184.疑問深まる
私は、カティア将軍とネイトさんにシュゲール・ハッサンに聞かれたことを全部話した。
二人はお互いに顔を見合わせ、そして私を見る。
「何というか……彼はルー嬢を犯人に仕立て上げたいのでしょうね」
「私、ですか?」
やっぱりな、という感想が浮かぶ。だけど私は潔白だし怖くはない。正しく調べられれば、犯人は自ずとわかると思ったからだ。でも、将軍の言葉に私は血の気が引いた。
「あのね、多分なんだけど……リリに偽証させようとするんじゃないかな?」
「えっ!?」
「リリが言ってたでしょう?憲兵に捕まると酷い目に遭うって」
「でもそれは、盗みを働いたからでしょう?」
悪いことをしたら、罰を受ける。悪いことをして憲兵に捕まれば、法によって裁かれるのは仕方がない。
「そうね。悪いことをしたら罰を受ける。それは法によって決まっているけど、それを悪用する憲兵も中にはいるの」
「悪用って……憲兵なのに?」
そう言いながら、自分の身に起こった出来事を思い出す。王族を守る近衛騎士。彼らだって、自分の利になる。フィルタード侯爵の覚えが良くなるかも、といった理由でベルを酷い目に遭わせ、畑もめちゃくちゃにした。
そしてベルに罪をなすりつけようとまでしたのだ!似たようなことがラステアで起こらないとは言い切れない。
どんなにいい国でも、どんなに良い人たちが多くても、悪いことを考える人はいるということ。
それがなんだか、とても悲しかった。
「もしもギルドと手を組んで悪事を働いていた憲兵なら、リリに偽証させるなんてどうと言うことないわ。お前の仲間はあの商家で働いてるんだってな?って言うだけ」
「いうだけで?」
「そうよ。リリたちは仲間との繋がりがとても強いもの。仲間の不利益になることはしないでしょうね」
「そう、よね。お友達の仕事がなくなったら、きっとリリも悲しむもの」
出会って少しの私と長い間一緒に苦楽を共にした人たち。どちらを取るか、と言われれば後者といわざるを得ないだろう。私たちとリリの間にそこまでの信頼関係は築けていない。
そもそもその日、私が屋敷にいなかったことはリリからシュゲール・ハッサンの耳に入っている。それはどうしたって覆しようがない事実。
リリは聞かれたから答えただけ。たぶん「家の者は居たと言っていたが本当か?」と聞かれれば、そうだと頷いただろうけど……そんな聞き方はしないだろう。きっと「いたのか、いなかったのか」だけ。
「しかし……ルー嬢を犯人に仕立て上げるには無理があるんですよねぇ。詰め所の憲兵にバレずに殺害するだなんて相当の手練れじゃなきゃいけません」
「そうよね。動きからして、まだたどたどしいもの」
「そんなに違うものかしら?」
二人の言葉に首を傾げると、武の道に精通してる人は足運びからして違うそうだ。その点からいうと、シュゲール・ハッサンもそれなりに腕がたつ人らしい。だから私が殺したとは思っていないはず、とも。
「それなのに私を犯人に仕立てようとしてるの?」
「まあ、都合の悪いことがあるんでしょうね。本当の犯人を見つけると」
「え……?それじゃあまるで、自分が関わりがあると言ってるようなものじゃない!」
「たぶんそうでしょう。だからこそ代わりがほしいのですよ」
ネイトさんはあっさり頷く。んんっ??どういうこと??まるで悪い人だと既にわかっているような口ぶりだ。
私はわけがわからず、目を瞬かせる。するとネイトさんがここだけの話ですよ、とこっそり教えてくれた。
「実は、彼は調査対象なんですよ」
「調査対象……?」
「つまり悪いことをしている、ということです」
悪いこと、と?といわれ思い浮かぶのは商業ギルドの斡旋問題。商業ギルドだけでなく、憲兵も一枚噛んでいるようだが……その噛んでいた一人が憲兵隊長のシュゲール・ハッサン本人だとしたら?
商業ギルドが悪いことをしていても、憲兵隊長が握り潰せばなかったことにできる。
だって一般の人たちが一番初めに訴える場所って憲兵たちだ。街の治安維持を請け負っているのだから。
そこが機能していなければ、よほどの大店でもない限り貴族と直接話す機会はないし、どこにも訴える場所がないのだ。
大店であるならば、懇意にしている貴族を通じて法務を司る部署に直接願い出ることができるかもしれないが……
そんな大店にわざわざ手を出したりしないだろう。大金は手に入るかもしれないが、反撃を受けた時のリスクが高すぎる。
逆に小さな店なら、ギルドも憲兵たちも握りつぶしやすい。
「悪いことをしているなら、今後、彼は捕まる可能性があるのよね?」
「内偵がうまく行けば数日のうちには。今は商業ギルドもギルドマスターのお陰で正常に戻りつつありますからね」
「それに生き残った連中が恐怖のあまりペラペラ〜と話してるみたいよ?」
「それなのに、憲兵隊長に仕事を任せたままなの?」
「保護を申し出てますから、保護してるんですけど……そことゴロツキ殺害は別件扱いなので、担当部署が違うんですよ」
ネイトさんは複雑な表情を見せるが、こればかりはラステア国の司法の問題。私にはどうこういう権利はない。ただ保護を申し出るとはなんだかなぁとも思う。
悪いことをすれば、自分の身に危険が及ぶ可能性も考えつきそうなのに。それで本当に危なくなったら助けて!というのだから随分と身勝手だ。
「それじゃあ、それまでの間に犯人が見つからないとダメなのね」
「え?」
「え?だって、そういうことじゃないの?」
驚いたネイトさんに私の方が驚いてしまう。だって捕まる、ということはあのシュゲール・ハッサンも危険かもしれないということだ。憲兵たちを出し抜いてゴロツキたちを殺せる人がいるということだし。彼も口封じされかねない。
そのことを告げると、二人とも難しい顔になった。
「その可能性も捨てきれないけど、私たちは寧ろ憲兵隊長や憲兵たちが関わったんじゃないかって思っているの」
「憲兵たちが……?」
「だってその方が、可能性としては高いでしょう?変な鈴の音がしたらいつの間にかゴロツキが死んでました。きっと腕の立つ暗殺者がいたに違いない。よりも、みんなで口裏合わせて始末した。の方が」
「あ、そうか」
「そうなんですよ。だからこそ意趣返しも込めてルー嬢に罪を擦りつけたいのでしょうね。ステラ嬢とルー嬢が訪れなければ、と考えているはずですし」
鈴の話を聞いていたせいで、てっきり第三者がそこにいたと思い込んでいた。普通に考えれば、そんなおかしな証言よりも憲兵たちがグルになって口封じした。の方がスッキリする。
でも、なんとなく釈然としない。そしたら受付の人を殺したのは憲兵たち、になるだろう。口封じなのだから。
でもなぜ口封じなんかしたんだろう?ステラさんを役人と勘違いしたから?だけどそういった情報なら憲兵隊長にこそ入りやすいだろう。
悪いことをしているなら尚のこと、自分たちに不利益になる情報は慎重に収集していたはずだ。
そして相談して違う、とわかればそれで終わり。殺す必要はない。
それとも怖くなった受付の人が、もう辞めたいと言ったとか?それこそ憲兵隊長が自分の力でどうとでもできる、といえば済むような気がする。たとえ受付の人が訴え出ても、憲兵隊長なら自分たちが関わった事実を揉み消すだろう。
人を殺す、ということはとてもリスクが高い。事故に見せかけてとか、人のこない森で襲ってとかなら別だけど。街中では遺体が発見されてしまうのだ。
発見されれば事故か、事件か、それとも自然死なのかぐらいは検視される。少なくともファティシアでは。ラステアでも遺体の扱いにそう違いはないだろう。だからこそ、他殺と判断されたのだろうし。
「ルーちゃん?」
「あ、いえ……その、憲兵隊長さんは死体の検分をちゃんとしてなかったみたいなんです」
「まあバラバラですし、そもそも自分たちで殺していたらする必要もないのでは?」
「そうじゃなくて、その……一人ずつにまとめていないの?と聞いたら、その時の反応がなんかこう、考え込むような感じだったから……」
「考え込む?」
「だって自分たちで殺していたら、考え込んだりしないでしょう?それこそ、こちらの言い分を想定して色々言ってきそうな気がします」
最初から私を犯人に仕立て上げるつもりだったとしても、殺した人は別にいる。そんな気がするのだ。リスクを取ってまで、彼らを殺す理由を憲兵隊長であるシュゲール・ハッサンが持っているとは思えない。
殺すなら、殺すだけの理由があるはずだ。絶対に――――




