180.目端の利く男の末路
ラステア国、首都カロット。その商業ギルドに丁稚奉公から勤め上げ、ギルド長よりも長く働く男がいた。気さくで、人が良く優しい。
しかも男は優しいだけでなく、才知に長けており頭の回転も早かった。周りをよく見ていて、人の扱いも心得ている。
唯一ギルド長として立つには、カリスマ性のようなモノが足りないだけだった。それ故に、代替わりの時に名前は上れども長になることは無かったのだ。
ただ、そう。ただ「目端の利く」男だ、とーーーーそう呼ばれていた。
よく働き、皆を助け、ある時までは真面目に、ひたすら真面目に働いていた。その男にある日転機が訪れたのだ。それも目端が利く故の、ことである。
部下の一人が横領をしていたのだ。横領の内容は本来ならば咎めなければいけないもの。相手は孤児であったがゆえに無知であり、それを知ってわざと正しい賃金を払わなかった。
紹介した店に格安で仕事をさせる代わりに、自分の懐にその一部を入れていたのだ。
度々、店の人間が部下を訪ねてきていることを不審に思い、男が調べたところその事実が発覚した。部下は悪い男ではない。話せばわかるだろう。
男はそう判断したのだが、その判断が思えば悪かったのかもしれない。
人気のない場所に部下を呼び出し、男は自分が調べたことを告げる。部下は驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべた。そんな部下に男は尋ねた。
「なぜこんなことを?」
「なぜって?そんな、大なり小なり何処でもありますよ。よくある話です。そもそも適正の価格かどうか、わかりゃしないんですよ。奴ら学がない、ただそれだけです」
「だからと言って、不正をしていいわけではないだろう?」
「不正じゃありませんよ。適正価格です」
部下の男はそういうとヘラリと笑った。悪いことをしているなんて全く思っていない表情である。男はその表情に眉を顰めた。
『適正価格』
学が無ければ本当の価格なんて分かりようがない。店は安く使える人間を求めている。身なりの良い人間はある程度学があり、安くは使えない。
だがギルドに来るのは身なりの良い人間ばかりではない。今日の食事にすら事欠く人間も来るのだ。
家族が病に倒れて直ぐにでも働ける場所が必要な者。身内が誰もおらず、孤児になってしまった者。身内の誰かが賭博にのめり込み、それ故に働かなければ借金を返せない等……理由は様々だ。
兎も角、今すぐにでも働きたい。と、ギルドに紹介を求めてくる。
彼らに仕事を紹介するのは簡単だった。どんな仕事でも厭わずしてくれる。逆に身なりの良い人間ほど仕事を選ぶ傾向にあった。
ギルドは仕事を紹介する時に、分け隔てなく紹介する。募集の価格で紹介するのだから、学がないからと店側が勝手に価格を下げることもできない。
そんなことをすれば信用問題に発展してしまう。
でももしも……もしもギルドが最初に値段を言わなかったら?店は好きな値段で働かせることができる。書類なんていくらでも偽装できるし、そもそも何が書かれているかなんて、学がない彼らにはわからないのだ。
あとから安かったと気がついてもギルドに難癖をつけることはできない。そんなことをすれば、次に仕事を紹介してもらう時に紹介してもらえなくなる。それを恐れて、不当な扱いを受けても我慢して決まった期間働くしかない。
次に紹介してもらう時は、もっと良いところを紹介してもらえるように。そんな思惑もあるのだろう。実際に働けるかは別として、だが。
本来なら不当な価格で働かされていたら、ギルドに報告する義務がある。だが彼らは学がないからそのシステムを知らない。知らないのなら、ないのと同じ。だから平気なのだ。
部下の男は得意げに語った。
「ほんの少しぐらい、おこぼれをもらうくらい良いでしょう?だってアイツら気がついてないんだから」
「しかしだな……」
「アンタだって、ずーっと受付のままでいいんですか?ギルド長よりも長く働いていながら、みんなに頼られていながら、人の上に立つこともできないままで」
「ーーーー私は、人の上に立つ器じゃないよ」
「でもアンタがいなきゃあ、このギルドは回らない」
ジワリと、男の心に黒い染みが付いた。
知っている。
ギルド長よりも長くいることで、ギルド長から不憫な目で見られていることを。そのくせ、頼りにしているなどと平気で言うのだ。
本来なら、頼られて悪い気はしないだろう。だが男は誠実であることに疲れていた。
誠実であれ。そうすればいつか、いつか陽の目を見る日が来るかもしれない。
いつかって、いつーーーー?
いつまで気を使わねばならない?いつまで周りの面倒を見なければならない?小銭を稼いでいけば、退職する頃にはその後働かなくても困らないくらいの金になるのでは?
男の心は揺れた。揺れて、揺れて、そして堕ちた。
その部下を筆頭にゆっくりと人を見て、手の内に引き摺り込む。そして徐々にやることの幅を広げた。どうしてこんな簡単なことを今までしなかったのだろう?
男は不思議なほど高揚していた。
一件一件は僅かな額かもしれないが、それが積み重なればかなりの額になる。相手が働いている間はずーっと入ってくるのだ。
店側も実際に人ひとり雇うよりは安く済む。しかもギルドが寄越して来る人間は皆金に困っている者ばかり。多少粗雑に扱っても簡単に辞めることはない。
しかし悪いことをしていると、悪い者が寄ってくるもの。
いつしか男は身寄りのない人間を遊郭に売り飛ばすまでになっていた。学がないのだ。何処ででも働くと言うのなら遊郭でも良いじゃないか。
あそこなら体を売るだけで食事が食べられる。良い服だって着られる。そう勝手に納得して売り飛ばしていく。勿論、相手からの了承など最初からいらない。
男が勝手に納得して、勝手に売るのだ。
そしてそれはとても順調だった。目端の利く男は人を選ぶ目も肥えていたからだ。例え部下が売れると思っても、男が了承しなければ売らなかった。
そしてそれは正解だった。何処かしら自分で対処しよう、と思う人間は動きにもでる。そんな人間を売れば、明日には牢屋に放り込まれてしまうだろう。
だからこそ男は売る、売らないの判断は自分でした。部下の中には不服に思う者もいたが、男の慎重さが我が身を守ることになると理解していた。
***
ある日ーーーー
二人の姉妹がギルドを訪れた。
姉は美人だし、妹は愛らしい。動き方からして中流以上の家の者であることは明らかだった。
キョロキョロと物珍しそうに中を見ている妹と、真っ直ぐに受付に歩いて来る姉。姉が仕事を探しているのだろうか?男はいつものように仕事を紹介するために声をかけた。
仕事を探しているのは妹の方であった。
利発そうな、受け答えのハッキリした子供はどこの商家でも喜ばれる。王城からの宮女の募集も一緒に混ぜておくと、それにも興味を示していた。
しかし、そう。なにか引っ掛かる。ジッと求人票を見る視線が。
何かを探っているように感じたのだ。男はニコニコと笑いながら、内心で冷や汗をかいていた。
もしや、姉の方は査察に来た役人ではなかろうか?そう疑いだすと姉の一挙手一投足全てが気になり始めた。
田舎から出てきたというが、本当にそうだろうか?しかし姉の方は不審な点が見つからない。
不自然なほどに。
それでは妹は?と妹を見れば、不慣れな様子は見受けられるが……何処か動きが洗練されている。
急ごしらえで用意した「妹」であれば、田舎から出てきたという設定を上手く生かせないのも道理。
そんな男の視線に気がついたのか、姉の方が求人票を持って帰りたいと言い出した。
男が用意したのは正規の求人票。怪しい部分は何もない。それに、求人票を家で吟味するのは普通のことだ。
男はにこやかに頷くと、求人票を姉の方に渡し姉妹を店の外まで見送る。そして姿が見えなくなると、向かいの宿の二階を見上げた。
宿の二階からは人相の悪い男が一人、煙草を吸いながらギルドを眺めている。
男は煙草を吸っている男に向かって、二度、瞬きをした。それが合図だ。
男は姉妹を拐うように合図を出し、更にギルドの中に戻ると部下の一人を呼び煙草を吸っていた男を尾行するように言いつける。
「何かあるんですか?」
「もしかしたら、査察官かもしれん。連中に襲わせて正体を見極める。もしも連中が捕まるようだったらすぐ戻れ」
「……わかりました」
部下は足早にギルドを出ると、煙草を吸っていた男を探した。尤も、人相の悪い男が数人いれば目立つ。
少しすればすぐに見つかり、あとは多少距離をとりついて行けばいいだけだ。
男の勘は当たった。ならず者達は姉に投げ飛ばされ、何処かへと連れて行かれた。その姿を見届けた部下はギルドに戻ると男に報告を入れる。
「やはりか……」
「どうします?」
「アイツらが簡単に口を割るとは思えないが、証拠になりそうなものは処分してしまおう」
男は部下に言いつけて証拠になりそうなものをコッソリと処分させた。証拠がなければ査察官といえども直ぐには動けないはず。
そもそも、ギルドに身分を隠し直接足を運んだこと自体異例なのだ。そこを踏まえれば、まだ証拠固めができていないに違いない。男はそうアタリをつける。
法治国家の良いところは、証拠がなければ罰することができないところだ。予定よりは早いが、引き込んだ者たちと分け合った金は十二分にあった。その金を持って田舎に行くのも良いかもしれない。もしくは他国へ出るのも一つの手だ。
部下達に声をかけ、辞めて別の職に移るように言い含める。勿論自分もそのつもりだし、査察が来た時にうまく誤魔化すから先に出ていくようにと。
これは他の者が残るよりも自分が残った方が誤魔化せるという判断からだ。
部下達は気にしすぎだと言ったが、男は頭を左右に振ると危険だ、と諭す。そこまで言われては部下達も頷くしかない。
例えどんなに旨味のある仕事でも、捕まっては全て没収されてしまうからだ。下手すれば牢から出ることもできないだろう。
そしてーーーー
その日の夜遅く、男は死んだ。裏路地の、寂しい場所で男は死んだ。見つかるまでに数日かかり、遺体は腐乱し始めていた。誰が殺したのかもわからない。
恨まれる要素はあったのだろう。だがその証拠を男が事前に消していたが為に、犯人に繋がるような証拠が見つからなかったのだ。
「あんな良い人がなぜ……?」
普段の男を知っている者は皆、首を傾げた。それはそうだ。男は誠実で、とても良い人だったのだから。
これが目端の利く男の末路である。
あの日、一人で声などかけなければーーーー
一人の男がヘラリと笑った。




