160.番
部屋に戻ると、青筋を浮かべたカーバニル先生がユリアナと一緒に待っていた。これは怒っているわよね!?しかも物凄く!!でも今回は私のせいではないし、どう考えても不可抗力だ。
そしてそんな二人を見てコンラッド様はちょっとだけその場でたたらを踏んだ。
「あー……カーバニル殿、うちの甥っ子がすまない」
「いいえぇぇ??まーさか嫁入り前の姫君を!!寝巻きのまま連れて行かれるなんて、だーれも想像しませんでしたもの〜?ねえ?」
「いや、うん。本当にすまない!!」
下手な言い訳は無駄だと、一瞬で悟ったコンラッド様は即座に謝る。
そんなコンラッド様に追い打ちをかけるように、チクチクと先生は口撃していった。一緒に聞いているだけで私まで怒られている気分だ。
いやこれはついでにお説教していないか?先生の後ろにいたユリアナに視線をおくると、ユリアナは仕方ないという表情でため息を吐く。
そして私達の側まで来ると、コンラッド様の腕から私をさっと取り上げてしまったのだ!!思わずユリアナを二度見してしまう!!
「ゆ、ユリアナ?重いでしょう?」
「いいえ、ルティア様は羽のように軽くあらせられますから」
「そ、そう?」
「湯殿と着替え、そして食事の用意をいたしましょう。よろしいですね?」
有無を言わさぬ問いかけに私は何度も頷く。そしてそのままお風呂に直行だ。別にどこか汚れたりとかはしてないのだけど……今それを言っても、きっとユリアナは聞いてくれないだろう。
私はユリアナにされるがまま、お風呂に入る。肩まで浸かるんですよ!とお小言をもらって、すぐさま肩までつかった。すると湯殿にひょっこりとリーナが顔を出したのだ。
「リーナ!」
「ルティア様……その、残念ながら大変ご立腹です」
「ええっと……それは、そのウィズ殿下に、よね?」
「そうですね。未婚の姫君を寝巻きのまま連れ去ったのです。理由も告げずに。たとえお世話になっている身でもそれはあんまりです」
「そ、そうなのね……」
「ルティア様はもうデビュタントが済んでいるんですよ?もう少し真剣に考えなければダメだと思います」
リーナにまで小言をもらう羽目になった私は、浴槽の中で項垂れる。すると、リーナが側に来て髪を洗ってくれた。
「あの、あのね、とても緊急の事態だったの」
「そうでしょうね。でなければこのような失礼なことをするとは思えません」
「そうなのよ!それで、その、リーナは前回一緒にいたでしょう?」
「……前回、とは初めてこの国を訪れた時のことですか?」
「うん。あの時のこと……今度はね、サリュー様がなってしまったの」
「それはーーーー!!なるほど、だからユリアナの静止を無視して連れて行ってしまわれたのですね。先程までカーバニル先生はランカナ陛下に抗議するか考えていたところなんですよ」
「そ、そんな大事なのかしら!?」
「そんな大事です」
キッパリと言い切られてしまい、私は途方に暮れる。こんなことならコンラッド様に急いで返してもらうのだった。人のいない道を選んだとはいえ、ウィズ殿下が私を抱えてアレだけのスピードで走れるのだ。
同じように鍛えているコンラッド様ができないわけがない。走って送り届けてもらえれば、もうちょっと怒られずに済んだかな……?
そんなことを考えていると、頭上でため息が聞こえる。私がチロリと上を見ると、リーナと目が合った。
「ルティア様、怒られる割合を少なくすることを考えるのではなく、この場合は私の名前を呼べば良かったのです。私でしたらウィズ殿下のスピードにもついていけます」
「えっと……?」
「寝巻きの姫君を抱えた王太子殿下が廊下を疾走するのと、その後ろに姫君の従者がついているのとでは周りからの評判が変わるのですよ」
「そ、そうなのね?」
「はい。そうなんです。いくらウィズ殿下がご結婚されて、お子様がおられても皆が皆、ウィズ殿下とサリュー様のご結婚をよしとしているわけではないのです」
その言葉に私は引っかかりを覚えた。ラステア国は一夫一婦制。王族でもそれは変わらない。結婚したことをよく思わないなんて、なんだか変だ。
むしろ早くに相手が見つかって、子供も生まれたのだから喜ぶべきことでは?
「ねえ、リーナ。もしかして……サリュー様は嫌われているの?」
「そうですね。好かれているともいえますし、嫌われているともいえます」
好かれているけど、嫌われている?まるで謎々みたいだ。私はその言葉の意味を考えるけど、どうにも答えが出ない。
「サリュー様は家柄も良くて、魔力量も多い。それになによりも努力の方だわ。それなのに嫌われてしまうの?」
「残念なことに、ラステアでは侯爵家が我が国よりも多くあります。それに公爵家も三つほどありますね。あと、元々この国の方々は魔力量が多い」
「サリュー様よりも魔力量が多い人もそこそこいるってことね?」
「はい」
でも、それでもサリュー様を伴侶にと選んだのは他でもないウィズ殿下だ。それなのに嫌う人がいるなんて、サリュー様が可哀想になってくる。
「ルティア様、人が人を嫌う理由は様々です。サリュー様の不幸は、同じレベルのご令嬢が何人もいたせいでしょう」
「そう。自分が選ばれなかったから、嫌い、なのね……」
「誰しもが、自分が選ばれるのでは?と期待します。それなのに選ばれた方は自分と同じぐらいの方。何が違うのか?とお思いになる方は多かったでしょうね」
万人から好かれる人はいないと昔ユリアナに教えてもらったけど、これもその類なのかもしれない。絶えず努力を続けるサリュー様を好ましく思う人もいれば、何も見ず嫌う人もいる。王族であるウィズ殿下に対してもそうだ。
それは人だから仕方ないのかもしれない。私だっていまだに嫌だな!って思う人いるもの!!あのチョビ髭になった人とかね!!
でもそれと私を寝巻きのまま抱えて走ることが何につながるのだろう?
「……ねえリーナ。ウィズ殿下はご結婚なさっているのだから、そこまで問題にならないのではない?」
「なります」
「なるの!?」
「なりますね。サリュー様にも言われたではありませんか。ルティア様は友好国の姫殿下、対してサリュー様は侯爵家の令嬢。どちらが上かはわかりますよね?」
「そうね。サリュー様が結婚なさってなければ、私の方が上だわ。でも今は結婚なさっているのだし。対等な立場だと思うの」
「建前上はそうですが、サリュー様のお立場は先ほどからお伝えしている通り、微妙なのですよ」
「微妙……?」
リーナの言葉に首を傾げる。だって王太子を産んでいる。ウィズ殿下が王位につけば王配となるわけで……微妙どころか、国母として自らの地位を確固たるものにするだろう。
「サリュー様の出自はこの国では珍しいものではありません。同じぐらいの令嬢は数多くいます。私の方が上なのに、と思う者もいるでしょう。ですがルティア様が相手であれば仕方ないと諦められます」
「それ、ウィズ殿下の気持ちはまるっと無視されていない?」
「国益といえば許されると思っている輩がいるのです」
「その人達にとってみれば、今回の件は都合がいいの?」
「ええ、サリュー様ではなくルティア様を選ばれたのでは?と思われる可能性もなくはありません。なにせこの国には番というものがあるみたいですし」
その言葉に私はすぐに反応する。確かウィズ殿下にとってサリュー様は番なのだ!番はこの国では重要なものみたいだし、それなら問題ないのでは!?
そこまで考えて、また首を傾げる。選ばれるって、なに?
「あの、ね。リーナ選ばれるって……もしかして、私がウィズ殿下の番って思われたってこと?」
「そうです。番であるならば、今の婚姻を破棄して新たに婚姻を結ぶことができます。番とはとても重要な位置付けらしいですよ?」
「リーナ、それなら尚更、私は大丈夫だわ。だってサリュー様がウィズ殿下の番だもの!」
「……それは、確かですか?」
「コンラッド様が仰ってたもの。大切な関係なのでしょう?嘘なんてつかないわよ」
「なるほど。それなら……ですが、それでも未婚の姫君を抱えて走っていい理由にはなりませんからね?」
「それは、そうね……」
きっとみんなサリュー様が番だと知らないから、好き勝手いうのだ。でも番だから選ばれた、といわれてサリュー様は嬉しいだろうか?本能のようなものだと言っていたけれど……それだけで結婚を決められてしまうのは私は嫌だ。
自分のことをよく知ってからにして欲しい。
ただなあ。サリュー様がウィズ殿下の番である、と周知されれば私と結婚させようなんて考える人がいなくなるのも事実なのだ。
そうすれば今後同じようなことが起きてもそこまで怒られることはないだろう。
「さ、終わりましたよ」
「ありがとう、リーナ」
「ええ。しっかりと匂いは落ちました」
「におい?えっ!?私汗臭かった!!」
「違います」
「あ、そうなのね」
「ええ、そうです」
いつもはあまり動かないリーナの表情筋。その表情筋が、綺麗に微笑んだ。私もそれにつられてニコリと笑うのだった。
いつもご覧いただきありがとうございます。
リーナが匂いが落ちた、の匂いの元はコンラッド様ですね。上着を借りていたし、ずっと抱えて歩いて帰ってきたのでルティアに匂いが移っていたわけです。コンラッド様は確信犯です。




