169.後宮は怖いところ……?
洗濯を手伝っている間、後宮の侍女達は色々な話を教えてくれた。後宮で暮らす貴人は少なくても、ここで働いている人は多い。
特に侍女は住み込みになるので洗濯物も多くなる。そうなると必然的に洗濯の時間も長くなるのだ。なんせ手洗いだし。
うちの王城内の洗濯は、アリシアが考えてファーマン侯爵が開発した魔術式のおかげで洗濯桶というものが存在する。二つ大きな桶が用意されていて、片方に石鹸と水、洗う物を入れ魔法石に魔力を流すとグルグルと回り出すのだ。もう片方の桶は洗った洗濯物をいれて脱水する用になっている。
アリシア曰く、二槽式洗濯桶、とのことだ。生まれる前の世界に昔あった物らしい。でもそれは水を排水しなければいけなかったが、うちの国で使っているものは魔術式を色々組み替えて水を循環型にしていると言っていた。
初めてその洗濯桶を見た時、何日も通い詰めて中を見ていたものだ。アレはものすごく便利。離宮の洗濯物全部一度に洗えるんだもの。
ただ色の濃いものと、薄いものは一緒に洗ってはダメらしいけど。あの魔術式のおかげでだいぶ洗濯が楽になったと侍女達が喜んでいた。
今ではファティシアの王都中心に、小型の二槽式洗濯桶が上流階級の間で流行っている。もうちょっと魔術式を改良して、安価な石にも術式が入れられるようになったら一般の人達の手に届く値段になるだろう。
それはさておき、ラステアでは洗濯は手洗いだ。昔うちの離宮でも使っていた、洗濯板を使って優しく洗っていく。その間に色々と情報交換をするらしい。もちろんとても重要な情報は、後宮の侍女や女官全員に伝達される。ここでの情報交換は自分達が見聞きした報告するほどでもないこと。
「若様のご様子はどう?」
「元気元気。ミルクも良く飲まれるし、寝付きもいいしね。もう少しで寝返りもうてるんじゃないかしら?」
「若様は、妃殿下様がお産みになった……?」
私がそう尋ねると、侍女達は「そうよ!」とニコニコしながら教えてくれる。どうやら体調の悪いサリュー様に代わり、乳母が赤ちゃんの面倒を見ているらしい。とても人懐っこく、元気なお子様だそうだ。
「妃殿下様の体調は大丈夫かねぇ。産後の肥立が悪いのかしら?」
「そうなのかね?あと目の調子も悪いと聞いたけど?」
「そうなると乳母が中心で育てることになるのかな?乳母も何人か必要だし、立候補しちゃおうかな?」
「バカね、貴女ミルクでないでしょ?」
「別にミルクをあげるだけが乳母の仕事じゃないでしょう?もしかしたら〜殿下のお手つきがあるかもしれないじゃない?」
なんだか話の雲行きが怪しくなってきた。私は口を挟まず彼女達の話を聞くことにする。だって下手に口を挟むと、怒ってしまいそうなんだもの。
「どうかしら?だって王太子殿下様は妃殿下様にベッタリじゃない?」
「でも体調が悪ければ、夜のお相手はできないでしょう?番なら別だけど、そうじゃないならあり得る話じゃない?一夫一婦制といっても、愛人を持てないわけじゃないんだし」
「そりゃあね。でも、そういうのはさ。もーちょっと見た目と教養が必要だと思うわよ?」
「なによ!」
「そういうとこ」
ケラケラと笑いながら話は進んでいく。うーん……番相手なら、浮気は絶対にありえないけど、番でないなら浮気もある。という認識なのかしら?
確かに王族で一夫一婦制は珍しい。子供は授かりものだし、絶対に二人の間にできるわけでなかったら、そういうことも必要だろう。
でもこの国では王の血が絶えたら、皇龍デュシスが次の王を選ぶ。つまり、浮気する必要はないのだ。いや、まあ、浮気は人の性質によるって本に書いてあったけどね!!うちの図書館には一般大衆向けのちょっと下世話な話もあるので、そういったこともある、というのは知識として知っている。
でもウィズ殿下が浮気をすることはまずない。サリュー様が番なわけだし。ただそれを周りの人は知らない。ウィズ殿下自身も気がついていない。
ウィズ殿下が気が付いてくれれば万事解決する話でもないし、サリュー様はもっとポジティブに「私の方が殿下に愛されているのよ!」ぐらい思ってくれても良いと思うのだ。
「そういえばーファティシアのお姫様はどうなの?」
「番かどうかって話?でもラステアの血が流れてないなら無理でしょ?」
「ああ、そっか。ファティシア人だもんね。でも妃殿下様の体調が悪いなら、友好国のお姫様でしょう?あり得るのかしら?」
突如自分の話に切り替わり、私は内心でドキドキしてしまう。しかし彼女達は私にラステアの血が入っている事を知らないので、番ではないだろう。という結論になった。それでもサリュー様の代わり、としての候補にはなるのでは?と言われると複雑な気持ちになる。
まるでサリュー様には王太子妃が似合わないとでも言われているかのようだ。
「どうかしらね?あ、でもこの間、研究室に一緒にこもっていたらしいよ」
「え、誰と!?」
「王弟殿下!」
「えー!!でも歳の差があるんじゃない?」
コンラッド様の話が出ると、キャー!と黄色い声が上がる。どうやらコンラッド様は侍女達に人気らしい。そりゃそうよね。だって素敵な方だもの。大人だし、それでいて子供の私にも優しいし。
でもね、その研究室にこもっていたのは二人きりじゃないから!カーバニル先生とオルヘスタル魔術師長も一緒だったから!!そこのところもちゃんと話してほしい!!内心でグチグチ言いながらも、真実を告げるわけにはいかないのだ。
だって、なんで知ってるの?って聞かれたら困るもの。
「歳の差も夢があるじゃない?なんせあの王弟殿下よ?どの令嬢との話もみーんな蹴って独身を貫いている方だもの」
「あ、そういえば!ねえねえ、貴女のお姉様。カティア将軍と見合い話もあったわよね?」
「えっ!お姉様とですか!?」
「あら聞いてない?」
「き、聞いてないです。それにその、お姉様は……」
「ああ、そうよね。自分より強い男じゃないと結婚しないって言ってたわね」
「……はい」
いきなり話を振られて、私は驚いてしまった。それに本当にその話は知らないので、知らないとしか言いようがない。あ、そういえば、コンラッド様から聞いたのよね「自分より強い男じゃないと結婚しない将軍の話」は。
つまりはお見合いをしたから知っていた、という事だろうか?コンラッド様も将軍も腕は立つのだろうけど、どちらが強いのだろう?この間のお茶会ではかなりの時間、剣を合わせていたけれど勝敗がついたようには見えなかった。
そしたら将軍の条件にも合うのでは??二人が並んだ姿を思い出し、なんとなくモヤっとしてしまう。
「はーでも王弟殿下の妻、というのもなかなかに競争率は高いわよね。王族が少ないのもあるんだけど」
「そうよねぇ。一夫一婦制じゃなかったら、後宮にたくさんの妃が溢れるんでしょうけどね」
「あ、あの、王弟殿下様はどうして結婚なさらないのですか?」
思わず聞いてしまった。だって気になるのだもの。理由はわからないけど。そんな私の問いに、私よりいくつか年上の侍女は教えてくれる。
「うーん、噂によると番相手を探しているみたいね」
「番相手を?でも難しいですよね?」
「そうね。昔はそれこそ住んでいる場所が離れていても、なんとなくわかったらしいけど。今は龍の血も薄れてるしね」
「番はロマンよ。ロマン。陛下が番を見つけたから、みーんなそのロマンに自分も〜ってなってるのよ。その相手が王族だったら素敵でしょう?」
「そうなんですね」
本の中のお話だと思っていました、と言葉を濁すと「今の若い子はそんなものよね」と年嵩の侍女がいう。皆、若い頃は「番」という特別な相手に憧れるものらしいのだ。
「番って、特別なんですね」
「そうね。だからこそ、妃殿下様が妃殿下様であることにチクチク言ってくるのがいるのよ」
「ま、私達は間近でお二人のご様子を見ているから?入り込む隙がないのはわかってるんだけどね。ちょっと夢見たりは許されたいわけよ」
「な、なるほど?」
「それに妃殿下様は、今は体調悪いみたいだけど普段はしっかりしてるしね。細かいことにも気がつくし、私達の体調が悪い時とかも気が付いて直ぐに休むように言ってくれるし」
「とても良い方なんですね」
「口調はちょっとキツイけどね」
そういって笑う侍女達の顔からは悪意のようなものは見えなかった。なんだかんだ言うけれど、ウィズ殿下がサリュー様を溺愛しているのを見て羨ましいと言う気持ちの方が強いみたい。
つまりは、侍女達よりももっと別の人からの悪意があるのか?それは誰なのだろう?基本的に後宮に出入りできる人物は限られているわけだし……
初めての洗濯を手伝い終わり、次の仕事場に向かう。そして一日中、後宮内の仕事をしていたわけだけど、サリュー様から呼び出されることはなかった。
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