。試しに食べてみよう、と思った人を責められるだろうか?
「――――余すことなく、龍を材料として使った、ということ?」
「まあそうね。で、そうなると共存なんて思わないわけよ。ラステアの人間にとってみれば良き隣人でも、レイランの人にとってみれば生活を害するもの。魔物と同じ扱いってわけね」
「人に害を与えるもの、だものね」
「もともとそんなに多く生存していたわけではないだろうけど、対抗手段がうまれ、術の補助に使えるとわかってからは乱獲されるようになったの」
龍に対抗する術を身につけたレイラン王国の人々は、天災である龍を人の手でなんとかしようとしたのだろう。それはたぶん、どの国でも同じことを考える。共存か討伐か。
「レイラン王国は、龍の脅威がなくなってもずっと古の術が残っているのね?」
「たぶんね。それに古の術自体は鱗がなくてもつかえるし……鱗が補助的な役割なら、必須、というわけでもないでしょう?」
「魔力量が多ければ補えるものね」
「そういうこと。で、ルーちゃんが持ってた鱗が破れたのはこの古の術が使われたんじゃないかって思ってるの」
将軍の言葉に私は息をのんだ――――




